ossan_2014 さんの感想・評価
2.2
物語 : 1.0
作画 : 3.0
声優 : 3.0
音楽 : 3.0
キャラ : 1.0
状態:観終わった
正直という歪み
またしてもタイトル付けに反感を感じさせるアニメだが、本作の場合、タイトルと内容は相関しているようだ。
異世界に召喚されて無双を繰り返すストーリーだが、タイトルでも作中のセリフとしても「チート」と平然と謳ってしまうところに驚かされる。
それも、開いた口が塞がらない、といった類の驚きだ。
チートとは、言うまでもなく「ズルをする」ことだ。
創作物に対して「チート」という言葉が使われていたのは、主に主人公が勝利を重ねる類のストーリー展開において、必然性を生み出す表現上の技量が不十分で、あたかも主人公が「ズルをして」自分に都合よく物語を操作するよう作者に頼み込んでいるような杜撰さに対する「揶揄」としてであったと思う。
本来は欠陥に対する「揶揄」や「批判」であった「チート」を、何か肯定的な売り文句であるかのように使用して違和感を持っていないらしく見える事態は、SNSやメディアで、あからさまな差別発言や無知蒙昧な反事実的発言が「一つの意見」として発信され続けていることと深いところで結びついている気がする。
匿名掲示板で顕著なように、ネット上では「良識的」な考えや発言は嫌われる傾向にある。
「お笑い芸人」とやらがTV上で差別感を剥き出しにした発言をしてドヤ顔をするのも、それが「反良識的」なものであるからだ。
これらを支えているのは、そうした反良識的な「下種な」考えは、「本音」であるかのように見えるからだろう。
いつの頃からか、「自分に正直」であることが高い価値を持つという価値観が支配的になり、「本音」は「正直」な考えであるがゆえに、タテマエに過ぎない「良識」よりも純粋で高い価値を持つとして、無条件に肯定されるようになった。
どれほど下種な下らない欲望でも、「ホントはみんなこう思っているんだろ」という思い込みで、「正直」な「一つの意見」であるかのように取り扱われる。
チート=「ズルして得する」ことを堂々とタイトルに掲げるのは、こうした、「本音」の表現なのだから肯定されて当然という感性の発露であるのだろう。
だが、少し想像してみれば明らかなように、現実に対面した人間が「正直な本音」として下種な欲望を公言していれば、その人物は「下種な人間」として扱われるだけだ。
ネットやメディアを経由すれば、なぜだか「下種」ではなく「正直な人」扱いされるというのは、ある種の認知の歪みとしか思えない。
政治家や芸能人、さらには無数のSNSユーザーが、差別や反事実的な発言は「正直」な「本音」だから尊重されて当然と思い込んでいるかのような「認知の歪んだ」現実が、堂々と「チート」を掲げて疑問を持たない小説やアニメの背後にある。
と同時に、この程度の物語を、自身の名において世に送り出す「作品」として恥じない作者や製作者の態度を説明するものでもあるだろう。
認知の歪んだ「本音」が「一つの意見」などではないように、「チート」を掲げた物語が「作品」の名に値するのかどうか、作者や製作者とともに、視聴者も再考するよう求められているのかもしれない。