ウェスタンガール さんの感想・評価
4.0
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
魔法の記憶
“まどマギ”はオリジナルのシリーズを観ただけで、映画版は知らない。
そんな中で、この外伝を観ている訳である。
気になったのが、マギアレコードという表題だ。
こういう世界観で思い浮かぶのは神秘主義的な概念である世界記憶、アカシックレコードである。魔法の根源的な記憶、平たく言うなら魔法が生まれた訳と言うべき、極めて人間的な問題に触れようとしているように感じる。
(6話まで視聴して)
“少女”という“純粋”で一途であるが故に、うわさ、都市伝説、魔法といったものに親和性が高い存在。
今回のシリーズは、前回の“望み”と“代償”という因果に加え、より魔法少女と魔女とが、表裏一体の存在として描かれているようだ。
{netabare}巴マミも加わり、{/netabare}大きな歯車が動き出したようだ。
絵面が変わり、今のきらら系によりシフトしてはいるが、紛れもなく“まどマギ”の世界に遊ばせてもらっている。
(一点だけ)
{netabare}マスケットは先込め滑空式歩兵銃なので、ライフリングの描写はダメですよ、って、{/netabare}
魔法だから良しとしますか。
(11話まで視聴して)
さてさて、マギウスの翼の目的である“魔法少女の救済”を額面通りに受け取り、それを実現しようとするなら、暴走した感情の発露である“魔女”の存在を封じ込める必要がある。
かつて魔法は人間の生活と密接に関わり、畏怖と尊敬の対象、ある意味で人間の負の感情を調整する存在であったはずだ。
しかし、科学技術社会である現代においても、心の問題は存在する。
居場所を無くし、コントロールを失った、恨み、嫉妬、猜疑心、強欲等々の感情は、“魔女”という受け皿を得て暴走をはじめることになる。
ために、抗う存在が必要となり、魔法少女が生まれたわけだ。
例えて言うなら、心の中で二つの感情が戦い続ける悲劇である。
そこに気付き、いわゆる“魔女”を“うわさ”の中に封じ込め、ある意味、居場所を提供して、終わりなき戦いに終止符を打とうとするのがマギウスの翼なのであろう。
二つの相反するもの、それを表裏一体のものとして、象徴的に描いている{netabare}“マグカップ”と“コースター”{/netabare}。
それらが正しい位置に納まることを期待して。
(12話 核心に近づく?)
“いろは”の魔女化を防ぐ存在が、ドッペルである“うい”なのか。
そうであるなら、二人?は一対として、既に救済を体現していることになる。
ただし、今回明らかとなった“みふゆ”のそれとは、性質が違うようにも感じるが。
あくまでも、“とうか”と“ねむ”が作ったドッペルは“科学的に”作られたもので、最終的には破綻するのではなかろうか。
“やちよ”も殴り込みに来るようであるし、マミさんも動いていない。
あと何話あるのかな?
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そして、クリフハンガー…。
そうですよね、外伝として軽くまとめるには、風呂敷を広げすぎましたから…。
オリジナルストーリーと並行して進む話でしょうか?
それとも、別の時間線?
マミさんを尊敬してやまない“美樹さやか”の登場で、私の海馬は暴走を始めるのである。うあぁ、こんなカッコ良かったかなぁ!腕を吹き飛ばされても戦う、戦う、そして戦う。マミさん、目を覚まして!
そして、そして、鹿目まどか、ワルプルギスの夜…、カミングスーン!!
急に強くなって、普通にドッペルを使いこなす“いろは”さん、でも大事なところで寝るんかいっ!
“やちよ”さんも四足歩行の“ドッペル使い”って、聞いてないし!
色々と引っ張り続けたここまで、何はともあれ面白くなってきました。