剣道部 さんの感想・評価
3.0
物語 : 3.0
作画 : 3.0
声優 : 3.0
音楽 : 3.0
キャラ : 3.0
状態:途中で断念した
ゲーム原作アニメの出世頭は、国民的アニメになったのかな?
[文量→大盛り・内容→雑談系]
【総括】
途中断念としたけど、「全部は観ていない」ということで。
ポケモンど真ん中世代としての、雑談ばかりのレビューです(笑)
《以下ネタバレ》
【視聴終了(レビュー)】
{netabare}
初代ポケモン(赤、緑)が流行ったのは、多分、自分が小学校5、6年生の時。
私は天の邪鬼な性格で、「流行=悪」という謎の価値観を持っていたので、ポケモンには手を出しませんでした。(そういえば、たまごっちも、ハイパーヨーヨーも、エアマックスも、何も乗っからなかったな~汗)だから、アニメも毎週観ていたわけではなく、たまに観る程度。
でも、実は興味はめっちゃあって。表面的には「ケッ、流行りに流されやがって、バカどもが」という態度を取り、(当時ハマっていたスパロボへの愛を貫きながら)耳だけは同級生の会話に向いているという、大バカ野郎でした(笑)
(余談の余談ですが、周りがギャザリングにハマっていた時、スパロボ好きの友達5人だけで、超マイナーなスパロボのカードゲームをやっていましたw)
んで、流行りが落ち着いた中2くらいの時に、一人でこっそりポケモン緑を買って、シコシコとやっていました。その結果、、、「めっちゃ面白い」と思いました(笑)
これは良くできたゲームですね。
まず、「探す」「狩る」「収集する」「戦う」というのは、原始の時代よりw、男が大好きな行為です。
その上、「可愛いキャラ」「育てる」という女子が好きな要素を入れる。
しかも、1種類のソフトでは全種類集められないというのも絶妙なところで。
多分、このソフトを今の時代に発売しても、あそこまで子供の心を掴めなかったと思います。
まず第一に、当時はインターネットなんてものがなく、情報を得る一番の手段は、「友達に聞く」でした。だから、「知っている」ということには大きな価値がありました。必死にゲームをやりこんで、得た経験を分析し、知識として友達に自慢気に話す。そこには大きな幸福感と、たくさんのコミュニケーションが生まれていました。
これが今の時代なら、ポケモンの獲得方法なんて、ググれば1発ですし。現代は、「検索」こそ知識を得る手段で、「知っている」「記憶している」ことの価値が大きく低下している時代で、いかに情報を収集し、真偽を確かめ、使いこなせるかが求められてますもんね(社会全体としては正しい方向性ですが)。
足りないモンスターも、ネット上のやりとりでなんとかなるのかもしれません(当時は攻略本が出るのは、ゲーム発売からしばらくたってからでしたし、攻略本自体も高くて、なかなか小学生には買えなかったしね)。
第二に、ソフト自体が高くて、(金持ち以外は)自力でソフトを2本揃えるのが困難だったこと。基本無料ゲームが全盛の今では、あまりない感覚かもしれませんね。
だから、友達と「どっち(何)を買うか」を相談したり、モンスターのためなら、嫌いなアイツともコミュニケーションを図ったり(笑) ゲームソフトを貸し借りして、データを消してしまった時の絶望感とか、分からないんだろうなw(ちなみに、中2になってこっそりオナニープレイを始めた剣道部は、この点で困りました。友達はいたけど、小学生の時にあれだけ「アンチポケモン」を打ち出しておいて、今さらポケモン交換してとか、言えないw)
色んな意味で、「子供心をくすぐる」ゲームでした。そりゃあ、ヒットもするでしょう。
さて、では前置き(驚)はこのぐらいにして(笑)
アニメとしてのクオリティとしては、「OPの出来が良かった」ことと、「ストーリーがきちんと流れている」ことが好印象。
初代OP「目指せポケモンマスター」は、夢を叶える為に旅立つ少年少女への、確かなエール。
「マサラタウンに さよならバイバイ オレこいつと 旅に出る」(中略)「いつもいつでもうまくゆくなんて 保証はどこにもないけど(そりゃそうじゃ!) いつでもいつも ホンキで生きてる こいつたちがいる」(中略)「ああ あこがれの ポケモンマスターに なりたいな ならなくちゃ ゼッタイなってやるーッ!」
