Progress さんの感想・評価
4.9
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:今観てる
推しが武道館いってくれたら死ぬ レビュー
岡山県在住のえりぴよは、マイナー地下アイドル『ChamJam』のメンバー・舞菜に人生を捧げている熱狂的なオタク。
えりぴよが身を包むのは高校時代の赤ジャージ。
えりぴよが振り回すのはサーモンピンクのキンブレ。
えりぴよが推すのは舞菜ただ一人。
収入の全てを推しに貢ぎ、24時間推しのことを想い、声の限りを尽くして推しの名前を叫ぶその姿はオタク仲間の間で伝説と呼ばれ、誰もが一目置く存在となっていた。
『いつか舞菜が武道館のステージに立ってくれたなら…死んでもいい!』
そう断言する伝説の女・えりぴよのドルオタ活動は、アイドルもオタクも巻き込んで今日も続く…!
(公式サイト Introductionより引用)
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さて、後追い視聴してハマってしまったこの作品。最初はアイドルオタを題材としている点で敬遠していたのですが、コメディの面白さで魅入ってしまいましたね。
この作品は、えりぴよ、chamJamというアイドルグループのファンを主人公としています。
題材は、アイドルのファンです。サブラインとして、chamJamのアイドㇽ活動の裏側を見せる物語でもあります。
作者は、アイドルオタであったらしく、作品の物語的にも、アイドルオタの時間を複雑な感情が入り混じりながらも肯定する内容となっています。
この作品における私が感じた感想としては、暖かい。という事です。
OP曲である「Clover wish」の歌詞に「暖かい」というフレーズがありますが、私がこの作品に感じているのはまさにコレだ!と感じました。
主人公の「えりぴよ」に関して、推しのアイドル「舞菜」と、お互いに好きなのにうまく言葉を伝えられないという関係から物語は始まっています。えりぴよはオタク特有の不器用に拍車をかけているコメディキャラ、舞菜は「内気でシャイ」なキャラで、えりぴよの応援に感謝や好意を伝えられない。
えりぴよというファンの応援に、表には出せないけれど、裏で喜んでくれるアイドルの舞菜という関係性は、
ファンの応援がアイドルに無価値ではない、心に届いている世界を提示している事で、暖かいのだと感じました。
二人のすれ違いで想いが伝わらないことでやきもきしたり、お互いの応援や想いが伝わった時の嬉しさ、その一喜一憂が愛おしいんですよね。
「くまささん」と「れお」というファンとアイドルの間の物語で考えられているのは、ファンとアイドルがお互いの立ち位置を守りつつの信頼関係。アイドルとファンの関係を、極限まで煮詰めたような、決してそれ以外の関係を介入させない聖域のような関係。
お互いがお互いをファンとアイドルとして求めあっている事が、この二人の関係性が清い風に見えるんですよね。
この暖かさ、という気持ちについてまとめると、アイドルとファンの心理的な関係性、お互いの努力がどれだけ心の支えになっているか、心を満たしてくれる存在なのかという事が関わってくるのだと思います。アイドルも努力の成果をファンが気付いてくれることで報われることを願っているし、ファンも応援することでアイドルが笑ってくれることで報われる。
そして作品ではアイドルの裏側を見せる事で、本気でアイドルがファンの応援に喜んでくれていることを描写することで、真に報われている物語を紡いでいます。その報われるという事象が、私の心に暖かさをくれたのではないでしょうか。
次に大きなテーマは、アイドル物だけど「コメディ」を含む事。
正確にはアイドルオタの物語ですが、アイドルの方もコメディに巻き込まれている点で、アイドル視点、オタ視点の時でもコミカルに物語が進んでいきます。
それは、非常に熱狂的なえりぴよやデブオタのくまささん、ガチ恋の基君達を視聴者が客観的にみるポジションでみれる余裕をとっており、かつアイドルに対しても、夢に向かってまっすぐ進むような物語ではなく紆余曲折がある物語として、アイドルという非日常でありながら、人間味があり、親近感がわく存在としてできています。
さて、少しキャラデザインについて考えてみましょう。原作漫画もそうですが、やはり少女漫画のようなまつ毛の長さが魅力でしょう。原作ではまつ毛は線を引いて描いていますが、若干の線同士の隙間(白)によってまつ毛同士の間隔が表現されていると思いますが、アニメキャラデザインも、意図的にそのまつ毛の感じが出るように白っぽい線が入っており、まつ毛の向きが見えるのが良いですね。
また、髪の影の部分は原作にはあまりない表現であり(表紙はカラーだからあるけど)、人物の立体感がより出ている感じがありますね。
アイドル物の作画としても、この作品は素晴らしいです。ダンスシーンは実際にダンサーを呼んで踊ってもらった物を起こしたという手描きです。3DCGアニメーションによるダンスと違って、質感に違和感がないのが魅力的です。
さて、まとめです。作画的にも、スタッフ的にも非常に恵まれた愛のある作品であり、かつ原作マンガの良い所をほぼフルに活かしている作品になっていると感じました。メッセージ性もハートフルであり、応援する側、される側のの気持ちであったり、ファンが見返りを期待できない愛を送る行動の理由について、考えさせたり、その気持ちを肯定する作品になっていると感じました。
原作マンガでは、ChamJamのアイドル活動は少しずつ進んでおり、いつか終わりが来るという哀しさも含んでいます。まあ、単行本の発売ペースが7~10カ月ペース、2016年から連載開始で2019年で6巻ですから、完結するのは大分先なので、早く続きを読みたいのと、終わってほしくないというジレンマがありますが…
なぜ作品を敬遠していたのか
{netabare}
なぜアイドルオタが嫌なのか。いや、アイドルオタが嫌いというよりも、推しという言葉が嫌いだったのです。
それは私自身そういうファン的な活動をライトに行い(好きなバンドとか好きな小説家とか)、結局自身に残る物がないという絶望に勝てなかった為です。
誰推しとか言って、誰かに時間を割くよりも、自分の事を磨いたほうがいいんじゃないのって思ってしまうんです。
だけど、この作品は熱狂的にアイドルを推す人たちを描いているんだけれども、非生産的だと、切り捨てる事の出来ない、人に対する好意の熱意を感じてしまうんです。
もちろん、アイドルオタの生態を詳しくコメディのネタにしていることから、彼らをキモ可笑しいという視点で見ているのも事実です。作者(女性)もアイドルオタだったというからある意味自虐に近いかもしれません。
でもそんなキモ可笑しい存在として見ていても、アイドルを一途に想う姿勢、そしてその想いの強さに、意味を感じてしまうのです。
私が無価値だと思っていたファン活動という物は、本当に無価値だろうか?
彼らアイドルオタは、自分たちがアイドルを想うファン活動を通して、私が無意味と感じていた時間を無駄じゃないと、反論してくれているように見えます。
そして、この作品のアイドルの視点からも、ファンを大事に想ってくれている、それが私にとっての救いになっていると思います。
私自身はアイドルに熱狂することはなかったですが、何かに自分をそこまで捧げる事の出来る、精神の強さに憧れますね。私は、そこまで他人に自分の人生を捧げることはできないですから。
{/netabare}