雀犬 さんの感想・評価
4.6
物語 : 5.0
作画 : 3.0
声優 : 5.0
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
灰色の青春にようこそ!
【概要】
佐藤達弘は大学を中退して働きもせず毎日を自宅で無為に過ごす22歳。
親の仕送りで生活し、外出は週に一度コンビニで食料とタバコを買うときだけ。
そんな日々を四年続ける自称"引きこもりのプロフェッショナル"。
このままでは駄目だと思いつつも打開できず自堕落な暮らしを送る佐藤の元にある日、
謎の美少女・中原岬が訪ねてくる。
岬は佐藤に契約書を渡す。「あなたは私の引きこもり更生プロジェクトに大抜擢されました」のだという。
果たして佐藤は引きこもりから脱却できるのか?
【感想】
現代の若者の悲哀を描く異色の青春ストーリー「N・H・Kにようこそ」。
本作のN・H・Kとは日本放送協会ではなく「日本・ひきこもり・協会」の略称です。
原作は滝本竜彦の小説ですが、
作者自身も引きこもり経験者で自らの黒歴史を告白するやや自伝的な内容になっています。
本作の執筆にあたり本人もかなりの精神的ダメージを受けたらしいです。
漫画版もあり、各メディアで少しずつ設定やストーリーが異なります。
原作は非常に読みやすく、安定して面白いのですが主役以外のキャラ描写がやや薄く、
アニメ・漫画に比べてボリュームに欠けます。あとドラッグにはまりすぎ。
漫画版はコメディとして充実した内容になっていますが小説・アニメとは異なる結末になっていて、
それがあまり評判良くないんですね。
というわけでアニメ版が一番お勧めです。
作画は完全に崩壊している回があってあまり良くありませんがストーリーと音楽は秀逸。
名曲揃いのアニメで特に人恋しさを感じさせる後期のED
「もどかしい世界の上で」はアニソンでベスト10に入るくらい好きです。
NHKの登場人物は引きこもりの佐藤をはじめ、ゲームクリエーターを目指すオタクの山崎、
クスリを常用するメンヘラ女の柏先輩など揃いも揃ってダメ人間ばかり。
彼らの暴走、妄想、何をやっても空回りする様を笑い飛ばす内容になっています。
客観的に観れているうちは良いのですが、自殺オフ、マルチ商法、ネトゲ廃人など当時の社会問題を題材として
彷徨える若者たちの対人恐怖、葛藤、悲壮感、孤独といった負の感情を時に鋭く描いているため
そのうちに笑ってばかりはいられなくなるかもしれません。
上から目線で語ってくる周囲の人間が嫌い。でも自分はもっと嫌い。そんなどうしようもない自己嫌悪。
サブカルチャーに手を出しても一時的に心が満たされるだけで、やがて現実に戻され空しさが込み上げてくる。
いっそ何もかも忘れるくらい夢中になれたらいいのに…という切ない願い。
こういった「分かる人には分かってしまう」悲しい感情が物語のあちこちに散らばっています。
人によっては身につまされるような感覚があるのではないかと思います。
さて、そんなハートフルボッコ・コメディは終盤によりシリアスな展開となります。
{netabare}
佐藤を取り巻くドタバタ劇も次第に収束していき、それぞれがあるべき場所へと還っていきます。
祭りの後の静けさといいますか、特に山崎が地元に帰った後の喪失感は半端ないです。
―――まるで「自分の時間だけが止まっている」よう。
こんな寂しさも分かる人には痛い程に分かってしまう感覚でしょう。
そして岬は引きこもりを更生させる善意のボランティアではなく、ましてや天使でもなく
父親から虐待を受けた結果、心に病を抱える不登校児だったことが判明します。
どこまでも悲観的な彼女は自分がまるで疫病神であるかのように感じ、
「他人から必要とされたい」という切実な思いは歪んでいき、
自分よりダメ人間の佐藤をカウンセリングという名目で取り込み、
彼を見下すことで心の安寧を保とうとしていたのです。
最終回、自分は誰からも必要とされていないと絶望してしまった岬を佐藤が助けにいく展開になります。
佐藤が食費を稼ぐためという後ろ向きな理由ながらも働き始めることで
助ける側と助けられる側が入れ替わるという構成が見事です。
実際のところこの救出劇は全然格好良くない。命が掛かっている場面なのに、むしろ滑稽ですらあります。
でも本作に限ってはこれこそがベストの演出であり、社会病理の本質をついていると思います。
引きこもりやニートの問題だって傍から見れば「何やってんだ外に出ろ!働け!」と感じるでしょう。
しかし当人たちにとってはひどく切実な問題で、上から目線で見てもなかなか理解できないものなのです。
他人から見てどれだけ格好悪くても無様でも関係ない。
佐藤が岬にとってのヒーローであることに意味があり、
彼女と同じ目線(それはとても低い)で世の中を見る彼だから岬を救うことができたのでしょう。
やがて春が来て、二人は「日本人質交換会」なる新しい契約を結びます。
ぎこちないながらもそれまでの共依存の関係から脱却し、佐藤と岬は前を向いて歩き出す。
そう、弱くて頼りない人間ほど支え合って生きていかなければならない。
ぼくたちは独りでは社会と繋がれないほど弱い人間なのだから。
そうしてようやく、二人の止まっていた時間が動き出すのです。
{/netabare}
【まとめ】
「N・H・Kにようこそ」のキャラクターたちの行動や思考はネガティブな感情に満ちています。
だけども見終わった後、少しだけ頑張ってみようかとな思わせてくれる、そんなアニメです。
引きこもりやニートの経験者だけでなく、
人生で挫折して落ち込んだ時期がある人には共感できるものがあるのではないでしょうか。
人の心の弱さというものを見事に表現している傑作だと思います。