ナルユキ さんの感想・評価
4.1
物語 : 3.5
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
こりゃとんでもない未完成品ですね
2クール構成を1クール枠でそのまま流したことによる事実上の打ち切り、ED映像のダンス盗作騒動など当時はネガティブな話題に事欠かなかった本作だが、実際に観てみた感想としては中々に面白かった。
まず、飽きない。メインキャラクターたちの独特────いや“毒特”な家庭事情や巻き起こるトラブルが観てるこちらを非常にハラハラとさせてくれる。その中で果たして主人公たちがマトモな部活動が出来るのか。そこに注目した。
【ココがひどい?:強引な勧誘とお金の絡んだ部活動】
転校生の主人公が弱小クラブを盛り立てる、というのは部活モノでは結構ありがちな流れなのだが本来、主人公の桂木眞己(かつらぎ まき)は部活をやるつもりはなかった。母子家庭で母が働き手であり、家事に追われてお金も無いためだ。
それでもテニス部の部長・新城 柊真(しんじょう とうま)が強引に勧誘する。マキの類い稀なる運動神経が弱小テニス部を救ってくれると信じているからだ。そんな部長に向けてマキは手をかざして言う。
「お金払ってくれるなら入ってやってもいいよ? 俺は趣味で部活はやらない。労働に対する対価、ってやつだよ」
勿論、これは冗談だった。しかしそれを敢えてなのか天然なのか────部長が了承してしまうことで本作がスポーツ物としての物語の火蓋を切ってしまう。月に1万、大会で勝てば勝利給でさらに1万円。ラケットやユニフォームなどの備品は全て部長持ち……至れり尽くせりな環境で初めてマキはソフトテニスをやることになる。倫理観はどうあれ、この切り口はかなり新鮮な部類だ。
【ココが面白い:丁寧なテニス描写とストーリー運び】
本作のソフトテニスの描写は非常に丁寧である。
序盤、部長がマキにソフトテニスを教えるという形で視聴者にもソフトテニスの基本を伝えていく。ラケットの持ち方、ボールの打ち方、打つ時の姿勢、ダブルスのルールや前衛後衛の役割分担などもしっかりと描写される。その描写の数々が地味にエグい。ラケットを振る時の身体運びが実写映像で観たものと遜色ない、かなりリアルなアニメーションに感じた。
そして部長の丁寧な説明で他の部員もソフトテニスのおさらいができる──というストーリー運びが上手い。天賦の才を持ちながらも飽くまで初心者なマキが加わることで、やる気のない2年生ばかりだったテニス部は1年生の時の練習をやり直し、実質的に1から部活動のリスタートを始めるのである。
さすが主人公と言わしめるマキの活躍も見所だ。部長の丁寧な説明や持ち前の「観察眼」によって、たった1話で男子テニス部のエースとなる(まあ、それだけ他の部員が弱すぎたことも要因ではあるが…)。そして部員を焚き付けるためにわざと憎まれ口を叩いたり、改善点があれば臆することなくペア変更や練習メニューを提案したりと、新入部員とは思えない活躍で男子テニス部を改革していく。その改革にきっちりついていく部員たちも確かに成長し、第一印象とは打って変わって応援したくなるキャラクターになる。
【ココが面白い?:毒親による鬱展開】
こうして落ちこぼれのテニス部はテンポよく快復の兆しを見せていくのだが、マキの力だけでは決して解決できない問題もある。かくいうマキもその問題に非常に苦しめられている。それが“毒親”だ。
本作の登場人物の親は程度がどうであれ、正真正銘の毒親である。「どうして毒親持ちが同じ部活に集まってるんだ?」と怪訝に思う人もいるかも知れないが、逆に訊こう。「貴方の家庭には何も問題は無かったのですか?」と。子供には必ず両親がついている、厳しくも優しくしてくれるのが当たり前だと思う人は現実社会でも恵まれている方だ。
{netabare}慣れているとはいえ母親を家事で支えつつ、元父親の金の無心や虐待に耐え抜く日々を送る中学生・マキ。
母に優秀な兄と比べられ、顔を合わせれば口喧嘩の絶えないテニス部部長・柊真。
父の意向に逆らって以降、辛く当たられる曽我 翅(そが つばさ)。
再婚家庭であり義母と折り合いの悪い竹ノ内 晋吾(たけのうち しんご)。
モンスターペアレントである母から部活を辞めるよう圧力をかけられる月ノ瀬 直央(つきのせ なお)など、現実の子供たちが少なからず抱えていそうな「親」の問題を生々しく描いている。そのタイミングはまるで彼らの青春を邪魔するかのように絶妙だ。
爽やかな青春スポーツで締めてEDを流した後のCパート、必ずと言っていいほど頻繁に鬱屈とした家族問題を出してくるので人によっては「台無し」に感じてしまう部分かも知れないが、それが毎話の大きな“引き”になっていることには違いない。8人がペアを組んで4チーム。この内のどれかが1勝するだけで廃部が免れるという簡単な主目標だが、家庭問題から派生するトラブルがそれすら叶わなくしてしまうのではと観ててハラハラしてしまう。 {/netabare}
