「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会(TVアニメ動画)」

総合得点
76.0
感想・評価
288
棚に入れた
712
ランキング
746
★★★★☆ 3.9 (288)
物語
3.7
作画
4.0
声優
3.9
音楽
4.0
キャラ
3.9

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ネタバレ

砂粒と嵐 さんの感想・評価

★★★★★ 4.3
物語 : 5.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

恋と友情と成長の多面性

「アイドルに正解なんてない」「ラブライブなんて目指さなくていいじゃん」「私たちはみんなバラバラだけど、思いはひとつ、それぞれの場所でそれぞれのステージ」「一人一人がソロアイドルとしてステージに立つ、仲間でライバル」こういうコンセプトに沿って、お台場(ダイバーシティ)を舞台に展開される今作。他のシリーズとは一線を画している。
2〜9話でも、登場キャラは少なめでひとりずつの成長と人柄と心情の変化がていねいに描かれる。

歩夢から侑への感情は、明確な恋愛としてとれる側面がありつつ、幼い友達関係の依存的な癒着からの自立と前向きな別離、関係性の変容の話としても取れる、とても多義的なつくりをしている。本当に綺麗で深みのあるストーリーだったと思う。大好き。

いきなりジョイポリとかヴィーナスフォートでライブって可能なんだ、、、とか、学費高そうだな、とかのツッコミはなしにしなきゃ。

1話
歩夢と侑のふたりがせつ菜のライブに遭遇するところからすべてが始まる。
歩夢というよりは侑が、せつ菜のライブを通してスクールアイドルという存在に撃ち抜かれたあのシーン。「完全にときめいちゃった!」と言っている通り、あれは広義の恋とも言える。あのCHASE!のシーン本当に大好きなんですが、あの瞬間、侑の頭の中では自分とせつ菜しかいないかった、意識のすべてがせつ菜に引きつけられて、世界のすべてが音楽だけになった。そういう衝撃的な体験をしたわけだ。そこに歩夢も立ち会っていた。歩夢は侑と同様にせつ菜を見ていて、せつ菜に衝撃を受けたと同時に、「せつ菜に衝撃を受ける侑」のことを見ていたのだと思う。隣で同じものを見ていながらも、侑の見ている世界に歩夢はいなかった。侑が熱い視線を向けるその先に、私も立ちたい、そういう思いがスクールアイドルになる動機となった側面は、明確にある。そうでなくては「ふたりで始めようよ」とか「見ててほしい」とか「わたしの夢を、一緒に見てくれる?」なんて言うわけない。
表向きは、可愛いものへの憧れとか、自分の気持ちをああやってまっすぐ伝えたい、とかが動機として設定されているけれど、それだけでは全然足りない。あなたに見ていてほしいから、あなたにときめいてほしいから、アイドルになりたい。夢を追いかけるアイドルという存在になった私を応援することでおんなじ夢を見てくれる?歩夢はそういうことを言っていたわけだ。
それに対して侑は「自分の夢はまだないけど、夢を追いかける人を応援したい、そうすれば私の中でも何か始まる気がする」と言う。これもまた思春期にあるあるの心情だなぁと思う。歩夢のドラマチックな告白「私の夢を一緒に見てくれる?」に対して侑は「もちろん、私はいつだって歩夢の隣にいるよ」とややズレた返答をする。この差異がたまらない。
侑は視聴者視点のキャラクターということもあって、最後までステージには立たない。あくまでもオタク的な視点から「可愛いよ可愛いよ」とみんなを口説きまくる。それでいてまわりのアイドルたちに引けをとらないビジュアルをしているんだが、そのことには全然触れられない。この侑という存在によって、女の子がみんな「個性」を押し出して「自分」を引き受けて表に立たなくちゃいけないわけではない、女の子にはそういう道しか許されていないわけではない、という風に女オタクたちの存在すら肯定されているとも考えられるところ、さすがダイバーシティシリーズだなと思う。
それほど「見る側」を徹底して客体的に描写されない侑に対して、わたしの記憶が正しければ唯一、1話冒頭の歩夢が「侑ぴょんの方が可愛いんじゃない?」と言っているのだ。冗談とかじゃれあいの一環でもあるのだろうけど、これすごいことだと思う。歩夢だけが、「見る者」である侑のことを「見て」いる。この「可愛い」は侑がみんなに投げかける推しへの「可愛い」じゃなくて、愛着の「可愛い」だ。これが恋じゃなくてなんなんだ。

