「キャロル&チューズデイ(TVアニメ動画)」

総合得点
75.6
感想・評価
395
棚に入れた
1295
ランキング
794
★★★★☆ 3.7 (395)
物語
3.4
作画
3.8
声優
3.7
音楽
4.0
キャラ
3.6

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ネタバレ

雀犬 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.2
物語 : 1.5 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 1.5 状態:観終わった

宇宙の果てでWe Are The Worldを唄う少女

【大 酷 評】

 2019年春夏。音楽をテーマにした全24話のオリジナルアニメ。

■概要
 火星の都市アルバシティでアルバイトで生計を立てながらキーボードで演奏をしている褐色少女のキャロルと、愛用のアコースティックギターを手に裕福な家庭を飛び出してミュージシャンを目指す金髪の少女チューズディが出会い、デュオを結成。2人がデビューし、後に火星の歴史「奇跡の7分間」と呼ばれる出来事を成し遂げるまでを描く物語。

■歪な世界
 観ていてまず違和感を感じるのは、人類が火星に移住してから約50年後の世界が舞台だというのに全然そうは見えないことだ。火星に居住できるほどの技術躍進があったのにも関わらず、テクノロジーにしても自然にしてもカルチャーにしても現代の地球との差がほとんどない。

 いやはっきり言ってしまうと、このアニメを観ていた人の98%が「ここって本当はアメリカなんじゃないの?」と思ったんじゃないだろうか。人々はスマホを使い、ツイッターやインスタグラムやYoutubeが生活に欠かせないツールとして浸透している。キャロルとチューズディは一昔前のアメリカで放送されていそうなオーディション番組に参加し、デビューした2人が気にするのは「ビルボード」のチャート。なんじゃこの未来感ゼロの世界は。

 本作はSF作品ではないので、テラフォーミングされた火星の世界観を作り込むことは必須ではないよ。宇宙で生活する未来の人々の暮らしを映像化することの大変さも分からなくもない。だけど固有名詞をそのまま使ってしまうのはいかがなもんだろう。首都アルバシティも、もはやニューヨークにしか見えないし。未来が舞台のフィクションであっても、私たちが見る現実と地続きな部分があって、そこに何らかのメッセージが込められているものなのだけど、この作品は今一つ映像センスを感じられないんだよね。

 「キャロル&チューズディ」の放送前の期待値は高かったんだよ。スタッフもキャストも豪華で制作は作画に定評のあるボンズ。火星が舞台、AIが作った音楽を消費するのが当たり前になった世界で、2人の少女が人の手だけで作った音楽を復権させるというストーリー設定も興味深い。しかし蓋を開けてみると、ストーリーも演出も目新しさに欠け、キャラクターにしてもテーマにしても掘り下げが浅く、回を重ねるごとに期待感が薄れていった。

■脚本
 本作はどこの感想サイトをみても、脚本の評判が良ろしくないのだけど最大の欠点は出来事に連関性がなく展開が常に行き当たりばったりなことだろう。

 たとえば、オーディション中にチューズディがストーカー被害に逢うが、順当に怪しい人物が犯人であり、結局は彼は警察の御用となりそのまま退場となる。また2部になって2人のライバルである元モデルの歌手、アンジェラもまたストーカー被害に逢う。今度は彼女のプロデューサーのタオに撃退されて退場となる。ストーリー上脈絡もないストーカー話を2回もやる意味が分からない。後半にライバルのアンジェラを痛めつける展開の連続は観ていていい気分にならないし、脚本としての必然性を感じられなかった。

 こんなふうに各話がバラバラにならないようにアニメ制作にはシリーズ構成というポジションがある。しかし本作は事前でシリーズ構成と発表されていた渡辺あやが放送開始後には完全にクレジットから消えているというハプニングがあった。制作現場で何があったのかは分からない。でもこの出来映えを見ると、脚本における監督といわれる「シリーズ構成」の役割がいかに重要かを痛感する。

