USB_DAC さんの感想・評価
4.6
物語 : 4.5
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.5
キャラ : 4.5
状態:観終わった
言葉は心の使い
★物語
・監督 : 長井 龍雪
・脚本 : 岡田 麿里
・原作 : 超平和バスターズ
劇場版「あの花」に続き、再び埼玉県秩父市を舞台に制作された超平和
バスターズ二作目の劇場映画。前作同様普遍的社会問題を物語の背景に、
それが切っ掛けで言葉を封印してしまったある少女の回復までを描く。
登場人物の多くが大小様々なストレスを抱える為、序盤から中盤にかけ
ては不快な言動やギスギスした空気が比較的多め。また交流会本番直前
のヒロインの行動が多くに唐突と捉えられ、賛否を呼んだ作品でもある。
★作画
・作画監督 : 田中 将賀
・美術監督 : 中村 隆
一目見て分かる田中さんが描くキャラたち。その作画クオリティは前作
にも増して高水準で表情の豊かさもまた同様。背景のリアルさ、透明感
は劇場版として見ても相当なレベルだと思います。
★声優
・成瀬 順 : 水瀬 いのり
・坂上 拓実 : 内山 昂輝
・仁藤 菜月 : 雨宮 天
・田崎 大樹 : 細谷 佳正
その声質の為か、成瀬順の性格を知りかなりプレッシャーを感じていた
という水瀬さん。極力自然体を心掛け、周囲との違和感を無くすために
とても苦労したといいます。その努力の甲斐もあってか、聴き手に充分
思いが伝わる妙演。第25回JMCA新人声優賞受賞も納得の演技です。
そして他の主役三人、それ以外の人物もまた然り。個々の特徴をしっか
りと把握され、またその掛け合いはとても自然で素晴らしいものでした。
★音楽
・主題歌 :「今、話したい誰かがいる」/ 乃木坂46
・挿入歌 :「Harmonia」/ コトリンゴ
・音 楽 : ミト(クラムボン)、横山 克
ミュージカルのエンディングで合唱するマッシュアップが全く違和感な
い出来栄えで本当に驚きました。青春の哀傷感を表す「悲愴」、そして
夢見がちな少女が歌う「虹の彼方に」。トリを飾るに相応しい選曲だと
思います。主題歌も爽やかさがあって決して悪くない印象でした。
★キャラ
・キャラクターデザイン : 田中 将賀
ヒロインも勿論良かったと思いますが、やはり拓実の好青年ぶりが特に
印象的。内山昂輝さんの上手さも手伝って、とても好感度の高い高校生
に仕上がっていたと思います。
[感想]
「全部・・・お前のせいじゃないか」・・・・・?
離婚の責任を子供に押し付ける親が本当に居るなんて思いたくもないで
すが、年間二十数万にも及ぶ離婚数を鑑みれば似た様なケースは実際に
あるのかも知れません。大切な家族がありながら浮気する者の本性など、
程度の違いこそあれ恐らくこんな感じなのでしょう。それにしても冒頭
に描かれる父親は全く救いようの無い下衆。そりゃ年端も行かぬ幼子が
親からあんな酷い仕打ちを受けたら心が壊れるに決まってます。それを
真面に受け取り、長い間一人で抱え込んだ順が本当に不憫でなりません。
そして被害者である母親が周囲に一切相談せず、体裁から嘘偽りを語り、
慣れない仕事や生活に疲れ果てて娘に優しい一言さえ掛けられなくなる。
そんな孤独で鬱な姿を見ているのも大変辛いものでした。
ストレスや心的外傷などから突然声を失う「心因性発声障害(失語症と
は違う)」は年齢に関係はなく、また比較的若い女性に多く見られその
克服は困難だと聞きます。治療に於いてもカウンセリングは勿論、作中
で描かれる様に良き理解者が側にいること、周囲の心温かいサポートが
非常に重要であるとのこと。その意味では理解者である拓実達と、舞台
に向けて協力し合ったクラスの変化は、彼女にとってとても大事なもの
だったと言えます。逆に言えばそういった状況無しではこの障害を克服
することは難しいのかも知れません。
彼女に為にもと奮起し、クラスメートが必至で準備したミュージカルを
