キャポックちゃん さんの感想・評価
4.0
物語 : 3.5
作画 : 4.0
声優 : 3.5
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
強烈な喪失感に突き動かされた闘い
【総合評価☆☆☆☆】
音楽を忌み嫌い演奏家を殺戮するモンスターD2の襲来によって、音楽文化が消滅しかかった近未来。そこで、名曲の魂を宿した戦闘少女ムジカートが、コンダクターの指示に従ってD2とバトルを繰り広げる。この設定は、音楽を不要不急だとして排除するコロナ禍の社会を象徴するものとも解釈できるが、そんな寓意的な解釈にこだわる必要はあるまい。作中で「なぜ音楽のために闘うのか」という理由が明確に描写されており、余計な説明がなくても登場人物に共感できるからだ。
主人公・朝雛タクト(名指揮者・朝比奈隆にあやかったネーミングだろう)にとって、クラシック音楽は人生のすべてだった。優れた指揮者だった父親に憧れ、ピアニストを志す。隣家の美少女コゼットとは音楽を通じて結びつきが生まれ、しばし平穏が戻った街で行ったピアノ連弾は人々に感動を与えた。D2は、これらすべてを奪ったのである。父親は殺され、自身は右腕を失う。
モーツァルトの名演で知られるクララ・ハスキルは、階段で転倒し頭を強打して亡くなったが、その最後の言葉は、翌日に共演予定だったグリュミオーへの伝言「大丈夫、手は守ったから」だったという。ピアニストにとって手がどれほど大切か、それを失ったタクトの苦悩がいかほどだったかを考えさせる。
さらなる悲嘆をタクトに与えたのは、音楽が絆であることの象徴だったコゼットの喪失だろう。{netabare}D2の襲撃によってコゼットは致命傷を負うが、ベートーヴェン第5シンフォニーの魂が宿り、タクトに使役されるムジカート「運命」として覚醒する。ただし、コゼットの人格は完全に失われ、「外見だけが同じ別人」となっていた。タクトはコンダクターとして「運命」と行動を共にせざるを得ず、他者の心中を全く忖度しない非人間的な言動を見せつけられる。それは、タクトが絶えずコゼットの影を意識し、「彼女はもういない」という絶望的な思いに苛まれることを意味する。{/netabare}
タクトが抱く喪失感がいかに強烈だったかは、彼がD2を撃滅する際の残酷さに見て取れる。第3話で彼が「運命」に「やれ」と命じるとき、その憎悪に燃えた瞳は正視できないほど恐ろしい。ちょっと非人間的な戦闘少女を使役するバトルアニメは、『機巧少女は傷つかない』『ブラック・ブレット』など少なくないが、軽いギャグや萌え描写を繰り返すばかりで、「なぜ闘うか」という根本的な問いに答える作品はほとんどない。一方、『takt op.Destiny』の場合、タクトが「運命」を異様に酷使してまで闘い続ける理由は、胸に突き刺さるほどよくわかる。「運命」が妙な敬語を使い、やたらに甘い物を食べたがる姿は、滑稽さよりも悲しさを感じさせる。
タクトの心情を直接的に感じさせるのが、第6話「朝陽-Rooster-」のエピソード。老人ばかりになった酒場で演奏される「ラプソディ・イン・ブルー」の、何と切なく心に沁みることか。{netabare}ピアノを弾くタクトの背後に、一瞬コゼットの姿が浮かび上がるのを見逃さないように。{/netabare}
ところで、このアニメはゲーム『takt op.』(未発売)の前日譚として制作されたらしいが、ゲームでも主人公の喪失感が的確に表現されるか心許ない。ラスト2話は、ゲームに接続するためなのか、大味なバトルばかり続いてひどくつまらなかったし。