フィリップ さんの感想・評価
4.8
物語 : 5.0
作画 : 4.5
声優 : 4.5
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
ほんの些細なことに思える大切なこと
アニメーション制作:RADIX、
監督:ところともかず、助監督:大森貴弘、
シリーズ構成・脚本:安倍吉俊、
キャラクターデザイン:高田晃、音楽:大谷幸、
原案:安倍吉俊(~オールドホームの灰羽達~)、
少女が落下する。
雲を抜けて、猛スピードで。
不思議なことに静寂が彼女を包んでいる。
ふわふわして、暖かくて、
胸がちりちりするような感覚。
怖くはないが、心臓が冷たい。
一羽の鴉がやって来て、叫び声を上げる。
落下時のピアノによる旋律。
『Ailes Grises』というフランス語名の曲が、
物語の大切な部分を表現しているように感じる。
静かで穏やかで、根源的なもの。
こみ上げてくるこの気持ちは、一体何だろう。
2002年にフジテレビ深夜枠で放映され、
一部の人々から熱烈な支持を受けた作品。
後のアニメにも大きな影響を与え、
特に『Angel Beats!』は、
原作の麻枝准も認めているように
根幹の部分でインスパイアされた内容になっている。
『灰羽連盟』の世界観は、村上春樹の
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の
「世界の終わり」の設定と似通っている。
ただ、直接の関連性は各話タイトルも含め、
形だけと言っていい。
{netabare}むしろ、物語に大きな影響を及ぼしているのはキリスト教だ。
カトリック教会の教義には、死者が天国に行く前に
煉獄で罪を浄化するという考え方がある。
舞台であるグリの街は、同じ位置づけだろう。{/netabare}
「過ぎ越しの祭り」や罪についての思考など、
この作品は、宗教的なモチーフに彩られている。
OPを観たときに、アンドレイ・タルコフスキー監督の
映画『サクリファイス』の冒頭で流れる、
J.S.バッハ《マタイ受難曲》第2部・アリア
「神よ憐れみたまえ」という曲が頭に浮かんだのも
そういう理由からだと思う。
グリの街では不定期に灰羽が生まれる。
人間に似ているが、背中に灰色の羽があり、
光輪を頭上に掲げている。まるで天使のように。
ただし、空を飛ぶことはできない。
彼女たちはサナトリウムのような
古い校舎・オールドホームで、
幼い子供たちとともに暮らしている。
街は高い壁に囲まれ、外に出ることは許されない。
唯一、壁を超えられるのは、
トーガと呼ばれる交易人と鳥だけだった。
主人公のラッカは、オールドホームの一室で生まれた。
羽化して光輪を掲げた彼女は、同じ場所に住む
灰羽たちとともに慎ましくも楽しい日々を過ごす。
街に出かけたり、同居している灰羽たちの
仕事を見学させてもらったりして、
次第に暮らしにも馴染んでいく。
しかし、そんな時間が永遠に続くわけではなかった。
ラッカとレキが罹患した「罪憑き」という病。
彼女たちが抱える問題は誰にでも起こり得る。
だから、もがく彼女たちの行動に
心を揺さぶられるのだろう。
何が彼女たちの助けになるのか。
この作品では、その答えを宗教的な「祈り」ではなく、
「他者」との関わりに求めている。
いかにも日本的だ。
外の世界と交流できる「鳥」という
「他者」の存在がラッカを助ける。
こういう感覚は、外国人には理解できないかもしれない。
当人にとっては重大なことが、
他人にとっては些細な問題に映る場合もある。
例えば罪悪感や自己否定。
人は皆、自分だけの感覚がある。
だからと言って、自らを閉じてしまうことは、
何の解決にもならない。
私たちは「他者」との関わりのなかでしか
生きていけないのだ。
飛べない灰羽、抜け出せない罪の輪。
自分自身の力だけで全てを完結させることは難しい。
下手をすると、同じ場所を延々と巡ることになる。
私たちが生きていくのに必要なもの。
それは大切な「他者」を見つけることかもしれない。
(2020年5月16日初投稿)