 登場人物にあまり魅力がないという感想が目立ったのも、キャラクターの内面には踏み込まず、ほぼデザインから受ける印象だけで性格のあたりをつけて話を作ってしまったからじゃないだろうか。チューズディは世間知らずのお嬢様で、キャロルはアクティブでサバサバした女の子、という最初の印象から全然前に進まなかった。

 そんなわけでストーリーにあまり魅力を感じられないのだけど、なんと本作は音楽という題材とは別に壮大なテーマを掲げている。第1部は「人とAIの共生」で、AIが進化し人間の労働を代替してくれるようになったとき、人間に残される領域は何なのか、というテーマで話を進めていたはずなのだが、大した深入りもないまま話数は進み、第2部ではほとんどなかったことにされていた。

 結局、キャロチューの作る曲は懐かしさを感じるオーソドックスなポップスで、他のアーティストが歌うのは現代的な曲、という時代・ジャンルの違いに置き換えられていたように感じる。AIに頼らない曲の良さとやらが、懐古趣味に回収されていく展開ははっきりいって興醒めだった。ただ洋楽を聴くのであればアルバムを借りて聞く方が効率的ではないか。このアニメの面白さは、AIが作った曲と人間が作った曲の対決を映像で見せてくれることだと思っていたんだけどな。

■グローバリズム
 さて、ここからが本題だ。後半になって地球からの移民問題なるものが浮上してきて、結局キャロチューのテーマはグローバリズムということになるんだけど、このテーマの扱いが実にひどい。

 現在、世界では反グローバリズムの風が吹いている。その象徴がアメリカのトランプ大統領であり、彼は自国第一主義を主張し、関税引き上げ、移民排斥などの政策を強行している。トランプ大統領はリベラル派から厳しく批判されているが、そもそもトランプを大統領に選んだのは他ならぬ米国民である。なぜトランプ政権は誕生したのか。それはグローバリズムによって貧富の差が拡大し、大衆の間でグローバリズムやリベラリズムへの反感が高まったからだ。

 初の黒人大統領オバマはリベラリズムを体現するシンボルだった。特に2期目ではリベラル色をより強く打ち出して国際協調に尽くし、アメリカのグローバリズムはピークに到達した。今や世界を支配する巨大企業Apple、Amazon、Googleは、それぞれシリア移民、キューバ移民、ロシア移民が創業したもので、アメリカ建国以来支えてきた、アングロサクソン系の白人エリート層によるものではない。Google、Microsoftの現在のCEOもインド系の移民だ。今のアメリカの繁栄を支えているのは優秀な移民の力に依る所が大きい。

 しかしその陰で現在アメリカは上位1%の富裕層が国民所得の約1/4を得ているという格差社会になっている。中間層は没落し、失業率は上昇。白人の自殺者、アルコール依存症、ドラッグ中毒者の数も増え続けている。

 グローバリズムで経済的な境界を取り払った結果、製造業は賃金の安い海外に生産拠点を移し、ブルーカラーの労働者は職を失っていった。そしてGAFAに代表されるグローバル新興企業が求めるのは高スキルの精鋭だけで、従来の産業のような大規模の雇用を生み出さないという問題がある。

 EUもグローバリズムの理念から生まれたものだが、結局はドイツの一人勝ちで他国は貿易赤字に苦しむという結果になっている。グローバリズムやネオリベラリズムはその理念とは裏腹に、かえって貧富の差を拡大し、弱肉強食の世界を作り上げたというのが今の実情であり、反グローバリズムは貧困に喘ぐ弱者たちの異議申し立てだといえる。
 
 弱者のための理念に見えるリベラリズムや多文化主義も実際に恩恵を受けるのはエスタブリッシュメント層だけで、没落した白人貧民層にとっては逆風でしかなく、急速に大衆の支持を失っている。その結果がトランプ大統領の当選であり、イギリスのEU離脱というのが一般的な見解だろう。

