「劇場版 響け!ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~(アニメ映画)」

総合得点
87.5
感想・評価
423
棚に入れた
1952
ランキング
150
★★★★★ 4.3 (423)
物語
4.1
作画
4.5
声優
4.3
音楽
4.4
キャラ
4.3

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ネタバレ

雀犬 さんの感想・評価

★★★★★ 4.4
物語 : 3.5 作画 : 4.5 声優 : 4.5 音楽 : 4.5 キャラ : 5.0 状態:観終わった

頑張ることに意味はある

※完全ネタバレレビュー

 ユーフォニアムシリーズの良さとして作画や音楽を挙げる人が多いが、僕は「思春期女子の面倒くささ」を見事に捉えているところに一番魅力を感じる。「劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~」は面倒くささあふれる新入部員、久石奏(ひさいしかなで)と久美子の物語である。このレビューでは奏の視点でストーリーを振り返りつつ、本作のテーマを掘り下げてみる。

 本作の準主人公、新1年生の奏は西中学校の出身で、担当楽器は主人公と同じユーフォニアム。中学時代、先輩を押し退けてコンクールのメンバーになったが結果は伴わず銀賞。別に彼女に非はなくとも、上級生たちは「だったら三年生が代表で良かったんじゃないの?」という思考に流れ、部は険悪な雰囲気になる。それでもめげずに彼女は吹部を続け、吹奏楽コンクール全国大会まで足を運び、そこで「あの」北宇治高校の演奏を聴いて、志望校を決める・・・というのが彼女のエピソードである。

 新学期が始まり、奏は早速、吹部を偵察に訪れる。部室にいたのは我らが主人公、久美子である。あすか先輩との思い出の曲を弾いていた久美子に奏は人懐っこい笑顔を作って話しかける。手応えを感じた奏は入部表明はひとまず置いて、退散する。おそらく奏には久美子が確かな演奏技術と音楽愛、面倒見の良さが備わった、理想的な先輩のように感じたのだろう。計算高い奏はまずは久美子に取り入ろうと企む。先手を取ることは兵法の基本だ。

 高校生になるということは一番上の先輩から一番下の後輩に戻るということである。先輩との関係に失敗した中学時代の苦い経験は忘れられない。充実した部活ライフのため、もう同じ轍を踏むわけにはいかない。楽器が上手くなることも大事だが、まずは先輩に可愛がられる後輩にならなくてはならない。それが奏が学んだ、上下関係が体育会系並みに厳しい吹奏楽部での処世術なのである。

 さて、全国金賞という昨年度の躍進と、全国のJCをメロメロにさせた滝先生のイケメンパワーで北宇治高校吹奏楽部には例年にない数の入部希望者が集まる。しかし低音パートが不人気なのはお約束なのか。奏を除くメンバーは、演奏能力に難があるか、コミュニケーション力に難があるかのどちらか。「こりゃ楽勝だな」と内心で思ったのかどうかは知らないが、部内でのポジショニング作りを着々と進める奏はライバル不在の状況を歓迎しただろう。しかし1年生の相談役に任命された久美子は皆の面倒を見なければいけないのだから頭が痛い。そりゃ「めんどくさいなー1年生」と嘆くわけだ。

 奏は目論見通り先輩たちから「しっかりしている、いい後輩」との評価をGETし、1年生の間でも中心的な存在となる。縦にも横にも隙のない盤石の構え。あざとい。何なんだこの悪魔のようにあざと可愛い新キャラは。目下の懸念であった新しい環境での人間関係作りは彼女の計画通りに進んだように見える。・・・が、思うようにうまく行かないのが人間関係。大いなる落とし穴が待っていたのである。

