「天気の子(アニメ映画)」

総合得点
84.2
感想・評価
714
棚に入れた
3113
ランキング
297
★★★★☆ 3.9 (714)
物語
3.7
作画
4.5
声優
3.7
音楽
4.0
キャラ
3.7

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ネタバレ

ひろたん さんの感想・評価

★★★★★ 4.8
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 5.0 状態:観終わった

現代日本を舞台にここまでの”日本神話”を新たにつくりあげるなんて正直すごい!

ネタバレ前提で書きます。
長いのでお暇があればお付き合い頂ければ幸いです。

この物語は、最後、異常気象により東京が水浸しのまま終わります。
普通は、最後、主人公もヒロインも助かり、異常気象も収まることを期待します。
しかし、それでは、ダメなのです。
と、言うのは、この物語は、現代日本を舞台にした”日本神話”だからです。
それについて、まったりと好きなように書いていきたいと思います。


この作品は、当時、劇場に観に行った後輩が「微妙でしたよ」って言っていました。
私は、それだったらと思い劇場に行くのをやめて放置した作品です。
当時は、自分の目で確かめるというモチベーションまでは湧きませんでした。
しかし、今回、視聴してみて、言われるほど悪くないんじゃないかと思いました。
むしろ、劇場に観に行っておけば良かったと思えるほど面白かったです。

どうやら私は、”日本神話(おとぎ話)”が好きなようです。


この物語の舞台は、昔々あるところでも、未来でもありません。
ましてや、時空を超えたどこかの異世界でもありません。
今、この作品を観ている私たちがいる現代日本です。
その中で、ここまでの”日本神話”をつくり上げるなんて正直すごいと思いました。
これほどまでに現代社会のリアリティの延長線上にガチな神話を創ったのです。


山や海でよく見かける雲の切れ間から地上に差し込む光。とても神々しいです。
「神々しい」と言っている時点で実は”おとぎ話”です。神様ですから。
光が差し込む一面の雲の上は、高天原が広がっているのかなんて想像します。
この作品も、そんな神々しさをヒロインが感じるところから始まります。


この作品は、登場人物の背景があまり語られません。
そのため、行動の動機等が分からない部分が多くあります。
人間ドラマとしてみると感情移入しにくいかもしれません。

しかし、逆の視点で考えてみます。
あえて登場人物の過去にはこだわらないのです。
視聴者が今観ている出来事の中でどれだけのことを見せられるかと言うことです。
主人公は、すべてを捨てて家出し、そして、それについては何も語りません。
これは、視聴者も過去のことについては、考えなくてもよいと言う意思表示です。
ここからが物語の始まりなんだと言う視点で観てほしいのです。
つまり、今、目の前の”神話”の始まりを一緒に見届けてほしいと言うことです。


人間ドラマは、登場人物の背景や心情を順序立て、論理立てて説明します。
そして、いまの登場人物の行動の動機を説明していきます。極めてロジカルです。
しかし、この説明によって、作品の時間軸が今ではなく過去に引き戻されます。
主人公に複雑な過去があるなら、回想にかなりの時間がさかれるでしょう。
それにより、視聴者と共有している”今”ではない時間が入り込みます。
すると、今から始まろうとする目の前の壮大な”おとぎ話”が途切れてしまいます。

一方、この作品は、視聴者が観ている”今”このときを軸として動いています。
そして、ひたすら未来へ、未来へと向かっていくのです。
そのためには、できるだけ過去を捨て去る必要がありました。
主人公は家出、ヒロインは家族との死別により、一切の過去を切り捨てています。
この作品で過去の事がでてくるのは、ヒロインが空とつながった経緯ぐらいです。
それも数分で、必要最小限です。この潔さがとてもよいと思います。

もし、登場人物の背景説明のために、過去の回想をくどくど見せられたら?
もし、この物語が、主人公の家出前のエピソードから始まっていたら?
はたして、この作品は面白くなっていたでしょうか?
私は、この作品のもつ良さが逆に削がれてしまうように感じます。
それは、つまり、目の前で今から次々と起こることを一緒に見届けるライブ感です。

また、16歳の家出少年なんて理屈や倫理よりも感情で動くほうがむしろ自然です。
拳銃拾ったら警察に届けましょう。夜8時以降は外出を控えましょう。
警察の取り調べには素直に応じましょう。
それって面白いのでしょうか?それって物語になるのでしょうか?そう思うのです。


実は、この作品にとって、登場人物の過去なんてどうでもいいことなんです。
ましてや細かい行動心理や動機なんてものは重要度で言ったら二の次です。
それは、今から起きる”神話”を見せることが最大の目的だからです。

この物語は、3年間やまずに降り続いた雨により東京が水浸しのまま終わります。
視聴者は、主人公もヒロインも助かることを願います。
それと同時にこの異常気象もまるく収まることを期待したはずです。
しかし、それでは、”神話”にはならないのです。

”神話”とは、今の状況を説明するために作られた”おとぎ話”です。
神話には、地形や天候にかかわるものが多くあります。
八ヶ岳の頂上が割れているのは富士山との背くらべが原因です。
負けた富士山の女神が怒って八ヶ岳の男神を蹴ったからです。
日照不足により食べ物が育たなくなったり病気になったりと大変なことが起きます。
その理由は、天照大御神が怒って天岩戸に隠れてしまったからです。
この作品も、それらの神話と考え方はまったく同じです。
つまり、今のこの東京が水浸しになったのは、龍神様が怒ったからと言うわけです。
怒った理由は、生贄になるはずだった巫女を男が助けて連れ去ったからです。