2話
かすみ回。アイドルに対して幻想を持っていて、にこにーみたいに「可愛い」に固執するタイプのキャラ。自分のやり方を押し付けてくるせつ菜に反発していたことで仲違いした過去があるにもかかわらず、自分もまた歩夢に自分のかわいいを押し付けていたのかも?という気づきを得る、というストーリー。結局歩夢が自分らしい「可愛い」を見つけ、「みんなそれぞれの可愛いがあっていいんだ!」と着地しつつもその上で「やっぱり世界一かわいいのはかすみんだけどね!」となっているところがこの子の良さである。ナンバーワンかつオンリーワンを目指すことが肯定されている。
しかしこのやかましくてアホでエンジンみたいなキャラ設定、主人公でもおかしくないんだけど、穂乃果ちゃんが苦手だったクチなのでサブキャラで丁度いいと感じた。

3話
せつ菜回。さすがに正体バレるだろ〜というのは置いておく。不器用な子だから「私が大好きを叫ぶことで、誰かの大好きを否定していた」という挫折を経験するんだけど、周囲が「可愛いよ」とか「感動したよ」って肯定してくれるころで、自分をゆるせるようになる、自分がやりたいことしてもいいんだ、と気づく、というストーリー。ラブライブシリーズの敬語キャラ、今でも慣れない。

4話
愛さん回。一回見たときは何がこの子のブレイクスルーだったのか全然わからなかったので、二度見た。たぶん、ルールがある中でなんとなくそれに従ってしか生きたことがなくて、まわりを支配する構造そのものとかに対して疑問を抱いたりすることなく流れに乗って生きてくることができちゃったキャラで、だから虹ヶ咲のスクールアイドルで「自分の正解を見つけなくちゃいけない」ことに初めて直面して悩んでいたのだと思う。たしかにそういうタイプの人間はいる。だからこそ適応力があるし、社会性もある。でも、そういうキャラだからこそ、みんなの精神的支柱になってるよ、みたいなことをエマちゃんが言ってくれたんだと思う。愛さん最初は苦手だったけど、声がいいからどんどん好きになる。

5話
エマかり回。かりんちゃん、バカとちがうから突っ張っちゃうし、プライドもあるし、すでに失いたくないものを手にしてるから、みんなみたいに無邪気に新しいことに踏み出せないんだよね。「頑張ってるエマを応援したいだけ」みたいなことを言ってその実ちょっとエマちゃんに依存してるかりんちゃん、美味しい。エマちゃんは他者に踏み込んでいく力があるよなあ。屈託のなさを武器に、この子はこの子のやり方で人の心を溶かしていけるのだろうな。シリーズの留学生キャラたちの中ではかなり好きな方。

6話
りなちゃん回。わたしはこの子がいちばん強いと思ってる。感情を出すのが苦手で、友達ともうまくやれない、でも本当は人と関わりたい、という内向的な人。うまく人と関われないからこそ、人に対してアクセスしたい気持ちが人一倍強い。伝わらなかったらどうしよう、という葛藤を抱えつつ、「今回は、できないからやらない、はなしだから」という芯の強さをもっていて、さらに自分の苦手をアイディアで飛び越えていく。表情と顔をアイコン化して仮面にする、という方法で戯画化して、自分が大丈夫な方法を見つけて、ステージに立つ。マジでこれができるって強い。誰よりも強いと思う。

7話
かなたちゃん回。ふつうにのんびり屋さんの寝るの大好きな子、だと思ってたら、バイトと家事と勉強と部活と頑張りすぎで睡眠不足なだけだった、と明かされてちょっとショックだった。ダイバーシティなのに頑張り屋さんじゃなきゃこの話の中で存在できなかったことがたぶんショックだったのだと思うし、妹に対する母みたいな愛とか、毎シリーズ苦労人ポジの女の子が出てくることの嫌らしさがキツかった。過去シリーズの色をいちばん残しているのがここだと思う。