 かつてアメリカのトップミュージシャンたちはUSA For Africaという音楽ユニットを結成して「We are the world」を歌い、アフリカの飢餓救済を訴えた。これは富裕層の人間に富の再分配を求めるという構図であったため、人々の共感を得た。しかし現在の移民問題やポピュリズムの台頭においては、没落した中間層に自制を促すという構図になる。生活に困窮する人々に音楽で寛容さを訴えかけても、「We are the world」のように人々の心を動かすことは難しいのではないかと思う。

 とはいえ、本作は政治スピーチではなくアニメ作品だから、大いに理想を語ればいいし、綺麗事を並べ立てたって構わないだろう。本作のラストのように、みんなで仲良く歌って終わりでも問題ないし最後の曲のコンセプトが「Mother」というのも良かった。

 ただ問題は、最後の「奇跡の7分間」に至るまでのストーリーがとことん薄っぺらいことなんだよ。このアニメを観ても、火星で起きている移民問題の背景が全く分からないんだよね。なぜ地球の人たちは火星へとやってくるのか?火星の人々はなぜ地球からの移民を拒絶するのか?本作は当事者である火星の大衆の描写が全然ないし、問題の本質が全然掴めない。結局火星という舞台設定も、「現実の問題を描けていない」という批判から逃れるためのエクスキューズだったように思えてならない。そんなわけでジャーナリストが何を語ってもミュージシャンが何を歌っても今一つ響いてこなかった。

 本作はキャロルとチューズディの成長感に乏しいという意見もよく見る。ただそれには反論もあって、別にストーリーに努力や成長が必須というわけではないし、キャロルとチューズディが天賦の才で感動的な音楽を作り上げていくサクセスストーリーでもいいだろう。

 しかし、政治家の母を拒絶し、大統領候補の娘という素性を隠して活動していたチューズディが、社会にコミットし、文化人として人々にメッセージを発信したいと思うに至るまでの心の変化。この成長は丁寧に描くべきだったのではないだろうか。

 世間知らずのお嬢様が、生活のために社会の一員として働くことで社会と繋がり、デビューしてからは表舞台で活躍し、音楽活動を通して多くの人々と出会い成長し、アーティストとしての自覚を持つ。音楽が好きだという純粋な気持ちで、自分のために歌っていた少女が、誰かの声を代弁するために歌おうと、内向きから外向きへ心境の変化が起こり、多くの人々を巻き込んで、自分の信念を政治家の母とは別の形で、声に乗せて人々に訴えかける。そこに至るまでの過程がちっともドラマチックじゃなかった。振りかえっても毎週毎週、ドタバタコメディと誰得なアンジェラの不幸話やっていただけじゃないか。

 大統領選挙問題もヴァレリーをそそのかして大衆を扇動し、マッチポンプでテロ事件を起こす一方的な悪役を用意し、彼を排除してハイ解決という安直さ。グローバリズムの崩壊は、そんな単純な問題なのか?最終話で「Mother」を歌っているのに母親とチューズディは対面することなく、ヴァレリーはお茶の間で中継を観ているだけという光景は悪い冗談みたいだった。この後に火星で起きたという奇跡も、視聴者の想像にお任せするという逃げのスタイルでがっかりさせられた。

 憶測だけど、当初は制作スタッフはグローバリズムなんて難しいテーマに手を出す気はなかったけど、Netflixに要求されたので渋々盛り込んだのではないかと思う。でもそれならそれで、脚本家は真剣にこのテーマに向き合うべきだったのではないのだろうか。日本人はグローバリゼーションなんて興味がなくて、移民問題も所詮は対岸の火事でしかないと思っているのがバレバレなんだよね。

 渡辺監督の「残響のテロル」はテロリズムをテーマにした攻めた作風だったのに、本作は世界の共通課題といえるグローバリズムの後退をファッション的に消費する浅はかな作品になってしまったのが残念でならない。この問題に答えなどない。だからリベラリズムでもナショナリズムでも構わないから、作り手の信念を感じるさせるものが僕は観たかった。

投稿 : 2019/12/29
閲覧 : 424
サンキュー:

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