gazabata さんの感想・評価
3.0
物語 : 3.0
作画 : 3.0
声優 : 3.0
音楽 : 3.0
キャラ : 3.0
状態:観終わった
In Abyss We Trust
アニメを見てから数年、時々思い出したりしていろいろ気になるところが出てきていた。自分がはたして本当にこのアニメがまだ好きか分からなくなっていた頃にこの映画が出た。見た後レビューを見てみると自分と真逆なことをみんな言っていたのでそれが本当に興味深かった。こういうのを考えるのが好きなので色々考えたのでそれを書いていく。
1.映画として
映画館で見たときペーシングがすごく気になった。もちろんこれは気のせいかもしれないが話の進み方が映画の進み方ではなく、5話のアニメエピソードのように感じた。物語が進まないと思えば高速で色々なことが起こったりして不思議な気分だった。もちろんそれでいい人がほとんどだと思うが、映画館に行って見てきただけあって違和感が取れなかった。
この映画の一番良いところは絶対に音楽だと思う。もちろん映像もとてもきれいだが音楽がその体験を何倍もよくしている。
2.崩壊
ナナチはボンドルドを許す。ミーティーのことを忘れたかのように。可愛いと言われたら照れる。我々もボンドルドの言葉に巧みに騙され、彼がそこまで悪い奴ではないと思い込む。ボンドルドがナナチを愛していると言っただけで。アビスへの探求心があったと言っただけで。しょうがないなぁと、まるで自分のプリンを勝手に食べた人を許すかのように。
リコは母親のことがどうでもよくなる。アビスというカルト集団の一員に完全になってしまう。ナナチも道連れである。
レグはもうキャラがない。はじめからなかったかもしれない。リコが好きでおちんちんがおっきくなるというのがレグのキャラのすべて。
ミーティーと同じ生き物が大量にいたにもかかわらず、ご一行目もくれず完全無視。助けようともしない。
でっかい木を壊すことでボンドルドが人体実験及び殺人をするのを止める(もしくは延期)ことができたにもかかわらず放置する。ボンドルドは仕方がない奴だからなぁと許される。
プルシュカが死んだ後に彼女のことを色々教わる。なぜ生きているときに見せなかったかは本当に分からない。
プルシュカ、出会って数日の他人をこの上なく愛する。そして笛になる。映画ではこれが感動的なことにしている。都合が良いだけである。
笛の作り方、拍子抜けだ。本当に。プルシュカがなるってところも。つまらなすぎて泣ける。
レグ、スーパーサイヤ人になる。
レグのビーム、あと三回とかでドキドキしてたら充電してフルになる。今までのこの物語には終わりがある感が消えうせる。緊張が風船の空気のように抜けた。
映画のクライマックスがアクション映画になってしまう。冒険とか、探求心とかではなくただの殴り合いという不思議なクライマックス。冒険が見たかった。一回目殺したときすごく面白かったのに。
3.メッセージ
前作ではアビスは変えることができない、残酷なものは残酷だというメッセージがあった。それは良いが、今作ではその物事を変えようとするな精神がなぜがボンドルドまでにも値する。木を壊さなかったり、抵抗できなくなったボンドルドを食い止める様子を一つも見せないことでボンドルドはアビスと同じ扱いになる。変えたくても帰れない残酷なもの。変える力があるにもかかわらず。見方次第でボンドルドは正義になる。
ボンドルドは作者かもしれない。子(キャラ)を愛しているにもかかわらず、個人的な快楽のために残酷なことをする。そして止めたくても止められない。そういう面ではボンドルドは作者を象徴するものかもしれない。
数々のミーティーを見ておきながら何もしないということはオリジナルミーティーがかわいそうなのはあれがもともと人だったからではなく、ナナチの知り合いだったからということになる。主人公たちが知らなければ彼らに価値はない。ペットの豚は食べないが、毎日豚肉を食べるのと同じである。思い入れがあるというだけである。
4.結論
前作に対する考えが大幅に変わる。優しさがあると思っていたがそんなことはなかった。アビスという世界が見せたい。可愛い子供が痛めつけられて残酷な目に合わせたい。その二つが一番強いと思う。ストーリーとかキャラとかはあんまり重要視されていない気がする。ワンパターンになってきている。出会う→仲良くなる→残酷なことが起きる→残酷なことが起きる→残酷なことが起きる→最初に戻る
そんな感じ