雀犬 さんの感想・評価
4.0
物語 : 3.5
作画 : 4.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
イニシエーション・ループ
2016年放送の2クールアニメ。全25話。原作は「小説家になろう」にて連載中。内容は「なろう」の定番、異世界ファンタジーに時間ループ要素を加えたもの。
【死に戻り】
家でゲームばかりしているひきこもり少年ナツキスバルはコンビニからの帰り道、突然(放送開始から2分で)異世界へと召喚されてしまう。目の前に広がるゲームさながらのファンタジーな世界に目を輝かせ、「剣や魔法のスキルを授かりヒーロー的な活躍ができるのではないか」と興奮するが、身体的能力は現世と変わらず装備もアイテムもそのまま。
勝手が違うと戸惑うスバルであったが、彼が異世界で新しく身に付けたのが「死に戻り」である。この「死に戻り」は本人の記憶を残したまま時間を巻き戻せるというループものによくある能力なのだが、色々と制約が多い。
まず本人が死ななければ能力が発動しないため、使用する度に大きな苦痛を伴う。当然おいそれとは使えない。最初は虚勢を張っているスバルも打開策を見つけられず死に戻りループを繰り返していくうちに心は摩耗していく。彼が精神的に追い詰められていく様はかなり力を入れて描写されている。
次に戻れる地点(一種のセーブポイント)を自分で選ぶことができない。死んでもセーブポイントが更新されない場合、次に正解を選べなければまた命を捨てなければならないということを意味するためスバルは絶望感に襲われる。セーブポイントが更新される条件もアニメ化された範囲では不明である。さらに死に戻りについて誰かに口外しようとすると心臓を握りつぶされるような激痛に襲われるため、自力で突破口を見出す必要があり周囲の理解や協力をなかなか得ることもできない。
このように「死に戻り」は決して便利な能力ではなくむしろ「呪い」に近く、スバルを散々苦しめることになる。(異世界の魔女にかけられた魔術によって得た能力という設定のようである)主人公にかなり過酷な設定を与えているのが本作の特徴だ。主人公に至れり尽くせりの好待遇を用意し、異世界をパラダイスとして描く他の「小説家になろう」作品と比べて異彩を放っているといえる。
「死に戻り」の理不尽なまでに厳しいルール。人によって色々な捉え方はあると思うが、本質的は家に引きこもって現実逃避している少年の成長を促し、一人前の男にするための設定だと考えている。言ってみれば「ヒッキー更生システム」なのである。
学校に行かずバイトもせず家でゲームばかりしている現世での主人公は国民の義務を怠る穀潰しだった。彼は大人になることから逃げ回っている少年だ。大人になるとはどういうことだろうか?子供のうちは無限の可能性がある。それこそ宇宙飛行士やプロ野球選手になりたいといった大きな夢を見ることもできる。しかし成長する中で色々なものを獲得しながらも失敗や挫折を経験し、いくつもの夢や理想を断念していかなくてはならない。安全な自宅に籠るスバルは自分が傷つくのが怖いという思いに囚われている。しかし対象喪失の悲しみを乗り越えることが、大人になるということなのである。
スバルは逃げ場のない異世界で現実世界の追試や留年よろしく「死に戻り」ループによって、合格するまで何度も何度もやり直しをさせられる。ループの最中、彼は不埒な自分の弱さや限界と向き合わされることになる。そのメニューの過酷さは虐待レベルで僕なんかは彼に同情してしまうのだが、悪夢にうなされながらも彼はハーフエルフのヒロイン、エミリアを助けたいという恋心を支えにいくつもの試練を乗り越えてしまう。彼の成長ぶりはまさに「鬼懸っている」。正直言って「こいつ根性ありすぎるだろ」と彼のタフさに呆れてしまう場面も多い。主人公の心理描写に連続性(コンテュニティ)を感じにくいのは本作の欠点のひとつかもしれない。
【通過儀礼】
