レオン博士 さんの感想・評価
4.1
物語 : 3.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 5.0
状態:観終わった
英国を震撼させた大悪党に付け加えられた英雄譚
まず、本物語の主人公ウィリアムモリアーティは、シャーロックホームズに出てくる重要キャラクターをモチーフにしているため、シャーロックホームズを今後読む予定のあるかたは、モリアーティについて調べないほうがいいし、私が下記するレビューも読まないほうがいいです。
それが大丈夫なかたのみ、この作品に触れることをお勧めします
作画は安定しているし、音楽も作品のテーマによく合った曲だ。
シナリオや設定については、賛否両論になるのは当然だと思うので評価は難しい。
作品のタイトルにもあるように世界一有名な推理小説、シャーロックホームズのライバルとして登場する悪役モリアーティ教授を主人公にしています。
モリアーティと言うのはファミリーネームで、主人公ウィリアムモリアーティとその兄、さらにその弟の3人が主役となっており協力して貴族を断罪していきます。(3人兄弟というのは公式設定ではないですが、ファンの間で挙げられている有力な説のうちの一つですね)
※本家シャーロックホームズに出てくるモリアーティの設定をベースに、この憂国のモリアーティはキャラクター付けや犯罪に至る動機などを勝手に付け足したものであり、コナンドイル作品の設定とは異なる創作が多分に含まれていることには注意が必要です。
うろ覚えですが確か、シャーロックホームズの作中では、モリアーティが理不尽な階級社会の打倒などという大義名分はなかったように思います。つまり、この作品はモリアーティに犯行動機と大義名分を与え、美化しようとしているのが特徴です。こういった創作には反感を持つ方もいらっしゃるでしょうね。
モリアーティは「crime adviser」つまり犯罪顧問と自称している通り、
自らが手を下すのではなく、犯罪をしたい人に助言をして犯罪の手助けをする人です。犯罪幇助あるいは犯罪教唆になりますね。
当然ながら、日本でもイギリスでも犯罪教唆は立派な犯罪です。
基本的には悪党貴族に非合法な方法で天誅を下すダークヒーローという描かれ方をしていますが、どれだけ正当化してもやっていることは犯罪に他なりません。また、恨みのある人物をたきつけて自分の手を汚さず犯罪を起こさせるという手法は、いくら大義名分があってもあまり好感の持てることではないですね
あの程度の騒動を起こしたところで、特権階級の廃止にはならないですよね
イギリスの階級社会はイギリスのアイデンティティと言っても過言じゃないくらい強固で伝統的なものなので、破壊活動続けるくらいじゃ絶対廃止になんてならないですよ、やるなら民衆に啓蒙活動して地道に革命の種を植え付けるしかないと思います
彼の起こしている犯罪教唆は、階級社会の打倒という大義名分に見合わない
そこが残念なポイントでしょうか。
まず、知らなくても作中である程度語られますが、この作品を見る前にイギリスの階級社会についてある程度知っていると、貴族やモリアーティなどが何故そのような行動や言動をとるのかが理解しやすいかと思いますので、身分制度についてまとめました。
ネタバレはありませんが長くなるのでネタバレタグで畳んでおきます。
{netabare}
イギリスには実は現在でも階級社会は残っており、上流階級、中流階級(上位・中位・下位)、労働者階級の5段階に分かれております。
上流階級は1割未満、中流階級は3割程度、労働者階級は半数以上という構成です。
現在ではだいぶ緩和はされているものの、階級の意識は英国人に根強く残っており、異なる階級の人と交流はあまりしないそうです。
また、一代で巨万の富を築こうが、名声をえようが簡単には上の階級になりあがることはできないようです。
上流階級は王族、貴族、聖職、地主と言った大昔からの特権階級で、中流階級は元々農民だったが18世紀の産業革命で財を成した成り上がり一族、そして労働者階級は農民あるいは炭鉱掘りだった一族です。
その階級のまま固定され、現在でも生まれた瞬間に階級が決まっています。
もちろん弁護士や医者や議員など評価の高い職業についている人は中流階級の中でも上位として評価されるなどの小さい変化はあるようです。
上流階級は先祖代々続く立派な邸宅と土地を所有していますが、莫大な相続税がかかり、土地や資産を運用していますが相続税に苦しみ、中流階級よりも貧乏な上流階級は珍しくないそうです。