当時小学校6年生で、中学生になろうとしている自分には刺さったな~。まず、子供向けアニメで「別れ」から始まる歌は珍しく、現実と理想がしっかり歌われてる点が好印象。サビに関しては、今でもたまに口ずさみたくなるほど、好きですね~。
あと、アニメでは流れないけど、2番の歌詞も何気に深い。
「きのうの敵は きょうの友って 古いコトバが あるけど(古いとはなんじゃ~ッ!)きょうの友は あしたの友だち そうさ永遠に」
って、素敵だよな~、ポケモンらしいし(笑)
ゲームとしても、ここまでのメガコンテンツになるとは思ってなかったでしょうし、アニメとしても、こんな長寿アニメになるとは想定してなかったのでしょうね。
さて、私が思う「国民的アニメ(子供からお年寄り、男性から女性まで、広く国民に愛されるアニメ)」は、「ドラえもん」「アンパンマン」「サザエさん」の3本です。
そこの仲間入りを目指しているのが、「クレヨンしんちゃん」「ちびまる子ちゃん」「名探偵コナン」「忍たま乱太郎」。そして、「ポケットモンスター」です。この「ポケモン」が国民的アニメに入れるかが、本レビューの視点でもあります。
ポケモンのアニメが批判される時、「マンネリ」や「子供だまし」という言葉が使われる印象です。
確かにポケモンは、ワンパターンです。ポケモン探し、ゲットしようとして、ロケット団に邪魔され、結果的にゲットする。たまに、バトルをする。構成としては、「アンパンマン」に一番近い。
でも、「アンパンマン」や「サザエさん」に「マンネリ」という人はいないと思います。
それはつまり、「マンネリ」ではなく、「形式美」に昇格しているから。そう考えると、「ポケモン」が「形式美」と捉えがたいのは、「アンパンマン」という偉大な先輩がいるからかな。あの構図は、「ポケモン」が発明したものじゃないしね。
私が「ポケモン」の良いところだと思っているのは、「主人公に明確な目的がある」こと(OPのところでも触れましたが)。だから、ストーリーが生まれる。これは、「サザエさん」や「アンパンマン」にはない点です。むしろ、「ドラえもん」に近い。
普通なら、48話くらいかけて、「サトシがポケモンマスターになりました。めでたしめでたし」で終わるべきアニメ。それが、新商品が出る度に延命され続けているわけだから、「サトシ、いつになったら成長すんだよ」と言われてしまう(まるで、ジャンプの人気作の末期を見ているよう)。
これは、本来「ドラえもん」も一緒なんだけど、「のび太を成長させ、せわし君を助ける」という本来の目的を、視聴者もドラえもん本人も忘れているから、大丈夫なだけ(笑)
でも、「ポケモン」は、一応シリーズごとに完結させるためにストーリーを進めるので、新シリーズになると、まるで「スゴロクではじめに戻る」を食らった時のような、妙な違和感があるんですよね。
本来、子供向けアニメなんてワンパターンでOK。視聴者は数年で入れ替わるので、その間だけ楽しんでもらい、後は、自分が親世代になった時、我が子にも観せたいと思えれば、それで良い。
なんだけど、ゲームとして高い年齢層にもウケているコンテンツだけに、「アニメ」単独で観たとき、中途半端になっているのかなって思います。
また、「子供だまし」は、子供向けアニメなんだから、本来は当てはまらないものでしょう。「アンパンマン」を「子供だまし」と言わないように。
それはつまり、「ポケモン」には、ある程度の年齢が高い視聴者層がいるということ。だから、「子供だまし」と言われる。一方で、「アンパンマン」は明らかに「幼児~小学校低学年」をターゲットにしているし、「サザエさん」は逆に、大人をターゲットとして観ている。まして、「ポケモン」は、本質的に「販売促進アニメ」。「アニメがグッズを生む」のではなく、「グッズがアニメを生む」構造である以上、消費の主役は子供ではなく、親。どうしたって商売臭がします。それが、国民的アニメになるのを、邪魔している印象です。
以上のことから、「ポケモン」が国民的アニメになるのは、かなり厳しい道かな~とは思います。チャンスがあるとすれば、我々(小さいときにポケモンにハマっていた)世代が、50,60歳になった時、まだ放送が続いている時ですね。期待してます!
{/netabare}