ウェスタンガール さんの感想・評価
4.5
物語 : 4.5
作画 : 4.5
声優 : 4.5
音楽 : 4.5
キャラ : 4.5
状態:観終わった
浅草氏の妄想ノート
宮崎駿の『雑想ノート』の世界が動き出したような、まさに心躍るアニメである。
アニメ黎明期の熱量そのままに、自主制作のワクワク感があふれ出す。
浅草氏が宮崎駿とすると、金森氏はプロデューサーなので、高畑勲であろうか、いやいやお金に厳しい鈴木敏夫としておこう。残る水崎氏は人の動きにこだわるところが大塚康生に近いかもしれない。
(独り言)
記憶の彼方ではあるが、1980年頃であろう、機動戦士ガンダムのヒットと共に、第1期のガンプラブームが起こった。
それと共にミリオタ冬の時代が到来する。幼少のころから軍事マニアを標榜し、“戦争賛美者のサイコパス”と言ったレッテルを張られるのには慣れっこであった身には、ガンプラにに逃げるなど許される筈も無かったのである。
そんな折も折、当時創刊された『モデルグラフィックス』に連載されていた“宮崎駿”の“雑想ノート”に膝を打つのである。
フルメタルジャケットのジョーカー曰く「ユングのいう人間の二面性」、戦争に反対し軍事を愛する二律背反万歳である。
(観終わって)
もしこの作品を、ギミックの派手さを求める“SF”の範ちゅうで論じるなら、肩透かしを食らうことは請け合いで、監督のほくそ笑む姿が目に見えそうである。
そこに在るのは、サブカルチャーという内向きの世界、扱うテーマは、宇宙船、ロボット、ファンタジーであっても、それは道具立てであり、個人的な満足を満たす方便なのだ。
少し高所に立って擁護するなら、これはニューウェーブSF(スペキュレイティブ・フィクション)であり、浅草氏が模索する「内宇宙への旅」の物語である。
それが証拠に、自分の作品を観た後の彼女(忘れていた)の眼は、現実を見ることはなく、ただ遠くを彷徨うのみである。
最後、何も語らず、独り毛布にくるまる姿が印象的であった。
「彼女の心は彼女のもの」である。