えりりん908 さんの感想・評価
4.0
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
「マスキング」という呪い
本来は、殺戮者と暗殺部隊の攻防というシンプルなストーリーなのに、
会話劇の難しさや、演出がたくみに視聴者を錯綜した雰囲気に誘導するので、
壮大で悲惨な感覚に飲み込まれたような視聴感に、苛まれました。
この感じって、観た人にはわかって貰えると思いますが、
作品鑑賞後に、言いたいことは山ほどある筈なのに、
上手く考えがまとまらなくて、
この作品を観てしまった自分も、何か不可解な生得的文法に支配されているのかも知れないと、
うそ寒い気分にさせられる不思議な作品です。
近未来を舞台に、戦闘に特化した小道具類の、
ひとつひとつがSFチックで面白いです。
攻殻機動隊でおなじみの光学迷彩も出て来ますが、
そういう近未来的ガジェットが満載です。
敵兵のIDチップを強奪して偽装する手段の見せ方とその手際のよさとか、
肉眼に可視情報が映るモニターを目薬に搭載させて、
多分友軍やアメリカ本国の指令本部までモニター出来るようにしているとか、
作戦実施のとき高空から落下していき、地上に近づくと自動的に分解してミサイルや多弾頭弾を連射するポッド(棺桶)とか、
あるいは潜伏捜査の際に、味方に移動位置を知らせるチルチルミチルの小石みたいな機能の液体とか、
訪問先の空気を鼻で吸収して、鼻に仕込んだ吸着装置で成分分析するとか、
そういうのがいっぱい出て来て、SFを好きならすごく楽しいことになっています。
でも、この作品でいちばん重要なツールは、
痛みや、精神状態の過度な興奮や、仕事で行う殺戮への罪悪感を抑える「マスキング」だと思いました。
この小道具があるおかげで、アメリカの特殊部隊員たちは、
あくまでも仕事として、
虐殺を繰り返す他国の指導者を暗殺します。
ターゲットである「虐殺の王」とつながりのあるらしい民間人組織を急襲して虐殺します。
少年兵を使役している内乱軍を、少年兵を使役しているから反人道的軍隊と認定して、
内乱軍の中に侵攻して、その少年兵たちを片っ端から惨殺します。
人道の罪をかぶせておいて、反人道的としか見えない虐殺を繰り返し続ける正義の軍隊。
「虐殺器官」という言葉の意味が、「虐殺の王=ジョン・ポール」に由来していながら、
「アメリカ軍=世界平和の番人自体」を指していることに、否応もなく気づかせられます。
虐殺の凄惨さを訴求するために、必要な表現だと納得できますが、
敵味方問わず、殺されてゆく人の死に様が残酷で悲惨です。
原作者の伊藤計劃さんが訴えたかった筈のことは、
9.11のあとにアメリカ軍が他国に仕掛けた、
ゲームの画面のような空爆録画を
漫然と眺めている私たちにだって、
ちょっと考えれば爆撃画面の外には
被害を受けて怪我したり死んだりする生身の人間がいるということ。
飢餓に苦しみ死んで行く人たちを抱えた国がある一方で、
ピザやハンバーガーを食べ散らかし、捨てているのが自分たちだということ。
そこに、ガジェットは存在しないけど、
私たちは既に、
見たくないものは見ないで生きていく方法を、生得的に身につけているということ。
マスキングされて、悲惨で残酷な現実から隔絶されて生きている自分の生き様を突かれて、
何の解決も考えられなくて、暗澹とした感覚が強く残る。
そんな、後味の悪い、でも考え続けなくてはいけないことがあると
思わせられた重い作品でした。