神話は、所詮”おとぎ話”です。
天変地異も実際は自然現象の一種です。
この作品は、そのことにもちゃんと触れています。
八ヶ岳の件は、地殻変動の一種です。
天岩戸の件は、気候変動の一種です。
この作品の降りやまない長雨もあくまでも気候変動の一種です。
それに対して、“神話”と言う意味付けをしたのが最大の特徴です。

主人公は、ヒロインを救う代わりに、東京を水浸しにしました。
そう思っているのは、主人公とヒロインだけです。
実際は、ただの異常気象です。
しかし、”異常”と言ってもたかだか100年ぐらいの観測データ上の話です。
地球は、氷河期と呼ばれる氷におおわれていた時期もありました。
雨が降り続く時期だってあったかもしれません。
そもそも海が出来たのだって、地上に”雨が降り続いた”からです。
地軸が少しでも傾けば、気候は大変動しますし、地磁気だって逆転します。
地球の46億年と言う歴史の上では、長雨も変動の範囲内です。
そんな人間の手に負えない、どうしようもできないことが神話になってきました。
日本国だって、地殻変動ではなく、高天原から降りてきた神様達が作りました。
人間ができることは、せいぜい山を削り海岸線の埋め立てることぐらい。
レベルが違うのです。

この物語は、人間にはどうしようもできない気候変動を”神話”としたのです。
そして、過去の神話の成り立ちとまったく同じ原理で描いて見せたのです。


物語の中で、巫女は、神隠しにあって消えてしまうと言われていました。
「神隠し」と言っている時点で神話の一部です。
龍神と生贄と神隠しは、昔からつながりがあるようです。
龍神と神隠しをモチーフにした作品には、「千と千尋の神隠し」があります。
龍神(海神)と生贄、気候変動を結び付けた作品には「凪のあすから」があります。


この物語は、現代日本を舞台にした新しい”日本神話”の創造です。
例えば、今から1000年後の水浸しになった日本に住む人たちがいたとします。
その理由を科学ではなく、昔々あるところにとおとぎ話に求めたとします。
それは、1000年前に龍神様がお怒りになったからと言うわけです。
そう言う神話を今のこの科学が発達した現代社会で創って残せるのかと言うことです。
1000年前の人たちが、その時の状況を神話を創って残したのと同じように・・・。

神話は、何百年、年千年と受け継がれていくものです。
そして、今、その神話が1つ生まれようとしているところを見せたかったのです。
その引き金になった登場人物達の過去数年のドラマなんて微々たるものです。
そんなスケールの小さなものは、神話には残りません。
神話に残るのは巫女を愛している男が救ったという事実だけです。
だからこの作品は、登場人物達の過去を潔く切り捨てたと思うのです。
考えてみください。まさに今から壮大な”神話”を見せようとしているのです。
そんな状況で、登場人物のちっぽけな過去の説明なんていらないのです。
学校生活、友達、思春期、成長、これらは何千年と残る神話には不要な要素です。


降りしきる雨の中、最後にヒロインが祈っています。
それはおそらく「晴れ」になれということです。
こう言う祈りが後に祭り(祀り)として伝承されていきます。
また、日本人にとって、「ハレ」とは、特別な意味を持ちます。
この物語は、神話と結び付きが強い儀式の始まりまでも描いたのです。

また、同時に水浸しの東京で普通に暮らす人々も描かれています。
現代社会で神話をつくるには、科学で説明できない大規模な自然災害が必要です。
かと言って人類が滅亡するようでは、神話や祭り(祀り)は残っていきません。
天変地異の後でも人々が生き続けていくと言うシチュエーションが必要なのです。
この作品は、そこまで考えて描いて見せたところがすごいと思うのです。


【まとめ】

この物語は、現代日本を舞台にした”日本神話”が生まれる瞬間を描きました。
神話と言うと、過去のイメージが強いです。つまり、昔話です。
しかし、この作品がすごいのは、現代を舞台に新たな神話を創ろうとしたことです。
昔々…の話ではありません。今々…の話としてなのです。
科学が発達した現代においては、たいていの自然現象なら説明できてしまいます。
そんな中でも、新たな”神話”を創ることができるのかと言うのは”挑戦”です。

また、神話をモチーフに使った作品は数多くあります。
「千と千尋の神隠し」、「凪のあすから」。
この2つは、どちらかと言うと神話を”使った”人間ドラマ作品です。
一方、この作品は、大きく俯瞰して新たな神話そのものを”創った”作品です。
そういう意味では、今までには無かった作品です。
「風の谷のナウシカ」のように後に”神話”になって語り継がれる話もあります。
しかし、これは、神話に主人公、つまり、実在の人物がいる想定の話です。
一方、この作品は、あくまでも自然現象を神話ととらえていることに違いがあります。

神話は既にあるものであり、それが当然かと思っていました。
それは現在、大きな地殻変動も気候変動もないので創られる必然性がないからです。
現代人は、“神話”が生まれる瞬間には立ち会えないのです。
昔の人達が“神話”を創ったように、自分たちも“神話”を創れないか?
それはたぶんクリエイター魂に火をつけるものです。
なぜなら、”神話”とは、何千年と語り継がれる”おとぎ話”です。
1年後には見向きもされない、その辺の”おとぎ話”とは次元が違います。
昔の人にできたなら、自分達も永遠(とわ)な話を作りたいと思うのは当然です。
それをファンタジーと言う力を借り、仮想的な未来を作り出して実現したのです。
そう言う意味で、とてもダイナミックでスケールの大きな物語だったと思います。

投稿 : 2021/11/24
閲覧 : 328
サンキュー:

30

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