キャポックちゃん さんの感想・評価
3.3
物語 : 3.5
作画 : 3.5
声優 : 3.0
音楽 : 3.0
キャラ : 3.5
状態:観終わった
社会性を取り入れた重厚な脚本だが…
【総合評価:☆☆☆】
原作漫画『どろろ』は、手塚治虫が1967年から週刊少年サンデーに連載を開始した作品。1年ほどで連載を中断、テレビアニメ(1969年版)の放送に合わせていったんは再開したものの、実質的に未完のまま放棄された。他の手塚漫画に比べて陰惨でおどろおどろしく、人気作とは言い難いが、私にとっては、『鳥人大系』『地球を呑む』『奇子』『MW』などとともに好きな作品である。
前回から半世紀を経て再度アニメ化された『どろろ』は、シリーズ構成の小林靖子が大幅にストーリーを作り替えており、原作漫画とも69年版アニメや07年の実写映画とも味わいが異なる。特に、主人公・百鬼丸関連の人物(実の両親と育ての親、弟の多宝丸とその従者)は、それぞれ原作にない複雑なサイドストーリーが用意されており、重厚な人間ドラマを作り得る顔ぶれとなっている。手足が無残に切り落とされたり、死体にカラスが群がるようなおぞましい描写は、21世紀の(子供向けでない)アニメならではと言って良い。
ただし、作品として優れているかと聞かれると、首をかしげてしまう。原作漫画では、一コマの画に人間心理が凝縮され、何度も胸を衝かれる思いをした。一方、今回のアニメは、社会性を取り入れたストーリーが過度に重く、監督の古橋一浩が背景描写だけで手一杯となったせいか、なかなか感動が得られない。例えば、前半のハイライトである未央のエピソード(第5-6話「守子唄の巻」)では、原作よりもはるかに悲惨な境遇を設定したため、そのリアルな描写に力を入れるあまり原作が持っていた象徴性が失われ、かえって未央の内面をわかりにくくしてしまった。マイマイオンバが登場するエピソードの場合、原作では妖怪を妻にしてしまった男(鯖目)の虚脱感が画面から滲み出ていたのに対して、アニメ第14-15話になると、鯖目が務める領主としての責務に目が向けられる一方、マイマイオンバは単なる蛾の化け物に成り下がり、両者の関係性が深掘りされない。全般に、妖怪の描写は表面的に派手すぎ、人間の描写は社会性が前面に押し出されすぎて、両者の関わりが生み出すドラマがおざなりにされている。
【手塚治虫について】
思うに、手塚は、近現代日本屈指のストーリーテラーだろう。エドガー・アラン・ポーの奇想とスティーヴンソンの冒険心、それにモーパッサンのシニシズムを併せ持ち、時にO.ヘンリーのように暖かく、時にアンブローズ・ビアスのように辛辣。一部を読んだだけだと、パクリも目立ち「それほどの作家?」と思えるかもしれないが、何といっても著作数が膨大。週刊連載を何本も抱えるという、現在からするとあり得ない状況の中、次々と高水準の作品を発表した。ストーリーが面白いので、2度目3度目であっても夢中になって読み耽ってしまう。それだけに、映像化の意欲を刺激されるらしく、アニメや実写ドラマになった作品は多い。手塚自身、虫プロを立ち上げて、『鉄腕アトム』などのアニメを制作した。だが、そこに陥穽がある。
ストーリーテラーと書いたが、手塚は、文章ではなく、ダイナミックに視点を変える画と短く刺激的な台詞やオノマトペを駆使して、キャラの内面まで深く描き込んだ。そこに生じる流れは、映像が従う物理的な時間とは異質である。そのせいで、ストーリーの面白さに惚れ込んで映像化しただけでは、手塚漫画が持つ迫力の大半が失われてしまう。本人は、実際に描かれた以上のものを画面から感じ取れるからか、アニメ制作に(他者からすると才能の無駄遣いと思えるほどの)情熱を注いだが、虫プロ制作のアニメを含めて、映像化作品で手塚の原作に匹敵するものはほとんど見当たらない(『リボンの騎士』はアニメも面白いが)。