キャポックちゃん さんの感想・評価
4.5
物語 : 5.0
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
文明論的な骨太の構成と内面を深くえぐる心理描写
【総合評価☆☆☆☆】
毎週、固唾を飲んで見続けた作品。元になるのは、同人サークル「irodori」が2010~12年に制作した計30分ほどのOVAらしいが、未見。本作は、OVAの設定を受け継ぎながら大幅にグレードアップしたようで、2019年冬アニメのベストというにとどまらず、たつき監督の前作『けものフレンズ』とともに、ここ2~3年で最高のテレビアニメと評価したい。
荒廃した世界を、主人公(出自のはっきりしないヒトらしき少年と、ヒトの姿をした謎の姉妹たち)が旅する物語。都市文明が崩壊したことを窺わせる廃墟には、巨大な樹の根が伸びる。至る所にアカギリと呼ばれる赤い瘴気が漂い、人工物を思わせる昆虫が襲いかかる。どうやら、姉妹たちに必要な大量の水が得られる土地を探索しているようだが、世界の状況はよくわからず、ゴールも曖昧である。こうした不分明な探索行は、タルコフスキー『ストーカー』、カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』など、文明論的な作品でしばしば取り上げられてきた。
舞台設定は、60年代のイギリスで流行したニューウェーブSF、中でもオールディスの『地球の長い午後』を連想させる。この小説では、人類が衰退し、植物の支配する世界が描かれた。生き残った人間は、知性の乏しい矮小な生き物に退化し、巨大な虫(実は虫に擬態した植物)から逃げ回るばかり。太く長い根を振り回して攻撃したり、脚のように動かして這い回ったりする植物の姿は、本アニメと共通する。
もっとも、さらに遡及するならば、巨大な植物に文明が蝕まれる光景は、近代ヨーロッパの知識人が共有した終末幻想である。ボロブドゥールやチチェン・イッツァの遺跡は、密林に飲み込まれた状態で、19世紀前半の探検隊に発見された(現在でも、カンボジアに残されたアンコール朝の遺跡では、堅牢な建築物をガジュマルの根が崩壊させつつある光景が見られる)。微生物に関する知識の乏しい当時の隊員は、自分たちを苦しめる熱帯特有の風土病が、湿った土壌から発散される瘴気によるものと思い込み、自然の脅威が文明崩壊をもたらしたと信じる。帰還した隊員によって執筆された絵入りの探検記は、かなり高価だったにもかかわらず、ベストセラーになったという。
世界がいつか巨大な植物に支配されるという終末幻想は、こうしてヨーロッパを席巻し、日本にわたって『風の谷のナウシカ』や本作のベースとなる。
『ケムリクサ』の特徴は、世界が荒廃した原因をなかなか明らかにしない一方で、至る所に文明のレガシーをリアルに描き込んだところにある。SFやファンタジーで「真相」を具体的に説明してしまうと、理に落ちた底の浅い作品となりやすい。これに対して、本作では、(第11話で一応の説明はするものの)多くの謎が解明されずに残される。このように、全体的な状況が把握できないもどかしさの中で、細部が異様なリアリティを持って迫ってくると、想像力が刺激され作品世界にのめり込める。
リアルな描写としては、部品類の散乱するガランとした車両工場(第5話)、シャッターに「本日は終了」の文字が残る地下鉄構内(第6話)、お品書きとおぼしき札のある登山客向け休憩所のような小屋(第9話)などが見事である。中でも鮮烈なのが、{netabare}第3話に登場するスペースワールドの廃墟。
スペースワールドは、1990年、八幡製鉄所の遊休地に開業した遊園地で、スペースシャトルの実物大模型など宇宙がらみのアトラクションが用意されたものの、バブル崩壊で入園者が伸び悩んで2018年に閉園、見物人が見守る前でシャトルも取り壊された。『ケムリクサ』では、観覧車やジェットコースターなども閉園前の姿で描かれており、おそらく、「虚栄の文明」を象徴する光景として、たつき監督が選んだのだろう。{/netabare}
世界を支配する植物と文明のレガシーを合体させた印象的なガジェットが、外に伸びたミドリちゃんの根によって動かされる市電の車両。半分壊れた車体は質感まで伝わるほど丁寧に描かれ、動物のように体を揺さぶりながらノッシノッシと移動する様は、それだけでゾクゾクするほど刺激的だ。
りつ、りん、りなという姉妹のキャラも素晴らしい。昨今のアニメには、類型的なキャラ設定(「大人びた口調で喋る幼女」のような)が施され、どんなシチュエーションでも設定されたキャラ通りの応答しかしない、内面の貧相な登場人物が目立つ。しかし、『ケムリクサ』の姉妹たちは、いずれも人間味豊かに描写されており、共感させられる。
中でもお姉さん格のりつは、巫女服をまとい、猫耳を生やして語尾に「にゃ」を付けるという“いかにも”な姿でありながら、言動の端々に思いやりにあふれた心根が感じ取れる。病弱なのにしっかり者で、第5話では、急にポロポロと涙を流したり頬を染めたりと、妙に色っぽく愛おしい。見ながら、何度も涙ぐんでしまった。第10話Aパート中頃、{netabare}市電の窓越しにりなと何事か囁き交わしているが、これは続くシーンで水を飲まないという選択をする伏線となる。{/netabare}アニメーターが、単にストーリーを追っているだけではなく、キャラの心情を画に込めて描いていることがわかる。
同じ顔をした4人のりなも可愛い。予算が乏しかったせいか、作画に安価なCGを利用しているにもかかわらず、内面を表すポーズがしっかりと決まるので、金をかけた大作よりも心理描写に力がある。
本作には、原作・シリーズ構成・脚本・監督・美術デザインを担当したたつきの作家性が明確に現れる。たつき作品では、ヤオヨロズ制作の本作と『けものフレンズ』のほか、irodori制作の短編『傾福さん』を見ているが、いずれも、文明論的な骨太の構成と内面を深くえぐる心理描写に特徴があり、日々垂れ流しにされる凡百のテレビアニメを遥かに凌駕する。プロデューサーたちも、金に目をくらませていないで、こうした抜群の才能を持つ逸材を起用し、低迷気味の日本アニメを再興させてほしい。