大学に身分は関係ないのですが、オックスフォード等一流大学に行くには事実上、私立学校に入る必要があり、学費が非常に高く、低収入が多い労働者階級には手が届かないため一流大学に行くのは実質的に中流以上でないと無理なようです。
あとは階級によって言葉の発音が違うようで、労働者階級の言葉は上流階級が使う英語とは発音が違います。そのため上流階級の人は労働者階級の英語を聞いても理解してくれないんですよ。当然ながらイギリスからアメリカへ渡った人達は中流~労働者階級が中心のため、上流社会の使う英語とは別の発音の英語がアメリカで広まりました。そのためイギリス上流階級の人にはアメリカ英語が通じません。よくイギリスでは英語が通じないと言われる根本的な原因は階級社会にあるわけです。
その他にも、文化や習慣、生活スタイルなど何から何まで上流階級はどこまでも上流階級で、庶民の文化に触れない人も多いようです。どれだけ貧乏だろうが上流階級は上流階級なのです。
これは純粋に職業や経済力で社会的地位が決定しがちな多くの国の人にとって理解不能な感覚でしょうね。
21世紀になった今でもこれだけ違うイギリスの階級社会。
当然ながらホームズやモリアーティが活躍した19世紀後半~20世紀の時代は今よりもっと階級の区別は明確であったはず。
基本的にシルクハットは肉体労働には邪魔ですから、シルクハット=肉体労働する必要のない職業あるいは地位ということです。
社会的にどれだけ高ければシルクハットが許されるのかはわかりませんが、ある程度の社会的地位がないと被らないはずです。
フランスはフランス革命によってこういった特権階級は廃止されています。
イギリスはフランス革命が起きなかったから今でも階級が残っているのです。
{/netabare}
上述の通りイギリスにおいて階級と言うのは覆しようがない絶対的な指標なのです。
この話はそういった歴史背景を反映しておりますが、実際のところ貴族がみんながみんな作中のように厚顔不遜でどうしようもないクズなのかというとそうではありません。
もちろん中にはああいうクズもいるでしょうけどね。
主人公と弟は元々は孤児ですが、モリアーティ家に入ることで貴族となりました。
モリアーティはそんな伝統ある英国階級社会を壊そうとしたわけであり、「英国版フランス革命」を体現したキャラクターなわけですね。
それはシャーロックホームズによって防がれたわけですが。
ちなみに彼の宿敵、ホームズもシルクハットを被っている姿から分かるように上流階級の人間です。
前置きが長くなりましたが、モリアーティに大義名分を与えるために作中では階級社会が悪だという印象を強く植え付けようとしている部分はちょっといくらなんでもイギリスに失礼ではないかと思うのですが、
実際に今でもイギリスの一部の上流階級の人は、上流階級以外や他国民が使う英語を下品だ、訛りが酷いと言って嘲笑する人が結構いるんですよね。
憂国のモリアーティ以外にも、イギリスを題材にした映画には結構そういう描写がある作品あります。
基本的には英国紳士の言葉通り、誇り高い方が多いんでしょうけど、そういう一部のどうしようもない人のイメージが強いのは嘆かわしい限りです。
主人公は言わずと知れた大悪党のため、やっていることは紛れもなく犯罪であり、決して世間から評価されるような行為ではないですが、この作品のモリアーティの目的は階級社会の破壊であり、すべては貴族という特権階級を引きずりおろすための行動であるようです。
その手段が犯罪行為であるために、世間的には大悪党という評価になってしまいますが、恐らくは強引な手段を用いなければ何も変わらないからこうなるのでしょう。実際、今でもイギリスには階級社会が根強く残っているわけですし。
そういった悪役の行動理念にスポットライトを当てたのは面白い。
もしも彼の革命が成功すれば、彼は一部の不満を持つ人間から英雄として祭り上げられることもあるかもしれない。
だが、革命に失敗した時点で彼は英雄ではなく大悪党でしかない。
いつだって歴史は、勝者のために存在する。敗北した者には歴史を語る資格は与えられない。
原作通りなら、最終的に失敗するはずだ。
元々は作者が相討ちという形でシャーロックホームズの物語を終わらせるために生贄として誕生させられたラスボス。
ただの基地外な犯罪を美談風に描こうとするこの作品に対する評価が分かれるのは当然のことだと思う。
国からは大悪党として断罪されても、一部の人々にとって彼は確かに英雄なのかもしれない。
まだまだ彼とホームズの対決は始まったばかり、原作通りならシャーロックホームズと相討ちという形で革命は未遂に終わるのだが、この話も同じ道をたどるのでしょうか?
分割2クールの前半ということで後半はホームズとの対決に注目したい。