キャポックちゃん さんの感想・評価
4.1
物語 : 4.5
作画 : 3.5
声優 : 3.5
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
工業化社会の陰で
『世界名作劇場』という子供向けの枠で放送された作品でありながら、ヨーロッパ史の負の部分に目を向け、大人をも感動させる力を持った秀作である。
19世紀後半になっても、植民地を持たない中央ヨーロッパの国々は貧しかった。特に、観光と精密工業で豊かになる前のスイスは、鉄道もほとんど通っておらず、痩せた土地で人々が互いに支え合って生きる寒村の国だった。つましいながらも明るく暮らしていたロミオは、冷害と山火事、父親の病気といった不運が重なって家庭が困窮したため、スイスを出てイタリア・ミラノで煙突掃除人として働くことになる(これは、年季奉公といった生やさしいものではなく、実質的な口減らしである)。物語は、ロミオがミラノで出会う人々を巡って展開される。
19世紀に需要が急増した煙突掃除の仕事は、細い煙突に潜り込んで煤を取り除かなければならないため、体の小さな少年に任されたが、さまざまな危険が伴う。転落事故だけではない。石炭の煤は発ガン性・細胞傷害性のある有害物質を多く含み、また、角が尖っているせいで角膜・肺胞を傷つけるため、病気に罹り早死にする若者が続出した(アニメでも言及される)。ちなみに、発ガン物質が発見されるきっかけとなったのは、煙突掃除をしていた青少年に若年層には珍しいタイプのガンが多発したことで、日本の医学者・山極勝三郎は、このとき発ガン性が認められたコールタールをウサギの耳に塗擦し続け、1915年に世界で初めて人工的なガン発生に成功した。
貧しい農村で少年を集める人身売買も、実際に行われていた。作中、人買いの船が転覆して十数人の少年が溺死するエピソードが描かれるが、当時の記録に残る実話である。過酷な労働が嫌になっても、遠くスイスから働きに来た少年たちは、高級品である革靴は買えず、100キロを超える山道を歩いて帰ることもままならない(馬車に乗る金などあろうはずがない)。体が大きくなると、人買いが新たに連れてくる小さな子供と入れ替わって、職を失う。故郷に戻れる一部の幸運な者以外は、アニメに登場する狼団のような愚連隊に加入して犯罪を重ね、最後は野垂れ死にするのが関の山である。19世紀末に児童福祉のための法令が整備されるまで、多くの少年が過酷な労働に苦しめられた。
原作となったのは、リザ・テツナーの児童文学『黒い兄弟』(あすなろ書房)。もっとも、団結の重要性を説く教条的な原作小説よりも、アニメの方が物語として遥かに面白い。脚本の島田満が、周辺人物の人間性を深く描き込み、ストーリーに起伏を付けたおかげである。
原作とアニメで最も異なるのは、副主人公であるアルフレドの人物像。原作のアルフレドは、賢くリーダーシップはあるものの、普通の少年で登場シーンも少ない。一方、アニメのアルフレドは、社会の現状を俯瞰的に見つめる聡明さを持ち、高潔とも言える人柄を示す。終盤のクライマックス(第27-30話)は、アルフレドを中心に展開される。特に好きなエピソードは「ライバルはアルフレド!」(第16話)で、カセラ教授の自宅を訪れたとき、「シェークスピア、ゲーテ…」と呟きながらうっとりした眼差しで棚に並ぶ書物を見つめ、ヴォルテールを開いて嬉しそうに微笑むアルフレドの姿が愛しい。
大人がこの作品を鑑賞する際には、子供向けという制約のために充分に説明されなかった社会背景に目を向けるように。特に、最終回で誰がなぜ馬車を用立てたのか、察してほしい。子供たちが貧困を脱するには、社会的地位のある大人の理解と協力が欠かせないのだ。