なばてあ さんの感想・評価
4.9
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
溶鉱炉に吹く涼やかな耽美
原作舞台も視聴済み、・・・ただし劇場ではなく映像で。
プロットは『{netabare}まどマギ{/netabare}』っぽく、演出は『{netabare}ピンドラ{/netabare}』っぽく、作画は『{netabare}甘ブリ{/netabare}』っぽい。さまざまな濃ゆい要素をごった煮にしたうえで、型にはめて焼き上げたアマルガム。アマルガムみが残るということは、完成度や洗練度が高いわけではないけれど、でもその透き間が空いているところに気持ちのいい風がとおり、感触はズシッと心地よく。
最初は単純なスポ根で、ありがちな成長物語だと思っていたけれど、じつは「単純」でもなければ「ありがち」でもないところがまずこの作品の価値。第{netabare}7{/netabare}話以前で視聴を止めてしまったヒトは、いそいでこの作品に戻ってきて、そこまでは見直すことをお勧めする。逆にいうとこの「単純」と「ありがち」を覆すタイミングが遅めにやってくるので、エンタテインメント作品としてはそこが難というなら難。
各CPの取り合わせの妙は無難といえば無難、魅力的といえば魅力的。わたしはまやくろとじゅんななが好き。でも、キャラクタ単独で見るなら、圧倒的に{netabare}大場なな{/netabare}がおもしろく、キーアクトレスとしてのはたらきかたにうならされる。この作品の根幹を担っていて、全要素の質料を支えつつも、形相を揺るがし続ける。シリーズ構成の出来が抜群に良い。
作画はレヴューシーンの舞台装置や大道具の動き方が眼を見張る出来。キャラクタの動きも秀逸。とにかく豪華で日常シーンとの落差がすごいのだけれど、他の凡作のようにバトルシーンと日常シーンの落差に鼻白むことはない。日常芝居も最低限節度をまもって動かしているからこそ、レヴューシーンの圧倒的なきらめきがきらめきとして肯定的に機能する。
そして演出。これはもう、{netabare}幾原邦彦{/netabare}の直弟子である古川氏が監督を務めているのだから、推して知るべし。{netabare}幾原{/netabare}原理主義者は、いろいろ気になるところがあるかもしれないけれど、わたしのようなライト{netabare}幾原{/netabare}クラスタにしてみれば、すごくうれしいし、いちいち感動するし、じんわり余韻が続く。あの耽美で不穏な空気感がこのように「再演」されることは福音だし奇跡だと思う。
わたしの身勝手な希望を言わせてもらうなら、「スポ根」や「成長」という要素をすべてとっぱらって、もっともっと唯美的かつ象徴的な映像世界を練り上げて欲しいと思うけれど、でもそれはすでに師匠がやりきったわけでもあるし、それをやると「2.5次元の転倒」という挑発的なメディアミックスが実現不可能になる。告白すれば最初、この「スポ根」や「成長」が他の要素すべての美徳をスポイルしているように思えて、切なかったのだけれど、いまでは許容範囲のように思えている。
つまり、プロット、演出、作画のすべての要素の美徳はきちんと美徳として作品内で機能しているということである。・・・言い忘れたけど、キャラクタとレヴュー衣装のデザインは至高。キネマシトラスはほんとうにいい仕事をした。
「2.5次元原作」という点でこの作品を敬遠しているアニヲタはもったいない。原作抜きにして、スタァライト九九組の存在を抜きにして、アニメだけでしっかり完結しているし、アニメだけで見てもアニメ史上たぐいまれなるポジションを確保した作品だと思う。それがポジションゼロかどうかは判断が分かれるだろうけれど、わたしは、この作品にならポジションゼロを与えてもいい舞台があると思う。
衝撃:★★★★☆
独創:★★★☆
洗練:★★☆
機微:★★★
余韻:★★★★★