ブリキ男 さんの感想・評価
3.9
物語 : 4.5
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 3.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
与えること 受け取ること
世界4大アニメーションフェスティバルの一つ、アヌシー国際アニメーション映画祭のコンペティション部門入選作品。
制作者はアニメーション作家のひだかしんさくさん。本作を含む自らが監督を務める※1映像作品の全てをたった一人で制作されている芸術家肌の異才。
本編14分弱。
チーズ好きでチーズしか食べないネズミが、顔のある美しいチーズとの出会いをきっかけに愛に目覚めていくお話。寓話の類だと思います。
主人公のネズミはチーズを求めて夜な夜な街を徘徊する盗人。
顔のある美しいチーズはネズミの戦利品の一つ。
二人に手を差し伸べるのが牛のおかみさん。
チーズ泥棒のネズミ、顔のある美しいチーズ、牛のおかみさん、3人の奇妙な共同生活が描かれます。
多くの暗喩を含む作品なので、初見では分かりづらい表現がありましたが、2周以降見えてくるものがありましたので以下に記載。作品理解の一助となれば幸いです。(あくまでも個人的見解です。ネタバレ含むので視聴後にお読み下さい。)
顔の無いチーズとバターについて
{netabare}
作中に登場する顔の無いチーズは単純に食欲、延いては肉欲の象徴と見て取る事が出来ます。序盤で描かれたネズミのチーズコレクションは、ネズミの女性遍歴、あるいはアンリアルな性的対象、ポルノ的なものを表している様にも見えました。
一方で顔のあるチーズさんは、意思がありますし、喋る事も出来ますので、対話が可能なリアルな女性という事になると思います(笑)
物語後半にて、飢えに苦しんだ挙句、とうとう恋人のチーズさんを齧ってしまうネズミですが、上を踏まえると、この時のネズミの苦悩は、※2禁忌を犯す事への抵抗というよりは、恋人を顔の無いチーズと同列の、欲望の対象としてしまう事への後ろめたさと解釈出来ます。
それでは続く、ネズミの、自らのこしらえたバターでチーズさんの欠けた部分を埋めるという行為、これには一体どんな意味があるのでしょう?
ネズミは生身につき、チーズさんがした様に、自分の体の一部を他者に分け与える訳にはいきませんので(汗)その代替行為としてバターを与えたと捉えるのが最も適当ではないかと思われます。
これはチーズさんの自己犠牲に対応する行為ではありますが、与えるのはあくまでも自分の分身、同等とは言い切れない男女の愛情表現の違いを暗に仄めかしている様でした。ミもフタも無い言い方ですが、男性はモノによって愛情を表現し、女性はその身をもって愛情を表現するというニュアンスでしょーか(汗)
チーズさんの欠けた部分がバターで補われ、やがてバターもどきになっていく過程を人間に置き換えてみると何となく不気味ですが(汗)これは二人の歩み寄りを表しているのではないかと思います。
お互いを自身の分身と思えるほどに愛していても、決して個は消えず同一にはならない、ラストシーンの二人の会話からも、ちらっとそれが伺える様でした。
生身であれ、何であれ、意思あるものであれ、そうでないものであれ、世に存在する形あるもの全ては※3テセウスの船の様なものなのかも知れません。
※2:カニバリズム=食人嗜好。顔の無いチーズと顔のあるチーズをかじる時の効果音が明確に区別されているので、この意味合いも含まれているのかも知れません(汗)
※3:ギリシャ神話に登場する英雄の船。後に、復元に復元を重ねた船がオリジナルのパーツを全て失った時、それは本来の船と同一のものと言えるのかどうかという哲学的な問いのモデルとなった。「同一」の定義にも色々あるので何とも言えませんが、上の例では設計思想だけは間違いなく残ると思います。
{/netabare}
作画について。全体的に動きの少ないアニメですが、序盤の活劇パートの作画の丁寧さ、躍動感の表現には目を見張るものがありました。構図の取り方にも細心の注意が払われていた様に思います。地下断面図のカットやループシーン、牛のおかみさんの鼻など(笑)随所に遊び心が散りばめられており目を楽しませて頂きました。
音楽について。BGMの類は一切ありませんが、台詞と効果音の使い方が巧みです。古いフランス映画の様な上品な雰囲気で、物足りなさは一切感じませんでした。
台詞は(多分)音声読み上げソフトによるもの。抑揚が乏しく平坦ですが、英語音声につき、ネイティブな英語に疎いわたしには、日本語読み上げソフトで声を当てた場合や、日本人の声優さんが無理に英語で声を当てた場合と比べてずっと自然に聞こえました。プロの声優さんを起用する事が難しい個人制作の、本来ならば欠点であるところを見事に美点に変えている印象です。
総評。淡白な様で濃厚(笑)短い時間の中にも隠れたメッセージがいくつもあり、視聴する度に新たな発見がある入れ子細工の様なアニメでした。
レオポルド・ショヴォーの童話「年をとった鰐」と一部重なるテーマを扱っている作品ですが、前者では貪る愛の顛末を、本作ではそれを補い合う愛の光景に転化させていた点で異なっており、それぞれ視聴後感に大きな隔たりがあった様に思います。こちらの作品の方が表現がソフトでシンプル、楽観的な視点で綴られた明るいお話になっているのではないでしょーか(笑)
搾乳工場の牛さんが与えた愛は、その子供に当たるチーズさんに、牛のおかみさんに、そしてネズミへと伝わり、そのネズミもまた愛を与える者となりました。
チーズさんの体はネズミの血肉となり、ネズミの分身であるバターもまた、チーズさんの体の一部となる。それは互いを養うと同時に、個性の一部を共有し、相手(の気持ち)になって思いやること。
与え、受け取る事で、自らの価値に気付き、全きものとなる、愛し合う者たちの姿を描いた優しい世界のお話でした。
※1:ひだかしんさくさんの発表作は今のところ以下の7作品。最後のだけ確認できませんでしたが、他は全てYouTube他で無料公開されてます。
BoNES(2005年)
zebraCM(2009)
恋するネズミ(2009年)
DE_RIRIA_SUBASUTAIMU(2012年)
結婚披露宴オープニングムービー2014(2014)
RAYDOF - Lumion competition(2015)
ふわふわほんわか(SMAP×SMAP番組ブリッジ)