蒼い✨️ さんの感想・評価
4.1
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
情感があるのは良いですが。
【概要】
アニメーション制作:シンエイ動画
1982年3月13日に公開された劇場アニメ。
原作は、藤子不二雄が『月刊コロコロコミック』
にて連載していた「大長編ドラえもんシリーズ」作品。
監督は、西牧秀夫。
【あらすじ】
春休みのいつもの空き地。
ジャイアンとスネ夫の力説を聞かされて困惑する、のび太。
二人の話を要約すると、
・地球は、隅々まで探検しつくされ、
ぼくらは謎や神秘の欠片すら残されていないという夢の無さへの憤り。
・でも、この広い地球には、人類未踏の魔境や秘境が残ってるはず。
・ドラえもんに穴場を探してもらい、みんなで大探検旅行をやろう!
帰宅したのび太にそれを伝えられたドラえもんは無駄だと拒否するが、
それだとジャイアンたちにいじめられるので、食い下がるのび太。
ところが、ドラえもんが失くした100円玉を拾ったことで
最初から無いと決めつけるより一応やってみるか?と、
「自家用衛星」で地球を回りながら上空からの写真を撮ってみることに。
ジャイアンが怖いのもあるけれど、のび太自身の好奇心の存在を知り、
手伝う気になったドラえもん。
なるべく都会から離れた、アフリカの奥地がとりあえずのターゲット。
そんな、やる気を出してる最中にママのおつかいで買い物に行かされたのび太は、
空き地で汚れた小さい犬を見かけた。ついてきちゃダメと言いながらも、
のび太がソーセージをあげると犬は家まで来たうえに、2階にまで勝手に入ってきた。
ママに見つかったら大変だ!と慌てるのび太たちだったが、
預金通帳と印鑑が入ったバッグをママが落として失くしていたのを見つけた犬のお手柄で、
飼うことを特別に許された。犬は出会った時に腹ペコだったので、ペコと名付けられた。
写真の確認はアフリカ大陸全土だけでも何百万枚を要する気の遠くなる作業。
あくる日、のび太とドラえもんが出かけて寝過ごして、「気が重い」と言いつつ帰宅すると、
電送をストップしていたはずの「自家用衛星」の端末をペコが使っていて、
1枚の写真をのび太たちに差し出す。それに「六面カメラ」で角度を変えると巨大な石像が写っていた。
行く先はアフリカのコンゴのジャングル。いつもの5人に1匹を加えた探検隊。
どこでもドアで石像から100キロ離れた地に出て、敢えて徒歩で冒険を楽しもうという彼らであった。
【感想】
大長編ドラえもんの第3作目。
ゲストキャラのペコの声優が鉄腕アトムで有名な清水マリさんということで、時代を感じますね。
西牧監督は、前作の「宇宙開拓史」と今作の「大魔境」と二作続いての起用ですが、
「できが良いものの私の世界を理解していない。」←某所から引用。
との原作の藤子先生判断で、次回からはTVアニメ版の芝山努監督が劇場版も手掛けることに。
前作での、のび太とギラーミンの原作での決闘がアニメの改変で決闘ではない展開になってたのは、
藤子先生の意向ではないということでしょうか。
見てないですが、「大魔境」はリメイク版のほうが原作に忠実だという珍しい現象になっています。
原作では夏休みなのがアニメでは春休みに変更しているのに、みんな半袖なのですね。
3月に公園で半袖で運動する小学生は現実でもいることはいるのですが、ちょっと?となりました。
前二作では、のび太とピー助、のび太とロップル君、それぞれの交流の比重が多めだったのに対して、
今回は、ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんの存在感が強めですね。
んで劇場版では恒例ですが、出木杉君の扱いが良くないですね。
石像の写真を見せて『ヘビースモーカーズフォレスト』と秘境のウンチクを言わせたいだけで、
歩くウィキペディア状態で出番終了。
それでも原作より彼の扱いがマシでしょうか?。
アニメではカットされた、出木杉君としずかちゃんと風景写生デート中に、
「(魔境が)見つかったら、一緒に探検しようよ!」と、のび太がふたりを誘ったシーン。
それを念頭に置くと、上記の石像の写真を見せるシーンで彼の知識を利用したら用済みみたいで、
5人からナチュラルにハブられて冒険メンバーに入れてもらえない出木杉君が可哀相。
一応誘ってみたものの、出木杉君の都合で断られたぐらいのフォローが有ってもいいような?
出木杉君みたいな知恵も勇気もあるイケメン優等生キャラは、
何でも出来て当たり前で面白みが無くて扱いづらいのでしょうか?
出木杉君とドラミちゃんがコンビを組んだら、大抵のことはあっさり解決すると言われていますし。
のび太くんのモデルは少年時代のボクと藤子F先生が、おっしゃってるとおり、
不完全な人間が、失敗もいろいろしながら頑張る姿をみたい!
みたいな理想から、出木杉くんみたいなキャラは出番が極端に限定されるわけですね。
逆に欠点だらけのキャラは、トラブルメーカーでピンチを作るのに役に立つ。
そして、ちょっといいことをしたら褒められる。
ドラマティックな展開にするのに丁度いい狂言回しなわけですね。
この映画でスポットライトが特に当たっていたのは、
わがままで乱暴者なガキ大将であるジャイアンこと剛田武。
スリルのない冒険なんて気分が出ないと彼の軽はずみな行いがひみつ道具の使用に制限をかけて、
仲間の足を引っ張ってみんなが劣勢に追い込まれていく。見放されても仕方がない自業自得さ。
それでずっと悩み傷つき、自分が悪いと理解していても素直になれずに当たり散らす。
紆余曲折あって、結果的には見捨てない友だちがいるから救われて一緒に頑張れる。
甘いと言えば甘いですが、精神的に弱くて不完全な者たちへの愛情を持って、
掘り下げて描いているという点で、藤子先生の優しさに溢れた作品であると思います。
その一方で冒険活劇としては、後半が時代劇っぽいですね。
悪い大臣に乗っ取られた犬の王国を犬王子が取り戻すというお話。
なんか頭に引っかかるものがあって考えてみたら「暴れん坊将軍」
作曲したのが、同じ菊池俊輔氏だった(笑)しかもチャンバラしてますし。
そこに、ファンタジー、SF、巨大ロボットジャンル的な醍醐味など様々な要素を入れて、
「宇宙開拓史」より娯楽作品方面に力を入れてる感じですね。
で、監督が苦言を呈されたのは多分、終盤の戦闘をアニメではやりすぎたんですよね。
原作では、敵の木造戦車や空飛ぶ舟を破壊しているものの死亡描写が一切なく、
敵の幹部のコス博士も捕虜になってるという比較的穏やかな戦い。
でも、このアニメではガチの殺し合いになってて、乗ってる兵士ごと戦車を踏み潰したり、
敵兵士が明確に乗ってる舟がロボットアニメのお約束の如くに爆発と炎に巻き込まれて、
確実にたくさん死んでると思われる状態。状況からコス博士も絶対に死んでそう。
(宇宙小戦争の場合は、敵兵士を映さなかったり死亡を確定するような描写を避けている)
実際に犠牲のない戦争なんて甘っちょろくて、創作の世界でそれやるの好きじゃないのですが、
ガチで死にまくる戦闘描写はドラえもんのカラーじゃないんですよね。
監督が、「私の世界を理解していない」とはそういうことで、
こういうのは、「ガンダム」でやれ!みたいな意味だと思いました。
と、子供心では気にならなかった部分も、
今になって見てみると色々考えさせられることが多い作品でした。
これにて感想を終わります。
読んで下さいまして、ありがとうございました。