キャポックちゃん さんの感想・評価
3.6
物語 : 4.0
作画 : 3.5
声優 : 4.0
音楽 : 3.0
キャラ : 3.5
状態:観終わった
人間にとって絵を描くとは…
【総合評価☆☆☆】
藝大を目指す高校生の内面をリアルに描き出した佳作。美術系の学生を登場させるアニメには、『ハチミツとクローバー』『ひだまりスケッチ』などかなりの数があるが、その多くは恋愛や友情の描写に重きを置く。それに対して、本アニメは、原作者・山口つばさが藝大出身だということもあり、美術に無関心だった主人公が藝大を志望するに至るまでの心情が、独白や内的イメージを通じて的確に表現される。「人間にとって絵を描くとはどういうことか」という根源的な問いが、観る者に投げかけられる。
主人公の矢口八虎は、人間関係を円滑化するだけの目的で、真面目に勉強して優秀な成績を収める一方、髪を染めタバコを吸い悪友と付き合っていた。そんな生き方にかすかな違和感を覚えたとき、ふと美術部に置かれた天使の絵を見て心打たれる。絵画への関心が呼び覚まされた八虎は、美術の授業で出された「私の好きな風景」という課題に対して、早朝のビル街を青一色で表した作品を提出するが、その素直な感性に惹かれた。私も、文芸坐オールナイトからの帰り、風俗街を足早に通り過ぎた先に現れた人気のない池袋の街並みを見て、清澄な寂寞とでも言うべき光景に胸を衝かれたことがあるからだ。青に塗り込めることであの空気感を表現する---これが、美術による自己表現の端緒なのだろう。
美術に「こうすべし」という“決まり”はないが、「この技法を使うとこんな表現力が得られる」といった公式はある。美術教師や美大予備校の先輩たちが、対象の捉え方や視線誘導に関する基本公式を伝授すると、もともと真面目な八虎は、その公式が持つ意味を自分なりに理解しながら一歩一歩進んでいく。この堅実な成長物語が実に心地よい。
興味深いのは、周辺人物に関する客観描写がほとんどなく、ほぼすべて八虎の視点で統一されていること。予備校仲間を「天才」とか「予備校でいちばんうまい」などと評するが、画面の隅々まで目配りできる視聴者には、彼らがそんな類型的な存在でないとすぐにわかる。「いちばんうまい」と言われた女性は、駐輪場で顔を覆ってすすり泣く生徒を踊り場から見下ろし、「落ち込んでる人見てると、あたしはまだ大丈夫って思えるじゃん」と自嘲気味に語る。誰もが壁に突き当たってもがき、ままならぬ状況に苦悩する。そんな陰鬱な光景を目の当たりにして、なお前に進もうとする八虎の姿は、生きることの意味を考えさせる。特に、矢虎が無為に高校生活を送っていたように見えた悪友と、将来の展望について語り合うラーメン屋のシーン(第7話)は、感動的である。
最近目立つ派手で痛快なアニメに食傷気味の人は、こんな作品を独りでじっくり観るのも良いだろう。