 前置きが長くなったがこの辺から内容に踏み込んでいく。奏は同じユーフォ奏者の久美子を慕っている。ところが、先輩方が気に掛ける後輩は、コミュ力が低く、輪のなかにうまく入れないでいる美玲や求なのである。音楽に対して真摯で、先輩にも礼儀正しく、良い後輩を演じている奏は、皮肉なことに先輩たちからすると手がかからない後輩なので構ってもらえない。奏の計算は狂い、プランは修正を余儀なくされる。でも奏は実はそれほど器用な人間ではなく、積もる不満を次第に隠せずにはいられなくなる。低音パートの同級生には言葉にはあからさまに毒気が混じり、先輩への態度は慇懃無礼。先輩から好かれる後輩を目指したはずが、一番面倒な後輩に成り果ててしまうのであった。

 人間観察に優れたサファイアから「甘え方をよく知ってる飼い猫みたいな感じ」と形容された彼女も、もはや毛を逆立てた猫。1年生に当たったところで久美子が庇うとなれば、その矛先はポニテ先輩こと夏紀に向けられる。皆さん知っての通り夏紀は2年のとき吹奏楽コンクール京都大会メンバーのイスを後輩の久美子と争い、オーディションに敗れたようにあまり演奏技術は高くない。1年生の奏と比べても分が悪い。その夏紀にヘイトの溜まった奏は噛みつく。3年生の先輩なのに上手くないですね、と。奏は努力しても評価してもらえない自分の苛立ちを、努力しても上手くならない夏紀に転嫁しているのである。

 ついには、奏はコンクールに向けたオーディションでわざと下手に演奏するという行動に出る。異変に気付いた夏紀によってオーディションは中断され、雨の中、久美子が奏を説得することで一応の解決をする。この時、奏に一番刺さったのは「頑張っているよ」という言葉だった事が印象深い。つまり、奏は自分の努力を認めて欲しかったということであり、中学生の時に何が一番辛かったって、自分の努力を否定されてしまったってことなのだろう。奏は以前に「努力している人」と「マイペースだけど結果を出す人」のどちらが偉いのか?どちらが好きなのか?と久美子に意地悪な質問をした。この質問の真意は、実はどっちだってよくて、努力をしているし結果も出している自分を一番可愛がって欲しいということだったんだ。

 中学生時代の失敗を繰り返すまいと、奏は先輩の前でも同級生の前でも表情から仕草まで、意識して「いい子」を演じてきた。でもその全てが偽りだったわけではない。奏は久美子の前でも芝居がかかった言動を繰り返していたけれど、入部前の「あ、この先輩いいな」っていう直感に始まり、入部してからも唯一心を開ける先輩としての位置は変わらない。奏の久美子を慕う気持ちは本心だったんだ。だから誰よりも久美子に自分を肯定して欲しかったし、コミュ力が低く侮蔑の対象のである美玲や求を久美子が気遣うだけでも嫉妬してしまった。彼女の目には同級生たちは演奏にしても人付き合いにしても努力を怠っているように映ったのかもしれない。

 このエピソードからは一種の組織論やリーダー論を読み取ることもできる。後輩に能力の高い者と低い者がいるとする。低い者を重点的にフォローするのは先輩として正しい判断であるけれど、能力の高い者からすると不公平にも見えるわけだ。奏が自暴自棄になるまで問題を解決できなかった久美子や夏紀の失策だという見方もあれば、奏の「いい子を演じる」という処世術の限界で、キャラを演じるということは本心を他人に分かってもらえないというリスクがある、という見方もあるだろう。いずれにしても、簡単に答えの出ない難しい問題である。

 さて、本題はむしろここからである。ユーフォのオーディションは久美子・夏紀・奏の3人が合格するという形で一応収束する。しかし宙吊りになっている問題がある。「頑張ることに本当に意味はあるんですか?」という問いだ。無論これは「響け!ユーフォニアム」という作品がこれまで掲げてきたテーマである。久美子は雨の中、「私は頑張れば何かがあるって信じてる」と答えたが、結果が欲しかった奏は納得したわけではない。考えてみれば、奏の部内での立ち回りも、あざとい・小賢しいといった批判はあるだろうけど彼女なりに考えて、頑張った結果なのは間違いない。つまりこれも報われなかった努力だといえる。

