ossan_2014 さんの感想・評価
3.9
物語 : 4.0
作画 : 3.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
ウソの愉しさ
これがオープニング詐欺というものか。
なんだ、あの爽やかな歌と、服を着たキャラクター達は。
冒頭の「注意書き」を含めて、ウソで始まるアニメとはいかがなものだろうか(笑)
初めてダイビングをしたのは社会人になってからだが、もしも学生時代から始めていたら、多少は本作に近い雰囲気の学生生活だったのだろうか。
試しに、海のそばの男子ばかりの大学に進学して下宿生活を送り、そこでダイビングもしていた経験のある友人(柔道三段、ガチムチ)に原作マンガを読ませてみたところ、感想は「超リアル!」だった。
………そうか、リアルに「これ」かあ。
あの頃に始めていなくて正解だったかもしれない。
初めてレギュレーターを使った主人公が、頭上まで水中に沈みながら呼吸をしていられることに感激する描写があったが、初めて潜った時にまったく同じことを感じた。
『あまんちゅ!』でも同じような描写があったが、してみると、これはダイバー共通の原体験なのかもしれない。
こうした「初めて出会うもの」に対する感動が伏流しているために、おバカな学生の馬鹿騒ぎを「作品」として成立させることができるのだろう。
現実では、たとえば電車内などで、頭の悪そうな学生が下品に騒いでいるところを目撃しても、「面白い」と感じる人はいない。眉をひそめるのが精々だろう。
「愚昧」とか「下劣」といったものは、普通は不快感を喚起することはあっても、肯定的な感情を生み出すことはない。
馬鹿げたものを「笑える」と言いたがる人は、大抵の場合「嘲笑できる」=見下せるという矮小なマウンティングの自己満足を感じているに過ぎないようだ。
そうした要素を、嘲笑ではない「笑い」、あるいは「面白い」と見せるのは、製作者が上述の「感動」のように、「現実」からズラす為の「ウソ」を巧妙に混ぜ込んでいるからだ。
いや、ウソという人聞きの悪い言い方をしなくとも、普通は「語り」上の「技」や「テクニック」と呼ばれる。あるいは表現力と言ってもいい。
愚劣な馬鹿騒ぎが面白く見えていることは、面白く見えていることそれ自体が、ウソ=騙り=語りの「技術」が発揮されているのだと示している。
こうした「技術」の産物を、「笑える」といった「嘲笑」の言い換えじみた形容で語る気にはなれない。
ウソが巧みだ、という評は、フィクションの作者や製作者には褒め言葉だろう。
キーワードの一つであるダイビングは、用語もビジュアル表現も、正確であるとはいえない。
たとえば、スキューバの「資格」は、法的資格を意味する「ライセンス」ではない。
しかし、関心を持った未経験者は、まず「ライセンス」というキーワードでネット検索するため、スクールでも敢えて不正確な「ライセンス」という表記をしないとヒットしてもらえないという事情が、現実にもある。
海中の描写も含め、正確さよりも、スムーズに雰囲気を伝えるためのものと割り切っているのだろう。
現実のダイビングに忠実な描写ならば、別作品の方を薦めたい。
作中で、海から上がった後のビールが旨いという描写があったが、思わず頷きたくなる。
何十分も潜っていると、水中でも案外に汗をかくし、ずっとタンク内の乾燥したエアを口で呼吸するので、喉がひどく乾く。
これでビールが旨くないわけがない。ビールは苦手な方だが、この一杯だけは堪えられない。
だが、心肺の安全を第一に確保しなければならないダイビングは、本来は飲酒とは相性が良くない。
本作中でも、ダイビング前や、中休み中の飲酒は、慎重に避けている。
豪快に見せて、その辺はしっかりしたものだ。
呑むならば、その日の最後のダイブを終えてから。
本作を観てダイビングを始めようとする人(いるのか?)は、心しておこう。