雀犬 さんの感想・評価
4.0
物語 : 4.5
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 3.0
状態:観終わった
私とあなたの公約数
4/21公開、武田綾乃さんの小説「北宇治高校吹奏楽部、波乱の第2楽章」を原作とする劇場アニメ。テレビ版「響け!ユーフォニアム」の続編ですが、キャラクターデザイン、制作スタッフの大きな変更があり作風も大きく異なります。エンタメ性を強く打ち出したテレビアニメに対して「リズと青い鳥」はアート性、文学性を重視しているように感じました。
以下全てネタバレレビューです。あにこれはユーフォ好きが多いので濃い目の内容になっております。なお1度しか観ていないので記憶違いのところがあるかもしれませんがご了承ください。
♯みぞれと希美
{netabare}
みぞれと希美が練習のため朝の校舎を2人で歩き音楽室に向かう場面から映画がスタートするのですが、このシーンがやたらに長い。しかも2人の会話もモノローグもないのです。この異様ともいえる導入は「このアニメは映像で語る作品です」と主張しているように思えます。
ここで注目するすべきは2人は決して並ぶことはなく、常に希美が前を行き、みぞれが距離を空けて歩いていること。希美のポニーテールを執拗にカメラで追うことでそれを強調していたはず。みぞれは希美に特別な感情を持っています。「希美が自分の全て」と語るその思いは、友達に対して持っていいラインを遥かに超えてしまっている。だからその気持ちを悟られぬように、彼女は距離を取って歩く。
人付き合いが苦手で大人しい性格のみぞれに対して、希美は明るく社交的で後輩からの信望も厚い。2年生のときに吹部を離れていたこともあって、自分の立ち位置を確保するため八方美人的に振舞っている所もあるように感じます。誰に対しても親しく接する希美に、みぞれは独占欲に近い感情を持っている。一方希美はみぞれを大切な友達だと思っているものの恋愛感情は微塵もない。本作は青春音楽アニメであると同時に百合アニメなんですね。みぞれと希美、2人の秘めやかな気持ちを覗き見するような感覚が非常に特徴的だと感じました。
{/netabare}
♯オーボエとフルート
{netabare}
「響け!ユーフォニアム」はユーフォとトランペット、2つの金管楽器が主役でしたが「リズと青い鳥」はオーボエとフルート、木管楽器が主役になっています。今回のコンクールの自由曲「リズと青い鳥」は第三楽章のオーボエとフルートのソロ掛け合いが重要な楽曲で、オーボエはみぞれ、フルートは希美が担当しています。
フルートはその音色をしばしば鳥のさえずりに例えられます。楽曲で有名なのはサン=サーンス「動物の謝肉祭」などでしょうか。「フルート=鳥」という音楽の常識がストーリー上のポイントになっています。
「リズと青い鳥」は同名の童話を元に作られた曲で、この曲の第三楽章はリズが一緒に暮らすかけがえのない友達だった青い髪の少女(正体は青い鳥)を鳥かごから出す場面をイメージしている、という設定です。
ソロの局面でみぞれと希美は2人に自分を重ね合わせるのですが、いまひとつ噛み合わない。みぞれは「リズが青い鳥を鳥かごから解き放つ理由が分からない」と言う。ここで「リズ=オーボエ=みぞれ」「青い鳥=フルート=希美」という関係性になっているのは希美が一度退部してみぞれの前から去ってしまったという過去もあるけれども、フルートという楽器が鳥の象徴であることが大きいと思う。「リズと青い鳥」は前作の自由曲「三日月の舞」同様に架空の楽曲なので正解というものはありません。でも「リズ=みぞれ」「青い鳥=希美」が部員だけでなく顧問も含めて全員の共通認識なのは「リズ=オーボエ」「青い鳥=フルート」が作曲家の意図するところだからなのだと思う。
だからこそ、「あなた(みぞれ)が青い鳥だと思えばいいんじゃないか」と言う新山先生の指摘は他の誰も思いつけなかった慧眼なのでしょう。また先生はみぞれに音大行きを勧める。木管楽器の指導者でありフルート奏者でもある新山先生がみぞれの才能を見出したこと、そして希美には声をかけなかったこと。それは大きな意味を持つ。彼女の言葉により、物語は大きく動きます。
