薄雪草 さんの感想・評価
4.7
物語 : 5.0
作画 : 4.5
声優 : 5.0
音楽 : 4.5
キャラ : 4.5
状態:観終わった
人生と言えるものがあるなら。
いただきを白くする青峰を背に、眼下を遥かにのぞめば
かじかむ頬に、春のきざしが矢のように駆け抜けていく。
体は凜と鎮まっている。
心は熱く火照っている。
いつもの風景だ。
長い荒れ野のおわりに、懐かしい笑顔まで足を延ばしてみようか。
子どもたちが口ずさむナージを招くわらべ歌が、耳に小気味よい。
かわらぬ平穏だ。
母さんのぬくもりを知らずに、いつのまにか母さんの歳になった。
母の振舞いなど無縁の、躁狂にしのぎを削る世界で大人になった。
掌のたこは、包丁よりも短槍のほうがしっくり馴染む。
寝るとき以外は右か左かに触っているあたしの相棒さ。
あかぎれて節くれだった指。
箸だって持ち手に浮つくよ。
それがあたしの渡世のしかたで、それであたしができている。
チャグム。
あんたがあたしの8番目の守り人だね。
あんたがあたしを活かす道で、あたしはあんたに生かされている。
ひたすら、用心棒稼業に明け暮れてきたあたしだ。
因果ってもんがあるとしたら、終わらせるのはあたしだ。
そんなあたしにも、譲れないもんがあってね。
「義理も人情もないようなご時世かも知れないけど、あたしはあたしを恥じちゃいない。それでも大事なもんがあるってことさ。」
自分を捨て、地位も名誉も国も捨てさせた実父がいた。
友情を取り、あたしに全てを与えてくれた義父がいた。
二人のことを思えば
馬鹿なあたしにだって、いくらかのことは分かる。
カンバルに生まれたあたしだけど、そこには、拾うものも、守るべきものも、殉じるってやつも、何一つとして残っちゃいないんだ。
ただね、私の身体には、沁み込んでいるものが一つあって
あんたに教えてやれることは、それだけなのさ。
あたしはまた、因果ってやつを、生んじまうのかもしれないね。
バルサ。
俺が見たこともない世界はいくつもあって、いくつもの見知らぬ道が俺を強くしてくれた。
俺は、それを束ねるに怖れはしない。
俺に見せてくれたバルサのおかげだ。
優しさは、母以上に母であったし
大らかさは、兄以上に兄であった。
バルサが俺に示したくれたものは
父以上に、父でもあったのだ。
俺は、その恩を母に報い、その孝を父に奉じ、その志を民に殉じようと思う。
きっとまた、ナージに呼びかけるよ。
あの旅の仲間たちに伝えてほしいと。
あの日から、ヨゴの未来は創られているのだろうかと。
一介の女用心棒と、一国の皇太子が織りなす魂の邂逅のお話です。
まるで、雪解けの大河をさかのぼり、分水嶺でたがえた魂が
身分も、来歴も、来世にも、睦まぬだろうはずの二つの魂が
信義を深くはぐくみ、大義を激しくたたかわした奇跡の旅の物語です。
わたしには
彼らの、信義への心地がいかほどのものか、ようとして量れません。
どれほどの思いがあれば、大義の価値に魂を奉じられるのでしょう。
得られぬ母性への発露が、バルサをしてチャグムに献じせしめたのでしょうか。
得がたい父性への思慕が、チャグムの近侍たる彼女の矜恃だったのでしょうか。
バルサの宿縁は
100年に一度の天才といわれるジグロによって育まれ
100年に一度に現われるチャンガロ・イムに対峙して
100年に一度にまたがるナユグとサグとを結びつける
幼いチャグムとの奇縁に見出せます。
人生にただ一度きり。
その天のむすびの不思議さに、
精霊の守り人に込められたメッセージ。
大愛の心地に、畏れます。