8話
しずくちゃん回。ブラックスワンのオマージュかな?と一瞬思ったけど、というよりは、天使と悪魔、でもなく、「本音と建前の引き裂かれ」を黒と白で表現している。「演じる」をやりすぎて自分を曝け出すことができない子というのはいるね。他者からの期待を想定しすぎるしそれに応えすぎる、そうすることで自分を守っているとも言えるし、それが今までうまくいってきた、というパターンの子。かすみちゃんがあんまり馬鹿じゃないとこがこのシリーズの良さだな。自分自身を抱きしめて、黒と白が共存したまま前進する、というのは綺麗な終わり方だった。

9話
かりんちゃんのステージ回。ソロアイドルでありながらひとつの同好会のメンバーで、仲間でアイドルでお友達、というこのシリーズの在り方が再提示される。

10話
合宿ゆるゆる回。せつ菜は侑にとって、すべてのきっかけをくれた人だし、せつ菜にとっても侑は立ち直るきっかけをくれた人。ひとつの特別で、綺麗な関係性。

11話
くだんのシーンがある。私は1話のときから恋を読み取っていたので、別に不思議とは思わなかった。描写がエロい。
恋じゃない読み取り方もできるのがこの作品の凄さで深みでもある。いつもふたりでひとつだと思ってた、癒着しきった女の子どうしの友達関係があって「わたしの知らないあの子の一面がある、遠くに行ってしまう気がする」と感じたときの寂しさ、というのは、女の子が大人になる過程の中で結構あるあるなものです。でも、明らかにそれだけではない。「わたし、侑ちゃんだけのスクールアイドルでいたい。だから、わたしだけの侑ちゃんでいて」好きな言葉すぎる〜

12話
双子みたいに、物心ついたときからずっとそばにいて、おんなじことしておんなじもの見て、ふたりでひとつだと思ってたのに、別々の道を行くなんて嫌だ、そう思っていたところから、ちゃんとこれからもふたりで隣を歩けるように、1と1の人間としてリスペクトをもって向き合えるように、成長する過程が描かれる。これは親離れみたいなもん。前向きな別離の雰囲気を強調しつつ、改めて始まりの場所で侑に向かって歌って、「今までありがとう、これからもよろしくね」と出会い直す。そのふたりに重ねられるのは「私たちはみんな、それぞれの場所でそれぞれのステージ、バラバラだけど思いはひとつ」という今作全体のテーマ。本当に綺麗すぎる!
「わたしだけの侑ちゃんでいて」へのアンサーが「歩夢を最初から可愛いと思ってたのは、わたしなんだからね」という、推しの小さいバージョンの愛の形であったこと、でも「一番最初」っていう特別であること。めちゃくちゃ侑だと思う。
贈った花の花言葉「変わらぬ思い」は、関係性が変容しても、これからも隣にいるよっていう友情100%のメッセージだ。どうやら「永遠の友情」ていう花言葉もあるらしい、遠回しに振られてるんだなぁ、、、。
というのもやっぱり、「わたしがスクールアイドルを始めた時、見て欲しかったのはたったひとりだけ」というのは恋以外の何者でもなかったはずだから。こういう形の恋愛の昇華もあるんだなぁ。

13話
最後の祭典。それぞれの成長を遂げたみんながそれぞれのステージを全うする。ステージに立つ行為は、自信を持って生き生きと自分の個性を謳歌すること、の暗喩になっている。
歩夢がラストステージで「あなたが私をささえてくれたように、あなたには、私がいる」を言ったこと、感慨深かった。せつ菜は「みんな」と言っていたけど、「あなた」と呼び掛けた。やっぱり今でも歩夢は侑に見てほしくて、侑に向けて歌っていて。でももはやそれだけではない、特定の「あなた」を含んだ、広い意味でのあなた、に向けて歌うことができるようになったんだね。こんなに完璧なラストがあるだろうか。

投稿 : 2021/02/10
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サンキュー:

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