サイテージェニー さんの感想・評価
5.0
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 5.0
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
和解というキーワードで解くcrybaby
デビルマンcrybaby 1話で、不動明を「海から上がってきた人魚」と呼んだのはどういう理由か。
不動明も「はーい、海から上がってきた人魚でーす」と答え、後日、牧村美樹と再会したワムが「海から上がってきた人魚はどうした?」と。このフレーズは三回使われている。
そんなもの単なる冗談なんだから意味なんかないのかもしれないが、わざわざ三回も使用しているからには何か隠れた意味があるのではないか。
そこで強引な推論。
クラベビ不動明は「夜明け告げるルーのうた」の世界から来た。
「夜明け告げるルーのうた」の世界とは何かというと、
「人間と異形の者とが、和解に成功した世界」である。
町を大規模な水害が襲ったとき、人魚たちが人間を救助し始める。
しかし人魚は太陽光に当たると燃えて死んでしまう。
救助に気を取られ帰るのが遅れた人魚たちは次々焼死する。
人間たちは、人魚のために太陽光線よけの大量の傘を提供する。
人類と人魚の和解した瞬間である。
人類(集団)と異形の者(集団)が基本的に敵対していて、主人公(個人)だけが単独の異形の者とのあいだで、愛や友情や信頼を結ぶ話は他にもある。
人類(集団)と人魚(集団)との間で和解が成立する、という点でルーの世界は特異である。
「夜明け告げるルーのうた」が、人類と異形の者とが和解に成功する世界
「デビルマンcrybaby」が、人類と異形の者とが和解に失敗する世界
ふたつの世界は鏡に写したように対応している、と言ったらこじつけ過ぎだろうか。
人類と異形の者との和解、をキーワードにデビルマンcrybaby 9話を見ると、解釈が変わってくる。
自分は最初、crybaby 9話を、こんな奇怪な作劇、こんな異常な構成を見たことない、なのになんで心に刺さってくるんだろう、という感想だった。
だが「和解」をキーワードにすると、9話の構成は奇怪でもムチャクチャでもなく、むしろストレートで、シンプルである。
和解する(不動明と牧村美樹が)→和解する(美樹とミーコが)→和解を求める(デビルマンが群集に)→和解を求める(美樹が全人類に)→和解を求める(ミーコが群集に)→和解は拒絶される(人類から三人へ)9話全体で、最初から最後まで和解の話しかしていない。
人間と異形の者との和解、という要素は、原作マンガにはない。だから原作を既読で原作の再現にこだわる人ほど、この要素を見落とすのでないか。原作を未読、チラッとしか知らない、という人のほうが、すんなり頭に入ってくるのかもしれない。すくなくとも私は見落とした。
牧村美樹はSNSで、人類の一人として同族の人類に不動明=デビルマンとの和解を求め、かつ人類の一人として他のデビルマンにも人類との和解を求める。彼女の求めるものは、人類(集団)と、異形の者デビルマン(集団)とが和解する世界である。途方もない望みである。
幸田燃寛がさっさと人類と決別して悪魔のもとへ行ったのは、異形の者である自分にはもう人類との和解はない、と判断したからである。こちらの発想のほうが普通だ。
原作の牧村美樹とcrybabyの牧村美樹は同じように殺されるが、その理由は異なる。原作の牧村美樹は、家族に悪魔がいたから悪魔の仲間とみなされ殺された。それは誤解であり言いがかりである。
だが、crybabyの牧村美樹は、人類と異形の者デビルマンとの和解をストレートに要求した「から」殺されたのである、そこに誤解はない。
牧村美樹の死にも、crybabyではもう一つの意味が加えられる。原作美樹の死は一個人の死だが、crybaby美樹の死はそれだけでない、不動明・牧村美樹・ミーコがそれぞれ和解を求めたことに対する、人類の側の回答。拒絶。これ以上はない拒絶である。
9話を最初視聴したとき最も心に引っかかった最大の疑問は、
「ミーコはその気になれば追ってきた暴徒を全員殺せたのではないか?
そうすれば牧村美樹は死ななかった」ということだ。
幸田デビルマンとミーコデビルマンの戦力は互角、陸上競技場での幸田デビルマンの大虐殺を見れば、あのときやってきた規模の追手なら余裕で全員殺せるはずである。
牧村美樹と和解して人間性を取り戻したミーコはもう人を殺したくなかった、人間でいたいと思ったので殺さなかった、この理屈もわかるのだが、じゃあそれで牧村美樹を死なせていいのか。
「人間でいたい、だから人を殺したくない」
「牧村美樹を助けたい」
二つを天秤にかけて前者を優先できるのか? となるとやはり納得がいなかった。
ミーコが求めたものが和解であるなら、相手が簡単に殺せる相手だとしても皆殺しにはできない。それは和解の可能性をつぶす行為である。
追ってきた暴徒を皆殺しにすれば牧村美樹は救えるが、牧村美樹が主張した人類とデビルマンとの和解の可能性は閉ざされる。何もしなければ自分も牧村美樹も殺される。魂の焦げるような葛藤の果てに「あんたらに問う」以降のセリフが吐かれたと考えると、腑に落ちる。
ほぼ無駄と分かった上で、最悪の結果に向かって歩いていることが分かっていながら、あの場面は苛烈に熱いのである。