ボイコットしてしまった順。その行為を咎める声が多いのも分かります。
しかし拓実と菜月の関係を知らずに彼に恋をしてしまったことへの恥ず
かしさ、自分は調子に乗っていたという思いから現実逃避し、受罰の為
に廃墟のホテルへと足を運んだ。そこで言葉の封印から更に感情さえも
封印しようとスクランブルエッグ(形が壊れた状態=クラスメートから
の拒絶=罰を受ける)を敢えて作り上げようとする。そんな彼女の自罰
的な切ない気持ちも良く理解出来るのです。そして拓実との真剣な心の
投げ合いで漸く殻を破ることが出来、玉子の呪いを心の内から解放した。
もしあのまま何事もなくミュージカルを終えたとしても、少女と王子様
という二人の関係は変わらないのですから、ただ伝えたい想いを披露し
ただけで(親子の関係は多少改善した可能性はありますが)彼女自身は
何も変わらなかったはずです。むしろこの展開があったからこそ彼女は
無事にこの障害を乗り越えることが出来たのではないでしょうか。
〈廃墟での主なやり取り〉
{netabare}
・順の罵倒を素直に受け止める拓実
・逆に罵倒に感謝することで「言葉は人を傷付ける」呪縛から解放
・結果、自責の念と玉子の存在を完全に消し去ることが出来た
・名前を呼び合ったのは王子と少女という妄想上の二人を否定する為
{/netabare}
ただ変更前のシナリオでは少女は処刑されるとあったので、流れ的には
内心ちょっと怖かったのも事実です。そんな展開じゃストーリーが破綻
するのは重々分かっちゃいましたけど。(笑)
本作の主題にも繋がるミュージカル「青春の向こう脛」。全8幕からな
るその終盤は見事に物語とリンクしながら進行していきます。内容はか
なりシリアスですが、敢えてコミカルで学芸会的な稚拙さにすることで
重い本編とのバランスを上手く保っていたと思います。そして順の母を
引き留める拓実の祖父母、舞台裏でのクラスメートとのやり取りは実に
感動的。儚げな順の愛らしさ、周囲の優しさが目に沁みる素晴らしい演
出でした。あと田崎の酷い玉子面を見て拓実が吹き出すシーンは、思い
返す度に笑ってしまいます。
田崎の告白を唐突だとする向きも多いですが、自分は決してそうは感じ
ませんでした。確かに彼女を蔑むような序盤のあの台詞は見ていて非常
に気分が悪くなりましたし、罵った相手に告白なんて状況は普通なら考
えもしない。しかし根は優しく真直ぐな彼は謝罪の後、常に順の成り行
きを気に掛けていました。逃亡が明るみになった本番当日の拓実に言い
放った一言がそれを物語っています。そして懸命に気持ちを伝える順を
見て、腐りかけていた自分を変えることが出来た。そのことへの感謝と
同時に好意を抱いたとしても何ら不思議ではありません。タイミングと
しては少々早い気もしましたが、若さ故の勢いあまっての告白と見れば
それも悪くありません。しかしフられて間もない当の順が、それを素直
に受け入れるかどうかは全く分かりませんけど。(笑)ただその告白に
よって、新たな現実世界が彼女の目の前に広がったことは確か。そして
それは彼女にとって最大の救いだったと僕は思っています。
それにしてもファミレスや廃墟のホテルで感じた順の気の強さは相当な
もの。拓実や山路の反撃にたじろぐ田崎を見ていると、尻に敷かれる姿
を何となく想像してしまいます。個人的にはお似合いの凸凹カップルだ
と思うんですが・・・・どうでしょうね。(笑)
不用意な言葉は相手を傷付けてしまうもの。しかし過ちを修復するのも
また言葉。人はそれを繰り返しながら向き合い方を学び、また優しさに
触れ感謝し、一歩一歩成長していく。
そして思いを言葉にする勇気。他愛もなく当り前に思えてなかなか出来
ないそれは、人と触れ合いながら生きていく上でとても大切なことなの
だと、この作品を通して我々に伝えているような、そんな気がします。
以上、拙い長文をお読み頂きありがとうございました。