少年が一人前の男と認められるための通過儀礼は割礼のように苦痛を伴うものが多い。第7話。ロズワールの屋敷で自分自身、もしくは鬼族のメイド姉妹が何者かに殺害されてしまう事態が発生する。スバルは誰も死なずに済む未来を模索し、崖から飛び降りて自殺し「死に戻り」ループを強制発動させるという行動に出る。このスバルの決死のダイブは「ナゴール」を思わせる。
「ナゴール」とは南太平洋に浮かぶ島国バヌアツで今も行われている伝統的な儀式である。木で組み上げた数十メートルにもなる高さのやぐらから男たちは豊作の祈願と成人になるため儀式として飛び降りる。命綱として使うのは木のツル。バンジージャンプの起源ともいわれる有名な通過儀礼であるが、落下の衝撃は凄まじく毎年死者も出るという。
他にも伝統的な風習を残す世界の部族には痛みや恐怖に打ち克つことを目的とした通過儀礼が色々とある。調べてみるとなかなか面白い。我が国にはこうした通過儀礼は存在せず、成人式とて実質的には同窓会なので一般には理解づらい。
しかし本作はループ設定を使いイニシエーションを表現した異世界アニメという見方もできるということだ。特に後半、自分自身の力だけでは解決できず、これまで敵視してきた大人たちと交渉し協力を得ることで活路を開いたことは注目すべきである。要は、大人の一員として認めらることの必要性が語られていると言える。
【母と息子】
リゼロといえばレム。レムといえばリゼロ。レムは正ヒロインのエミリア以上に人気がある。成分タグの1位が「レム」なのは笑ってしまう。どう考えても成分タグの使い方を間違えているのだが、彼女は魅力的なだけでなく批評性を持ったキャラである。
レムとは異世界で出会ったスバルの第二の母と呼べる存在だ。彼女はロズワールに仕える鬼族のメイドの双子の妹で家事の殆どをこなす。ロズワール邸で執事として働くことになったスバルに対して最初は冷淡であったが彼に仕事のやり方を教え、プライベートでも異世界での言葉を教えるなどしていくうちに徐々に心を開いてゆき、魔獣騒動を経てスバルに全幅の信頼と親愛の情を抱くまでに至る。
アニメ版リゼロで最も人気があるのは第18話である。デスループの打開策を見い出せず、無力感に打ちひしがれ廃人の一歩手前まで追い詰められたスバルは世界を救うことをついに諦め、レムに一緒に逃亡しようと提案する。そんなスバルに対して、レムは彼の弱さも強さも全てを受け止めた上で、私が支えるからみんなを助けるために頑張ろうと申し出を断る。そしてスバルは前を向き再挑戦を決意する、というのが18話の概要である。
この回で感動して泣いてしまったという人も多いようだが、それはこのスバルとレムが語り合う一連のシークエンスが「鬼ババ」のように厳しかった母親が「息子」の抱える苦しみを親身になって聞き、「優しいお母さん」の素顔を見せ、「あなたを愛しているのよ」と告げて全力で励まし、送り出すという構図であるからこそ、世の男たちは陥落してしまったのではないかと僕は思う。レムはスバルを「私の英雄」と称したがこれは「愛する自慢の息子」とパラフレーズすることができる。
レムの人気は「男の子はみんなお母さんが好き」ということの証なのかもしれない。またスバルがレムと一緒に逃亡して2人だけも幸せに暮らすという読者(あるいは視聴者)からすると「全然アリ」な選択肢を選べないのも、レムが「母」たる存在である以上は許されないルートなのだと解釈できる。リゼロは2期制作が期待されている作品のひとつだが、この先スバルを待ち受けているのは「親離れ」の儀式ではなかろうか。
それにしても…なろう小説でテンプレ化されている異世界チートハーレムは言ってみれば全力で現実から逃げる成熟拒否の物語なのだが、リゼロは「俺たちは大人にならなきゃならないんだ!」という強迫観念を感じる。「クズ」「うざい」などと散々な言われようのスバルだけども、worldさんのレビューにある「病的」という表現が一番的確ではないだろうか。僕は良く出来た物語だと思うけれども作品全体に呪われた過剰さが漂っており、やはり好みの分かれる一本だろう。