 最後のネタバレまでしてしまおう。北宇治高校は関西大会でダメ金。全国大会に進むことができず、前年度より悪い結果になる。部員の力は底上げされたのにも関わらず、だ。普門館での金賞を目標に練習を重ねたメンバーは落胆を隠せない。帰りのバスで奏は悔しさの余りに泣き出し、「頑張るってなんですか?」と繰り返す。久美子はやはり上手く答えられない。人によっては尻切れトンボな終わり方に感じるかもしれない。でも僕は、頑張ることの意味、その答えを彼女の涙をもって語り終えていると思った。

 評価的なことをこのタイミングで言ってしまうと、「誓いのフィナーレ」は一本の映画としての完成度は低いと思う。「リズと青い鳥」の視聴はほぼ必須だし、断片的な話が多くてダイジェスト感がすごくある。「百合豚死亡」なんて煽られたわりには秀一との恋愛描写は控え目で、凍結という形の区切り方にも不満が残る。スマホ動画風の演出は何か意味があるのかなと思わせておきながら特にストーリー上の伏線ではなく疑問だったし、最後の演奏シーンもカメラをぐるぐる回しすぎでちょっと作画自慢に陥ってるように感じた。でも最後の奏の涙を見た時に、やっぱりユーフォはいいなぁと思ったんだ。

 関西大会の本番前。久美子が奏に、親友の麗奈が中学の同級生で中学最後コンクールのとき周りは金賞で大喜びしているのに一人「悔しくて死にそう」と大泣きしてたんだ、という昔話をする。TVアニメでも原作でも最初にある中学校のエピソードと今回のラストシーンは明らかに重なっている。奏は久美子に私と先輩って似た者同士ですよね、と会話を交わしたことがあった。でもそれは違う。なぜなら奏の「周りの顔色を伺いながら調子を合わせる世渡り上手だけど、時々本音が漏れてしまうキャラ」は演じている姿であって、本当の自分ではない。
 
 麗奈の言葉を借りよう。奏の「いい子ちゃんの皮をぺりぺりってはがした」時、彼女はどう考えたって久美子ではなく麗奈に似たタイプの子なんだよな。サイ〇リヤでミ〇ノ風ドリアを注文する場面を思い出そう。金管楽器の奏者は口に火傷をしてはいけないのに、好きな物を熱いうちに食べることを優先する、それが彼女の性分なのだ。本当の奏は器用に立ち回れるキャラではなく、ましてや久美子のように人との関係性の中で強みを発揮するタイプではない。麗奈のようにストイックで、求道者タイプの人間。自分の決めた道を真っすぐに進めるところが彼女の本当の強みなんだと思う。それはたとえ音楽の道に進まなかったとしても役立つ、大きな才能だ。
 
 雨の中、「頑張った先に何があるっていうんですか」と詰め寄られて久美子は「演奏がうまくなりたいんだ」と答えた。この言葉の本質は「もっと魅力的な自分になりたい」ということなんだ。今まで気づかなかった強い自分を見つけること。それがユーフォの掲げる「頑張ることの意味」ではないだろうか。

 久美子の長所は、どんな意固地な人の心も開かせて、人の輪の中に溶け込ませる不思議な力を持っていることだ。彼女の特性はあすか先輩が「ユーフォっぽい子」と言い当てたように、癖のある楽器の音をまとめて調和の取れた音を作り出す、低音楽器の役割そのものだといえる。久美子の長所は真似しようとキャラを演じたって決して手にできない素晴らしい才能なのだけど、中学生のときの周りにあわせて事なかれ主義で乗り切るという姿勢では蕾のまま花開くことがなかっただろう。

 彼女は北宇治吹奏楽部で1年間本気で頑張ることで開花させた力で、信頼できる先輩という新しい自分を確立していく。「誓いのフィナーレ」は「頑張る意味は、ある」と熱く言ってくれた作品だと思う。是非3年生編もアニメ化して欲しい。

投稿 : 2019/05/08
閲覧 : 431
サンキュー:

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