【でもココがひどい:打ち切り最終話が思ってた以上に胸糞】
劇中でばら蒔いてきた各キャラの家庭問題は視聴者に鬱を与える。その感情を躁(そう)──気分を高揚させるカタルシスに昇華させるために本来なら解決まで描き切るのが一般的手法だ。
しかし残念ながらこの作品は元々2クール構成だったものが局の意向で尺を1クールに減らされてしまった。そして監督は監督で「2年以上かけて作った構成に手を加えることはできない」とシナリオの圧縮を拒否。物語が半分しか公開できないことを知ってそのまま放映に踏みきってしまったのである。
個人的には2クール構成でも大体1クール最終話は物語の節目となるので、それだけでも『星合の空』という作品を完結作として納得することが出来ると思っていた。事実、テニス部としての側面ではマキと部長のペアが1勝を果たしただけでなく全国大会優勝ペアに善戦し、敗れはするものの部の全員がソフトテニスの楽しさを再認識するという爽やかなハッピーエンドを迎えた。
{netabare}しかし結局、それを台無しにするのが家庭問題である。最終話くらい止せばいいのに入れてきたCパート。せっかく忘れかけていたのに実は登場人物の家庭問題は誰一人として何も解決していないことを思い出させてしまう。それだけならまだいい。だが本作はあまりにも────あまりにもとんでもない終わり方をしてしまった。
「憎くてたまらなかった。私を苦しめる貴方が────さようなら、柊真」
「アイツがいる限り、俺らは自由になれない……! 終わりにするんだ……」
部長が母親から一方的に別れを告げられ、マキが金を盗り続ける実父の家に包丁を持って訪ねる所で「星合の空」というタイトルが崩れ去る。
いや、最終話なのに“引き”を作るのはないでしょう。 {/netabare}
【総評】
ものすごく評価に困る作品だ。未完成であることには違いないものの光る部分は随所にあり、主人公が弱小部を盛り立てていくという王道展開で舞台をしっかり整えつつ、その上で「親」というどうしようもない存在に悩む中学生たちの葛藤と青春の方を見せたかったことがよくわかる作りになっている。
{netabare}ソフトテニスはそのための舞台装置とも捉えられるが、その描写もテキトーではなく一般的なスポーツアニメと遜色ない丁寧なものだ。身体のバネの使い方、ラケットの振り方は観てて私も真似したくなったし、試合はマキの観察から上級者の弱点を見抜いて的確に突き、相手との経験の差を埋めて拮抗する様が熱い。テニスの“デュース”があんなに盛り上がるものだと知ったのはこの作品が初めてだ。{/netabare}
そして1番の武器はスポーツの爽やかな部分から登場人物の暗い家庭環境へと焦点を交互に変える、その“落差”だろう。
正直この作品にテニス部の再生物語という面しか無かったら途中で視聴を断念していた。とかく、スポーツアニメは他ジャンルと比べるとどうしても「同じことの繰り返し」に見えて私は苦手だ。陸上なら究極走るだけ、球技ならルールに則って試合するだけに見えてしまう。本作も主人公が相手のペアの弱点を突く展開が良いが「それしかないな」という印象も抱いた。まあリアルなソフトテニスとはそういうものなのだろう。そんな弱点を補ったのが各登場人物の家庭問題だ。
人によっては「安易に入れた鬱要素」と思うかも知れないが、人格の形成は環境に大きく影響される。家庭に問題があるからこそ子である部員も序盤はやさぐれており、マキが入部して以降もトラブルを起こして部活動に支障を出してしまう。そして結果の芳しくない部活に対して周りはさらに当たりを強くし環境を悪化させるのである。この負のスパイラルが成立している以上、家庭問題が安易に入れられたものとは思わないし、それに抗うようにテニスを上達させる部員たちにも愛着が湧いた。デザインは地味でも自然にキャラクターに印象がつき、ストーリーにもきちんと引き込まれていく。終わりに必ず毒親との諍いを毎話入れてくるのは確かにわざとらしさも感じるけども、それが強い“引き”であったこともまた間違いない。
精一杯の青春を過ごしている彼らが自身や自身の親との関係性を悩みつつ、同じような悩みを持つ仲間とともにソフトテニスを通じて変化し成長しつつ、自身の抱える「問題」にどう向き合っていくのか。それを追いかけるのが楽しみな作品だった。
{netabare}それだけに打ち切りは痛い。部員たちが抱える問題は根深く、中学生にとってはどうしようもないものばかりだ。解決するにしても相当の時間(尺)が必要で、すべての解決を2クール目に回した構成だったことが伺える。
それが公開されないことで鬱だった家庭問題は投げっぱなしとなってしまった。監督はいつか2クール目の脚本も披露したいと考えて敢えて脚本に手を加えなかったようだが、その日は本当に訪れるのだろうか。{/netabare}