ブリキ男 さんの感想・評価
4.0
物語 : 2.5
作画 : 5.0
声優 : 4.0
音楽 : 5.0
キャラ : 3.5
状態:観終わった
光と闇のバイブル
時は中世※1暗黒時代。「世界でもっとも美しい本」と称される、現存する最古の福音書の一つ「ケルズの書」を巡るキリスト教徒とヴァイキングの対立、少年修道士ブレンダンとケルト人少女アシュリンの交流を軸に物語が展開されます。
フランス、ベルギー、アイルランドによる共同製作。本編75分。
ケルト文化の特徴である円の美術が全編に渡って織り込まれた映像が非常に美しい作品です。植物、動物、人、神々、そして書物、すべてが混然一体となった流れる様な作画はまるで生きている絵巻の様。
調和を乱す暗い影は、剣持つ侵略者の存在。心なきマシーンの様に、ヴァイキングはいずこからともなくやってきます。文化の破壊者として、生命の掠奪者として。
ところで皆さんは、当時のキリスト教覇権主義の担い手であるカール大帝の伝記の一つ「ローランの歌」という本に、チュルパン大司教という人物の名がある事をご存じでしょうか?
チュルパンは高位の聖職者にして、世に名高い(悪名高い?)シャルルマーニュ(カール)十二勇士の一人にも数えられる程の武人であったとされるまことにけったいな人物なのですが、そのモットーもまた型破りで、「キリスト教徒にとって武勇は礼節や寛容よりもを貴ぶべき」といったもの。チュルパンはあくまでも伝説上の人物なのですが、暗黒時代のキリスト教の風潮を端的に象徴している人物とも言えます。
布教活動の名目で武力の行使を正当化する行為は、※2本来のキリスト教の教義からはもちろん逸脱しているのですが、当時は一般的にそれを栄誉ある行為と見なしていた様なのです。(割と今もだけど汗)
アニメの方に話を戻しますと、本作中には若干ながら戦の描写が含まれます。砦を築いて抵抗を試みるキリスト教徒達と、そこに攻め入るヴァイキング達の描写です。ところがキリスト教徒達は砦を築きながら、侵攻するヴァイキングに対し、糞尿や油をせっせと煮立てる事もせず、槍や弓すら握りません。ただ逃げ惑うだけ。そこにあるのは非武装の無垢なる人々と野獣の如き獰猛さで押し寄せる堕落した者達の姿。
そ・ん・な・わ・け・あ・る・か!
キリスト教覇権主義がもたらした歪みが、デーン人(ヴァイキング)やケルト人、イスラム教徒を始めとする周辺民族の怒りを買い、現在に至ってもなお消えない対立関係を生みだしたというのが、大まかな歴史的事実であるのに、侵略者が犠牲者を装い、抵抗者を悪と断ずるこの図式は余りにも一方的と言わざるを得ず、その過度に美化された光景からは、何かしらプロパガンダめいたもの、嫌な例え方をするならば、言葉巧みに信者を勧誘する悪徳牧師の様な、偽善に満ち満ちたうさん臭さが漂ってくる様でもありました(汗)
キリスト教支配の影響で海賊の烙印を押されたヴァイキングの本来の姿については、現在では、畑を耕し、漁に勤しみ、貿易を楽しむ、人として当たり前の生活をしていた人々であった事が知られています。海賊行為は彼らの一部が起こした例外的行為であったという事も。
純然たるファンタジー作品であればどの様な描写でも許される気もしますが、これは史実を基にしたという名目で作られたお話。それを踏まえた上で言わせてもらうと、原作者には過去及び現在のスウェーデンやアイスランド、北欧に住む人々への理解や配慮が全く足りていない様に思えます(汗)歴史を再検証をする手間や、彼らの気持ちを推し量る余裕はなかったのでしょうか?
最後に少し視点を変えて、文学の方面から中世ヨーロッパ史を垣間見てみると、ヴァイキングが拠り所としていた北欧の伝承・文化は、当時のブリテン島に混在していたローマ、アングロサクソン文化に吸収され、古英語によって著された現存する最古の叙事詩「ベーオウルフ」として結実し、最終的にはケルトの妖精伝説とともにキリスト教に取り込まれ、全世界的に有名な英雄譚の一つ「アーサー王の死」として※3集大成の形をとる事になるのですが(端折り過ぎ^^;)、これらは悲劇であり、風刺であり、言い換えるならば、血塗られた歴史の位相でもあるのです。ケルズの書もしかり。
遥か東方の地で竜に守護されていたとされる金羊毛、魔法の石臼、呪われた金の指輪、嵐の巨釜、必殺の槍、そして聖杯。無尽蔵の血と涙で満たされた欲望の器は、今もなお止めどなく呪いを吐き続けます。
いつの世も、剣によって殺すものは剣によって殺されるのです。
※1:西ローマ帝国が滅亡した5世紀末~ルネサンスが始まった15世紀くらいまでの時代。中世ヨーロッパ時代の前期に位置する。まじないや迷信が横行し文盲だらけの世だった。
※2:不正に怒り、義の道を示し、拒まれれば履物の土を払って立ち去る。それがクールでエレガントな(笑)イエスの流儀のはず。皮肉るわけではありませんが、現在でも中世よろしく牧師さんに言われるがまま、ああしたりこうしたりという風潮は存在します。他の教会には行くなとか。知人から聞いた話ですけど、教会同士でたくさん寄付をしてくれる(檀家さんみたいな)信者の取り合いとかもあるらしいです(汗)
※3:ブルフィンチのギリシャ神話と中世騎士物語、エッダといくつかのサーガ、サトクリフの全書、マビノギオン、カレワラ辺りを読むと、この辺の繋がりを大雑把に認識できると思います。情熱と根気がなければ多分途中で飽きますけど^^;