雀犬 さんの感想・評価
4.3
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.5
音楽 : 5.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
妄想の時代
2004年、WOW WOWで放送された故・今敏監督が手掛けた最初で最後のTVシリーズです。
全13話のオリジナル作品。
事の始まりは東京・武蔵野で起きた通り魔事件。
被害者の月子が国民的人気の癒しキャラクタ-「マロミ」
の生みの親であるデザイナーだったため話題となります。
その後同じような手口の犯行が続出し、いつしか犯人は「少年バット」と呼ばれはじめます。
被害者たちは皆、生きることから逃げたくなるような悩みを抱えていて、
少年バットは犯罪者でありながら被害者からは救世主のように扱われる奇妙な事態になります。
現実と妄想の境目を曖昧にした独特の表現が本作の見どころのひとつ。
謎の通り魔「少年バット」をめぐるサイコサスペンスですが、
ミステリーのように真犯人を探し出すストーリーではないのでご注意。
それでも「少年バット」の正体について説明しろと言われたら
{netabare}
本作のテーマである「人間の心の弱さ」を表現したもので、
ある時は狂言、ある時は妄想、そしてある時は模倣犯
{/netabare}
ということになりますか。
心の病んだ人間の悲哀をコメディタッチで描きつつ、痛烈に皮肉ったこの作品。
高得点を付けてはいますが正直あまり人にお勧めできないですね。
おそらく、今10代20代の人達が見ても心に響くものがないと思うんです。
それは妄想代理人は世相というものを強く反映している風刺アニメだからです。
もう15年以上前のことになりますが、憶えている方は憶えているでしょう。
1999年から2000年にかけて癒し系ブームというものが起きています。
ヒーリング音楽に始まって、本作のマロミのような癒し系グッズが量産され、
人の性格にまで「癒し系」という言葉を使うようになりました。
ブームの背景にあるのはバブル経済崩壊から長く続く不況だと言われています。
停滞する状況をただ受け入れ、実態のない安らぎを追い求める日本人の姿に対する憂いや憤りが
恐らく今監督にこの作品を作らせたのだと思っています。
「そんなものはまやかしだ。現実を見ろ」と。
しかし残念ながら「失われた10年」は「失われた20年」になり、
癒しという概念はブームが去ってからもすっかり定着し、
もはや私達の価値観に取り込まれてしまったのが現実です。
アニメの世界を見ても現世では冴えない少年が異世界で大活躍する妄想ファンタジーや
女の子がキャッキャウフフする妄想の日常を描く作品がウケています。
悲しいかな、今この作品を見て「妄想に逃避せず現実を直視するべきだ」と言われても
アナクロな価値観を押し付けられているようで、感銘を受ける人は少ないと思う。
僕も「現実を切り開く勇気を持つことが大切だと感じた」なーんて
歯が浮くような感想を書けないもの。
妄想は時代を飲み込んでしまったのです。
そもそもバブル時代の「土地の値段が上がり続ける」なんて考えが
日本人の妄想だったというのが最高に皮肉ではありますが。
本編の感想は以上で終わりますが、
今監督の初のTVシリーズということでOPやアイキャッチ、次回予告ならぬ「夢告」など
本編以外でも独創的なアイデアが溢れています。
特に「晴れやかすぎて気持ち悪い」イメージで作ったというOPは
一度見たら忘れられないほど強烈なインパクトがありますので、
これだけでも是非一度見ていただきたい逸品でございます。
それではみなさん、さようなら。