「スロウスタート(TVアニメ動画)」

総合得点
74.7
感想・評価
495
棚に入れた
1976
ランキング
879
★★★★☆ 3.6 (495)
物語
3.4
作画
3.7
声優
3.6
音楽
3.5
キャラ
3.7

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ネタバレ

ナルユキ さんの感想・評価

★★★★★ 4.2
物語 : 3.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

もぐもぐ~おかゆ~

原作は「まんがタイムきらら」作品、監督は橋本裕之氏、脚本に井上美緒氏────ということで、かの『ご注文はうさぎですか?』の黄金トリオの再集結作品である。心無い人には“第二のごちうさ”なんて書かれることもあり2022年現在、2期の目処も立っていない不憫寄りな作品でもある……。
ただ大き目の可愛らしいキャラクターデザインに加えて巨乳キャラはその豊満な胸を強調し、それ以外のキャラはやたらと“生足”や“絶対領域”を見せつけてくる妙にコケティッシュな描写も混在するなど、確かにごちうさとの共通点は多い。「日常萌え」や「きらら系」が好きな方はこちらも「今期の難民キャンプ」として約3ヶ月程の安寧を得てきたことだろう。
さて、そんな作品の面白い所・個性的な部分は……?

【ココがすごい:テーマは『女の子+浪人』!?】
きらら系作品の主な特徴は「かわいい女の子+α」であり、例えば『ゆるキャン』なら女の子+キャンプ、ごちうさなら女の子+喫茶店といった具合に特定のテーマを使って女子キャラクターの「萌え」を表現しつつ癒し系・感動系のストーリーを組み立てていくものである。だからこそその「+α」に物珍しいものを当てはめれば注目度も上がる反面、あまり日常系に相応しくないものを選んでしまうとストーリーが明後日の方に飛んでしまい本末転倒となるわけだが……そんな風潮の中で本作は「浪人」又は「周回遅れ」といったとてもネガティブなテーマを選んでいる。
主人公・ハナは順当に進学していれば高校2年生だった女の子だ。そんな彼女がやむを得ず1年浪人し、知り合いすら誰1人としていない新しい環境で1つ年下のクラスメイトたちと共に1年振りの学生生活を始める。タイトルの『スロウスタート』とはそういう意味だ。
────正直、この設定だけで嫌悪感を示す視聴者が出ても全く可笑しくはないと私は思っている。
本来は順当に進むべき人生、大衆が難なく進んでいく道を違えてしまった、遅れてしまったという背徳感を持つのが浪人という立場だ。そうなってしまった人はこの“浪人”というワードになるだけ触れたくない。そう思うのが自然な気持ちだろう。
ハナもそんな後ろめたさを持っているために非常にオドオドとしており、日常会話でも緊張してばかりの所謂「コミュ障」属性を多分に持ってしまっている。そんなキャラクターを軸にしてきらら系が常に求められる「ゆるふわ」や「癒し」といったものをちゃんと表現できるのか。視聴者を無駄に傷つける作風になっていないか疑わしい、とても挑戦的な作品となっている。

【ココがつまらない:設定が上手く活かされていないのでは……?】
しかしこの浪人設定、序盤と中盤以降で各々、別の問題が発生している。
{netabare}序盤は案の定、誕生日や年齢の話題が出るとハナの表情が強張ってしまい痛々しい。本当は1つ上、なのに周りは同い年であるかのように接してくるため、その背徳感や疎外感に耐えきれないのか彼女はゆるい日常の中で突然に泣き出してしまうこともあるのだ。設定がある以上、この展開は否が応でも触れなければならないしフォローも十分なのだが、日常モノとしての雰囲気に一時でも暗雲が立ち込めるのはどうかな?と感じる部分でもある。{/netabare}
{netabare}逆に中盤以降はこの設定の存在感が薄まってしまう。誕生日などの懸念点を越えたその先には“浪人”というテーマを活かすネタが中々転がっていないのである。
ハナ自身の浪人エピソードを早々に使い切った後には新たに万年大会(はんねん ひろえ)が登場し、浪人生らしい自堕落さや対人恐怖をギャグに混ぜこんて描写していくのだが、彼女はやや高年齢故にメインキャラから一歩、退いた立ち位置に置かれている。そしてハナは浪人というよりは只のコミュ障で中学時代に友だちがいなかった、といった設定でも違和感がない程の没個性な主人公に成り下がってしまう。{/netabare}

