薄雪草 さんの感想・評価
4.2
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.5
キャラ : 4.0
状態:観終わった
ト書きの埋めかた。
人は、死んだときに最初にこう思うそうです。
「生きているうちに、あんなことやこんなこと、もっともっと、もっ~とやっておけば良かった。」と。
「まだ死んでいないから、そんなことは分かりません。」
・・・ごもっともです・・・。
でも、こういうことはあるかもしれません。
死に別れしたご家族や親類、ご友人がいらっしゃったのなら。
ましてや、好きな人が自死したのだったら。
その日が、予め分かっているのなら。
「何を置いても、やれることは全部やる!」
生きていればこそと、望むのかもしれません。
生きていけるのだと、臨むのかもしれません。
~ ~ ~ ~
菜穂ちゃんがあんまり健気なのと、翔くんがちょっとダメンズっぽいのが作品の評価を難しくしています。
おまけに、須和君が菜穂ちゃんにいい人すぎるから、比べられる翔くんのアドバンテージってば何もありません。
せっかくの良作なのに、困ったなぁ。
私が目を付けたのが、菜穂ちゃんの、菜穂ちゃんによる、菜穂ちゃんのための "リフレクション" です。
似た言葉に、エンパワメントというのがあるけれど、これは26歳の菜穂の手紙がその役を担っています。
16歳の菜穂ちゃんに、俯瞰する目を与えることで、選択する勇気や、行動する決断力を、自分らしいものとして気づかせます。
リフレクションには「反射、反響」の意味のほかに、自己を振り返る「内省」という概念もあります。
翔くんの死因は交通事故。でも本当は自死だったということを10年目にして菜穂は知ります。
それが16歳の経験をようやくに振りかえる(リフレクション)きっかけです。
菜穂が手紙にまとめることは、過去のケジメにしか成り得ません。
でも、菜穂ちゃんにとっての手紙は、未来を育む愛の親書に成り得るのです。
手紙を読むことは、外側からのエンパワメントと、内側のリフレクションを、同時に前へと進めるのですね。
~ ~ ~ ~
「翔を守りたい。」
目的が明確になり、行動の指針は決まっても、トライ&エラーは疑心暗鬼にもなるし、なんども意気消沈もします。
ですが、手紙の記述と現実とにズレが生じていることに気づく菜穂ちゃん。
それは未来を変えている、変えられるかもしれないという内省から得られた希望の芽。
なりたい自分と、ありたい仲間の姿を、遠慮なくイメージできる何よりの確信です。
かつて、菜穂独りでは乗り越えも届かせもできなかったリフレクション。
その後悔が、菜穂ちゃんたち5人のリフレクションにつながった成果なのです。
~ ~ ~ ~
翔くんは、残念ながら最後までダメンズだったけど、ちゃんとした理由があったことには留意しておきたいものです。
だって、菜穂にも菜穂ちゃんにも明かされなかった "母と息子の哀しみの絆" がきちんと描かれていたのですから。
そこをしっかり咀嚼しておかないと、それこそどうして視聴者にだけ委ねられたシーンだったのかが理解できないままになり、作品性が台無しになってしまいます。
~ ~ ~ ~
もう一つ、念のために申し添えておきます。
SF設定としてパラレルワールドの理屈が教師から説明されていて、手紙を海に流せばそこに届くかも!ってシーンがありますが、そこは突っ込みどころではありませんのであしからず。
愛おしい人を亡くし、生前を思い出しながらしみじみと夕陽を眺めている最中は、多分に情緒的になるものです。
懐かしさに胸があたたまり、悼ましさに心は穿たれると感じるものではないでしょうか。
ですから、わざわざトラップにかかるようなら、大人げもなく無粋というものです。
そういうときには、青春時代のレモンの酸っぱさを、あるいは、幼い頃のオレンジの甘っぽさを思い出してみるのもいいかもしれません。
~ ~ ~ ~
エンパワメント×リフレクションで得られる "もう一つの未来" 。
そういうト書きの埋めかたを示してくれた作品です。