雀犬 さんの感想・評価
4.0
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 3.5
状態:観終わった
いつか、ではなく今
長文につき概要は略。重要なネタバレあり。
主人公は人付き合いが極めて悪く、クラス内の評判も芳しくない。彼は自分が嫌われ者であることを自覚しており、「僕と友達になりたい奴なんていない」と他人と距離を置くことで完全に孤立している。碇シンジ君の方がまだ社交的だと思えるほど内向的な性格で、まるで二枚貝のようにぴったりと心を閉ざしている。
対してヒロインの咲良はとても明るくて可愛らしく、当然男子生徒から人気があるし、女友達も多い。実は彼女は膵臓に重い病をかかえており、余命1年と宣告されている。にもかかわらず、自分の命が長くないことを主人公に明かす彼女は悲愴感がなくあっけらかんとしており、その話が冗談にしか思えないほど生のエネルギーにあふれている。「死んでるように生きている」僕とはまるで対照的だ。
そんな真逆の性格の2人が病院の待合室で偶然出会うところから物語は始まる。なぜか咲良は彼に興味津々で「友達になろうよ」と熱心に誘い込む。主人公はいつも通りぶっきらぼうな態度で、あからさまに迷惑そうな空気を出すが彼女はまったくめげる事なくアプローチを続け、やがて主人公は心を開いていく。・・・とここまでよくある流れではあるが、実際に見ると違和感が大きい。なぜ冷淡な対応を続ける主人公にヒロインがこんなに良くしてくれるのか?という部分に説得力が乏しい。カウンセリングの先生に大金を納めてもここまで献身的になってはくれないだろう。咲良はなぜ彼と仲良くなろうと思ったのか多少のフォローはあるのだが、最後まで観てもあまり納得はいかない。これは本作の最大の欠点であろう。
さて、どうしようもない男だった主人公も咲良と打ち解けていき、友達というよりは恋人のような付き合いが始まる。俗に言うところのストロベリータイム。観ていてイライラするほど甘ったるい、いや正直超うらやましい。「そのポジション俺に代われ!」と思うこと請け合い。しかし、余命1年の少女という設定であれば、やがてヒロインを病魔が襲い、主人公を奈落に突き落とす展開になるのはもはや確信的である。というよりも本作は開始直後の冒頭でヒロインの死を視聴者に明かしてしまう。感動物語のテンプレを最初に匂わせるのは予想外の展開を用意しているからである。
咲良は通り魔に刺されて死ぬ。この唐突な展開には面食らうことだろう。各所のレビューで批判的な感想も多く見受けられた。なぜ、作者は死が間近に迫る彼女をわざわざ「殺した」のか?
ヒロインから少しずつ活力をもらった主人公は「いつかは君のようになりたい」という気持ちが芽生えていた。その気持ちは、これまで断ってきたガムをくれるクラスメイトの好意を受け入れて、「ありがとう」と礼を言う場面に分かりやすく表れている。今までひどすぎたのが少しまともになった程度であるが、そんな小さな変化でも僕は大きな一歩を踏み出したように感じていただろう。そこに咲良の悲報が飛び込み、彼は一変する。
それは「いつか変わりたい」などという漠然とした目標ではなく「今日から、今この瞬間から変わろう」と誓うこと。咲良はまるで地球の反対側にいるように、正反対な2人だと言った。もし本当に彼女のようになりたいと思っているのであれば、生まれ変わるくらいの気概で行動しなければ「地球の裏」で待っている彼女の元には永遠に辿り着けないだろう。
流行語になった林修の決め台詞ではないが、何か目標を達成しようとする時「いつか」と「今から」では大きな違いがある。この物語は僕が咲良の親友だった恭子と友達になるという形で締めくくられる。恭子は社交性がなく煮え切らない態度を取る主人公を嫌い、友人との残りわずかな時間を自分から奪った男だと感じている。恭子は僕にとって一番仲良くなるのが難しい相手である。でも咲良は、クラスで一番友達になりにくいであろう自分と友達以上の存在になってみせた。いま咲良と春樹は鏡像の関係にある。ただ単に遺書に書いてあった咲良の願いを果たすために恭子に友達になろうと呼びかけているわけではなく、彼女と過ごした時間の意味を恭子との関係に残そうとしているのである。僕が生きている今は咲良が生きたかった未来なのだから。
ある種卑怯といえる手段を使ってでも作者が訴えかけたかったのは「今を生きることの大切さ」なのだろう。普通に病気で命尽きる展開であれば、一時期はケータイ小説を中心に粗製乱造された「泣ける話」の数々と大差なく話題作にはならなかったのではないかと思う。
正直いって本作は粗削りなところが多々ある。主人公にとって都合の良すぎるヒロインだという印象は拭えない。でも劇場を出た後、僕は「耳をすませば」で雫の書いた物語を読んだあと西老人が語った言葉を思い出した。「荒々しくて、率直で、未完成」。本作はそんな処女作だけが持つ魅力を確かに有してるように感じる。自己投影しているのが丸わかりの内向的な主人公。クラスで3番ではなく、どう考えても自分の1番としか思えないヒロイン。高校生の時可愛い彼女がいたらこんな青春をしてみたかった・・・という理想を詰め込んだ、見ていて恥ずかしくなるほどキラキラした彼女との日々。今を生きる大切さを直球で訴えかけるラスト。そして、「俺の書いた小説を読んでくれよ」と言わんばかりの奇抜なタイトル。書きたいもの、見せたいものが痛いほど分かる作品である。
感動系が好きなら見る価値は十分あると思う。ただアニメ作品として突出しているものがあるわけではなく、世間の評判はどうも「原作>実写>アニメ」で固まりつつあるようなので、もしかすると原作を読めば十分なのかもしれない。