【でもココが可愛い:キャラクターは魅力的】
メインキャラ4人は主人公・ハナの控えめな感じも含めて程好いバランスを保っている。
おとなしいハナを元気っ娘・たまてがリードし、たまてが暴走すればお姉さんキャラの栄依子が優しくたしなめる。そんな栄依子にひっつく小動物キャラのような冠(かむり)が遠慮なくも可愛い一言やマイペースな一面で話を転がす、という一連の流れで作られる会話劇が他のきらら作品と比べてもレベルが高い。当然4人にはしっかりとしたキャラ付けがなされており、1人ひとりをきっちりと掘り下げるエピソードもある。だからこそ愛着がわき、毎話しっかりと楽しめるよう出来ている。何気ないキャラクター同士の会話にもほっこりとできてしまう。
さらにキャラの表情や動き、劇半によって醸し出される「優しい」雰囲気もたまらない。ごちうさのような萌えエロ要素もあるがあちらほど押し付けがましくはない、テーマが萌えに直結しないからこその程好い萌えとなんてことのない日常ストーリーで純粋に心が癒やされる。

【他キャラ評】
榎並清瀬(えなみ きよせ)
本作の一番個性的な部分を挙げるなら、この教師と教え子の1人・栄依子の禁断的な百合描写だろう(おいハナの浪人はどうした笑)。
栄依子は物語開始からクラスメイトを片っ端から攻略するかのような肉食系のコミュニケーション能力を発揮する。大人びた雰囲気と思わせぶりな言動の多さで、同年代なら男女問わず彼女にメロメロだ。
そんな栄依子は担任の榎並にも同じ感覚で接近するのだが、そこは子供vs大人。軽くあしらわれることが多い。お姉さんキャラの栄依子が慌てふためき赤面する描写は貴重である。
しかし榎並の方も隙が大きい。酔い潰れている所で栄依子と会ってしまったり、ルーズで無愛想な様は学年主任にも目をつけられていたりする。そこが栄依子の攻め時となる。
2人の女子が攻めたり攻められたりの駆け引き────きらら系より1段上の“百合”が本作で描写されている。中でも第7話は必見。


【総評】
意外とよくできている作品だ。
確かに落ちこぼれの心の傷を抉るような────失礼、実に人を選びそうである上に扱いにくかったのか次第にぼやけてしまう「浪人」というテーマを掲げてしまったことで今一つ物語が凡庸であり、私自身も最初はそこまで視聴が捗らなかった。
だがその凡庸さも良い意味で機能していることが間もなくわかる。
例えば普通の親なら、子供が1年出遅れたと聞けばそれを取り戻そうと躍起になる筈だ。しかし本作は日常系アニメだからそんなギスギスとした展開は入れない。主人公の両親は娘に「やり直す」という名目で新しい生活環境を与え、過干渉とは逆の「自立」を促している。2、3歩退いた立ち位置ながらも両親というキャラクターの優しさや聡明さが際立つ描写である。
1人暮らしの新しい学校生活。そんな淋しさや不安を友達が囲い、主人公がおとなしめだからこそ各々のキャラクター性を存分に発揮しリードする。暗いから。落ちこぼれだから。浪人だからという理由で誰も責めることはない。そんな優しいストーリーで先ずは主人公・ハナを癒すことで「浪人という肩書きを気にするのは本人だけ」という然り気ないメッセージも発信しているようだ。
{netabare}時折「遠回りして良かったでしょ?」という問いかけがフラッシュバックされる。浪人するというのは世間一般的にはダメなことなのだが、少なくともハナは浪人しなければ栄依子・たまて・冠や他の素晴らしい人物と出会うことはなかった。人間は普通に進学した時と浪人した時のどちらが幸せか、明確に答えられる者はいない。色んな道や幸せの形があることを本作で改めて気付くキッカケにもなるのではないだろうか。{/netabare}
バランスの整ったキャラクターとその配置、浪人生に優しい温かなストーリーがまるで「おかゆ」のようなほっこりと染み入る癒しと満足感を与えて最終話まで楽しめる。浪人というテーマを敢えて扱っておざなりにしたからこそ、日常系の「ゆるふわ」や「癒し」といったものをより際立たせることに成功した作品と言える。

投稿 : 2022/08/23
閲覧 : 268
サンキュー:

7

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