「竜とそばかすの姫(アニメ映画)」

総合得点
69.7
感想・評価
221
棚に入れた
636
ランキング
1738
★★★★☆ 3.5 (221)
物語
3.1
作画
4.1
声優
3.3
音楽
4.0
キャラ
3.3

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ネタバレ

ナルユキ さんの感想・評価

★★★★☆ 3.5
物語 : 3.0 作画 : 4.5 声優 : 3.5 音楽 : 5.0 キャラ : 1.5 状態:観終わった

歌は良かったよ、歌は

仮想世界という世界観をふんだんに活かした演出と映像美、今回主人公声優も努めた中村佳穂というミュージシャンによる楽曲で派手に彩られているが、やっていることの大半は『ネットあるある』の詰め合わせ。形が違っても歌い手と信者、荒らしに自警団といった属性を各登場人物に当てはめることができるインターネットの縮図である。
しかし、そのリアリティはまるで時代についていけない老人が描いたかのように稚拙だった。

【ココがつまらない:竜の正体に興味が湧かない】
そもそも本作を視聴する途中で竜が誰なのか気になった人はいるのだろうか。
仮想世界〈U〉は50億人以上──実に世界人口の7割を凌ぐ膨大な利用者が物語開始時点でいる。“竜”というのはその中の1人が作り出したAs(アズ)というアバターであり、仮想世界で暴れている“荒らし”というポジションでしかない。そしてその正体はAsによって一分の隙もなくスポイルされている。
そう、竜は“50億人の中の誰か”なのである。この設定時点で竜がどんな人間かだなんて割とどうでもよくなってしまう。
現実の、本作より後進的なインターネット事情を思い返してほしい。自分の好きなコミュニティが匿名の荒らしに荒らされたとして、そいつに「許せない」とか「邪魔だ」という義憤を抱いても「こいつは誰なんだ?リアルではどういう奴なんだ?」という興味を持つまでに至るだろうか。Twitterのバイトテロくらいならその投稿から特定できそうなので、面白がって調べる──なんて事例があるのもわかるが、只の荒らしに躍起になって特定を急ぐなんて事例は聞いたことがない。
{netabare}ところが本作では〈U〉の秩序を乱す者として竜を迫害し、その正体探しが世界規模で行われる様を見せられるのである。Asの特徴や他人のAsを破壊する残虐性という共通点だけでアーティストや格闘家などに疑惑を向けたかと思えば「普段から抑圧された本性を〈U〉で晒けだしてるのかも」と品のいいセレブやメジャーリーガーにも疑いの目を持つ。さながらミステリーのようなパートが序中盤の尺を盗っているのだが、観てるこちらは茶番のようにも感じる。{/netabare}
『名探偵コナン』だってサイバー犯罪を扱って「地球上にいる人間全員が容疑者です」なんてやったら人気が急落するだろう。要はそういうことである。

【ココもつまらない:〈U〉のある世界観がよくわからない】
そんな竜に荒らされているらしい〈U〉だが、そもそも具体的に何をするところなのかがよくわからず、よって竜が暴れてみんなが怒るというのもどこか納得がしづらい。これは細田守監督の前作である『サマーウォーズ』の〈OZ〉に大きく劣る部分だ。
あちらでは好きなアバターで格闘ゲームに加えてカジノなども楽しめるという“遊技”の部分をきっちり描いていて魅力的に見えた。そんな世界がラブマシーンによって破壊されていき現実世界にも悪影響を与える。だからこそサマーウォーズの登場人物たちの怒りや結束というものに共感できるようになっている。
{netabare}しかし〈U〉は『もう1つの人生、もう1つの世界』という謳い文句がある割には、それにのめり込めるコンテンツを殆ど描写しておらず、端から見ればだだっ広い空間でAs(アバター)が宙を浮き人流を作ってさまよっているようにしか見えないのである。そんな楽しくなさそうな世界の秩序が乱されたとて、サマーウォーズとは違ってどうでもよく感じてしまう。
これらの説明がおざなりなのも前作のサマーウォーズと世界観が似ていて、その代表作をみんな押さえていると予期してのことだろうが、本作は別にサマーウォーズの続編でも同じユニバース作品というわけでもないのだから、説明を丸投げしてしまうのはよろしくない。{/netabare}
【ココがひどい:ネットの嫌な部分を誇張し過ぎ】
盲信、誹謗中傷、掌返しetc...確かにSNSには利用者の醜い部分が見え隠れしている。しかし本作はそれをオーバーに描いており「そこまでひどくないだろ」とツッコまずにはいられない。いくらなんでも〈U〉の利用者が攻撃的過ぎて実際のネットユーザーから見たら嘘臭く感じてしまう。
{netabare}自警団ポジションであるジャスティスなんて仮想世界とはいえ、徒党を組んでの直接攻撃で竜やBelleに襲いかかる上、竜の住処である城を焼き討ちしたりAIキャラクターを傷つけたりBelleを拉致して尋問を行ったりする。今後実際に仮想世界が構築されて上記の行動が可能だったとして、匿名でもここまでの愚行に走れるユーザーは現れるのだろうか。私だったら「やり過ぎだ」と非難されることが怖くて実行には移せない。ところがジャスティスの蛮行を快く思わないのは竜と心を通わせることになったBelle=鈴しかおらず、彼の背中に浮かんだ多数のスポンサーが彼を支援してる上、右腕にはAsをオリジン(生身の人間の姿)に変える光線を撃てる能力まで与えられているのである。50億人もの利用者がいるSNS仮想世界としてはあまりにもマイナス的なご都合主義を描いているのではないか。{/netabare}
どうも本作はAs(アバター)という匿名的な肖像を、正体を隠す仮面のようなものとして描いている節がある。現実の自分を隠しているからこそ他者に対して容赦ない攻撃ができる、と。
しかし竜を見れば結局Asの姿で不適切な行動をとれば〈U〉にいられる場所はどんどん無くなってしまうのだから、Asという匿名であっても振る舞いをきちんと考えて尚さら清廉潔白に使う人間が多くなるのが本来のSNS仮想世界の描き方なのではないか、と私は思う。