それまでどこか噛み合わなかった第三楽章「愛ゆえの決断」のソロパートで自分を青い鳥だとイメージしたみぞれは圧倒的な演奏を披露し、その場にいた全員を驚かせる。それは、みぞれには翼(=才能)があるけども自分にはないことを希美が悟る時でもありました。青い鳥は幸せの象徴としてよく使われる題材ですが、本作では青い鳥とは"特別な才能を持つ選ばれし者"を意味しています。冒頭で希美は落ちていた美しい青い鳥の羽を拾います。この羽を自分で持たず、みぞれにプレゼントしたことが物語の結末を暗示していたといえます。また、みぞれの想像の世界を描く童話パートも彼女のアーティストとしての想像力や表現力の豊かさを表現していたのではないかな。
{/netabare}
♯disjointと joint
{netabare}
導入部で "disjoint"の文字の文字がスクリーンに映し出される。そして最後にもう一度映し出し、disが消えて"joint"になる。この演出はみぞれと希美の関係性の変化を表現したものです。
disjointとは数学で「互いに素」の意味があり、みぞれと希美の気持ちが重なっていない状態です。みぞれは希美が好きなのですが、その気持ちには依存に近い危うさがあります。希美はおそらくみぞれの気持に薄々気付いていたのだと思う。でも自分の吹奏楽部での居場所を守ることが最優先の希美はみぞれと付かず離れずの関係性を築こうとする。だから2人の心は重ならないのです。
しかしdisjointの関係のままでは「リズと青い鳥」の演奏はうまく仕上がらない。リズと青い鳥の役がいれ違っているというのがストーリーの最大の面白さだと思う。最初からみぞれが鳥であれば平凡でつまらないお話だったのではないでしょうか。
百合ものは「櫻の園」「青い花」「やがて君になる」など演劇を題材にした作品がすごく多い。役を演じることで「自分が何者か」という問いに答えを出したり、お互いを理解しあったりするのが百合の定番なのです。本作は百合のドラマツルギーを吹奏楽部を舞台にした物語に非常にうまく取り入れていると僕は思います。
全体練習後、理科室(だったと思う)でみぞれと希美はハグをする。みぞれは希美の好きなところをいくつもいくつも挙げていく。それに対して希美は絞り出すように「みぞれのオーボエが好き」とだけ返す。昔、ユーフォの1期で麗奈は「(私の瀧先生への気持ちは)ライクじゃなくてラブだから」と語ったけれどもこの場面はまさに'I Love You'に対して'I Like You'で返したものと受け取れます。
映画の最後に青と赤の円が重なった水彩画が映し出されますが、これはベン図を表現している。2人がjointの関係になれたのはお互いに諦めたからです。みぞれは希美と相思相愛になることを諦め、希美は才能の差を実感し、音楽の道に進むことを諦めた。飛び立つ者と見送る者、それぞれが青春の苦さを噛みしめながら、2人は並んで歩き始める。この歩き方の変化が今の2人を象徴しています。
2人の心の重なり合う部分には何があるのか。僕は「信頼」ではないかと思う。みぞれは一度離れていった希美を信じることができなかった。また見捨てられるのが怖かった。希美はみぞれの持つ音楽の力に頼ることができなかった。自分の限界やズルさを認めたくなかった。今はお互いを信じて、頼ることができる。きっとそれが私とあなたの公約数。
以上、文学的で味のある青春ストーリー(+ちょい百合)だったと思います。
{/netabare}
♯不満点
{netabare}
・キャラクターデザインの変更。作風が違うので絵を変えること自体は良いと思うのですが、みな色白で腕・足が細く、ユーフォの良さの一つだった溌溂とした感じが消えてしまっていること。
・麗奈が久美子にベン図の例えを使って人の気持ちを説明するシーンが原作からカットされているため、ベン図とみぞれ・希美の関係性が観客に伝わりにくいこと。初見であれがベン図だと理解できた人はとても少ないんじゃないだろうか。
・男子生徒が透明化され、北宇治高校が「北宇治女子高」になってしまっていること。僕は好意的に解釈することができないし、変だと思う。
{/netabare}
それにしても最近、他人との距離感をテーマにした物語が多いですね。そういう時代なんでしょうなぁ…