ぺー さんの感想・評価
4.5
物語 : 4.5
作画 : 5.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 4.5
状態:観終わった
忍ぶる恋と湿度の関係
"愛"よりも昔、"孤悲"のものがたり
この映画のキャッチコピーですが、良く出来てます。
新海作品では大ヒット作「君の名は。」のひとつ前に公開された作品にあたり、高校生タカオと社会人何年目かのユキノを軸に、雨の公園の東屋での交流を通じての二人の触れ合いを描いた物語です。
好きだ惚れたと熱い想いをぶつけるラブストーリーとは対極にある静かな展開で、大人向けと言えば言えなくもない内容です。
他の方が言われているように雨の描写がとにかく美しい。舞台挨拶での監督「鑑賞後に雨の日(それと靴)をちょっぴり好きになってくれたらいいな」との期待に充分応えているんじゃないでしょうか。
全体で46分とさくっと観れる手軽さも手伝い、梅雨の時期、ビールとチョコレート片手に鑑賞するにはちょうどよいのかもしれません。
ここから最後までほぼ脱線なので読み飛ばしてもらってかまいませんよ。
考察というよりレビュータイトルの回収です。
{netabare}二人の出会いシーンでユキノさんが披瀝したのが万葉集に収められた柿本人麻呂の和歌でした。{/netabare}
良い歌は枕詞・掛詞・詠み人の立場その他言葉の外にある情報を含めて31文字の中に収められてます。受け取る側もそれを理解する力量がないと成立せず31文字の表層だけをかすめたぬるい解釈をしようものなら教養の無さを疑われてもしかたないものでした。
そこにしっかりと返し歌ができるのは「うん、君は分かってるね」という世界です。となると歌会は互いに行間を読み合う訓練をしていた側面があったのでしょう。
{netabare}和歌とか古典をモチーフに持ってくる恋愛作品は実写でもアニメでもくっきりはっきり竹を割ったような愛してるぜ!ヒャッハーみたいな作品てお目にかかったことはないのですが、それは「察する」とか「忖度する」和歌の世界と根っこの部分で合わないからなんだろうと思います。{/netabare}
{netabare}冒頭で歌を投げかけるユキノと後半で歌を返すタカオ。昔だったら途中経過は歌の応酬なのでしょうが、作品では東屋での逢瀬です。直接的な言動をする者が嫌われていたわけではなく好感をもって迎えられる描写も古典にはもちろんありますが、最低限、「察する」力量の無い者はダメで、今も昔も恋愛対象にはなりにくく、物語中盤での、どう考えてもユキノのための靴づくりなのにそうとはタカオも言わず、ユキノも察した上で何も言わないくだりはオシャレというか雅(みやび)を感じたほどです。{/netabare}
和歌はこの作品で描かれた忍ぶる恋のとても重要な要素になってるし、和歌の持つ特性をしっかり捉えた上での監督の表現は見事でした。
{netabare}ついでに脱線すると、あの有名な百人一首では一番歌天智天皇、二番歌持統天皇と続いて、宮廷の使用人?柿本人麻呂の歌が3番歌だったりします。古代封建制では欧米のような階級世界があったかのような解釈をしたがる日本の学界の意見は私は眉唾だと思っていて、奴隷いないし、どちらかというと天皇は専制君主だと裏付けるデータは乏しく今の陛下と変わらぬ民の安寧を祈る存在だったとするほうに説得力があり、身分もあくまで役割分担で有能な者は重用していたんだろうということで、百首のうち3番目、天皇のしかも教科書にも載っているような面々の次に貴族でもない人麻呂の歌が収められてる意味をもう少し察したいところです。
身分関係なく重用された人麻呂の歌をユキノがタカオに投げたというのは・・・作品では返歌とセットで歌の意味以上のことはないのでしょうが、詠み人のチョイスに唸った次第。
教師と生徒の立場?歳の差?深読みするとこれはこれで楽しいのです。{/netabare}
そして和歌以上に雨も物語の外せない要素です。
これが晴れの日だと成立しないと思えるぐらいしっくりきてます。人と人とをつなぐ接着剤としての雨。こちらに関しては美術界をテーマにした漫画『ギャラリーフェイク』で、日本人と湿度の関係を示した表現が見事なのでそのまま引用します。
{netabare}
「高温多湿の風土に住む日本人にとって、適度の湿度は生きるのに欠くべからざる条件なんだ。」
「長らく日本人は、他人と湿度を共有することで、お互いを支えあってきたのだ。」
「個性の主張!精神の自立!お題目はリッパだが、結果は周りの人間を切り捨てることさ。」
「いつの間にか日本は、切り捨て、切り捨てられた人間で、いっぱいになってしまった。」
「ところが、それじゃあ湿度が足りなくて息苦しいのさ。」
「この先100年も200年も経とうと、日本人がドライになることなどきっとあるまいよ!」
そして「日本列島に湿度があるかぎり」と締めます。{/netabare}
40分ちょっとの短編に近い尺の中で、受け手に解釈を委ねているまさに和歌のような作品でした。
視聴時期:2017年12月
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2020.10.25
《配点を修正》 -0.1 全体バランスを考慮
2018.02.24 初稿
2020.10.25 配点修正
2021.05.30 修正