【でもココがすごい!:Belleの歌唱シーン】
脚本面では色々と粗が気になる本作。それをはね飛ばすのが主人公・Belle=内藤鈴の歌唱シーンだ。「〈U〉の世界に突如現れ、『自分のために歌っているように聴こえる』歌声で人々を魅了し〈U〉の歌姫となる」という設定に確かな説得力のあるアルトボイスを披露してくれる。
{netabare}とくに『心のそばに』は初めて〈U〉にログインして歌を歌う鈴の心情とシンクロしており、最初のたどたどしい「う、たよ……」が本当に歌えるかどうかの躊躇い、そこから段々と自信を付けたかのように跳ねるような歌声に感動できる。
劇中ではガヤの野次がとても耳障りなのでMVかサントラで聴くのが非常にオススメだ。 {/netabare}

【総評】
映像良し、演出良し、音楽良しの三拍子がそろった映画として見応えのある作品だが、脚本だけはやけにツッコミどころが多い。
一見、現在のインターネット社会問題に一石を投じているように見えるが、その投げかけ方がかなり偏っており、まるでネットで嫌な思いをした人が極端な例を膨らませて描いているようだった。確かにネット社会は炎上だの誹謗中傷だの負の部分が多く見られるが、一方的な情報の発信から相互の意見交換へと変わることでこれまで見えなかった各々の意見が表出するようになっただけの世界を否定的に描くのは、どこか迂闊に使って身から出た錆にやられた方々の憂さ晴らしのようにも思えて呆れの感情すら芽生える。
仮想世界の描写も拙い。まるで只の舞台装置のように扱っている。恐らく描きたかったのは、{netabare}
①終盤の竜の正体だった少年らを鈴が助け、その過程で母の想いを知る
②誰かを助けるためならSNSで素性を明かすことは厭わない。それが匿名で好き勝手言う連中より遥かに素晴らしい{/netabare}
という部分だろうが、それにしては今回用意された〈U〉は随分と大掛かりで仮想世界である必要性は演出部分にしかない。「現代のインターネットじゃ文字のやり取りが主だし映えないよね」という浅い理由で今回の舞台を作ったようにしか思えない。ちなみに公式で「ネット版『美女と野獣』をやったらどうなるか」というのを本作で試みた旨を明かした。うーん浅慮浅慮
描きたかった部分らしい終盤の展開までとやかく言うつもりはない。人によっては{netabare}「DV親の下にどうして子どもを1人で行かせてしまうんだ、大人がついていくべきだろう」や「高知から東京までなんて一体いくらの交通費と時間がかかると思ってるんだ、突発的に向かうには遠すぎる」{/netabare}という至極全うな意見も見受けられるが、細田監督の作品でそれを言うのは野暮というものだ。年端のいかない少年少女の成長を描き、最後に体を張らせるのがあの人のお家芸であり、今作再び『時をかける少女』以来のパワフルな女子高生キャラを拝めた。それでいいと思う。
ただその終盤まではBelleの歌で繋ぐだけのつまらない話だったし、他のキャラクターが軒並み脇役に撤せられたことでそれらもまた舞台装置にしか見えなくなってしまってるのが大変よろしくない。
もう1、2キャラくらい深めに掘り下げて血を通わせた方が、お客が視聴後にポジティブな感想を語りやすいのではないだろうか。「歌が良かった」「映像が良かった」だけでは映画の後にお茶しても間が持たないと思われる。

投稿 : 2021/08/16
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サンキュー:

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