「月がきれい(TVアニメ動画)」

総合得点
94.0
感想・評価
1809
棚に入れた
7624
ランキング
8
★★★★☆ 4.0 (1809)
物語
4.1
作画
4.0
声優
4.0
音楽
4.0
キャラ
4.0

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ネタバレ

humor さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8
物語 : 3.5 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 3.0 キャラ : 4.5 状態:観終わった

中学生だからできた奇跡的恋愛をリアルに描く良作

とある友人に紹介されて視聴。内容は、中学生同士の極めて普通な恋愛。(その普通な恋愛を果たしてどれだけの人が送れておきたかは、言うに及ばないが...。)主人公は文学少年、ヒロインはスポーツ少女である。日常を超えた派手な展開は起きないが、その代わりに、その恋愛を極めて現代風かつリアルに描いているのが特徴的。その一方で、音楽のラインナップからわかるように、メインターゲット層はおそらく昭和最後生まれあたりの大人たち。また、タイトルに表されるように、主人公は自分の心理描写に文学作品をしばしば引用する。なので、作品は少し純文学的かつ情緒的になるという点がウリである。以下、詳しくポイントを列挙。


良点1:現代的な中学生のリアルな日常描写
 アニメを見ていて、まずこれに気づく人が大半なのではないだろうか。僕とは年代の異なる現代的な中学生ではあるが、自分の過去と照らし合わせてみると日常描写がリアルであることが伝わってくる。数えるとキリがないが、1話目だけでも、友達同士の少し暴力的なじゃれあい、学外(ファミレス)で出会う異性との会話の難しさ、そこで見栄を張って注ぐドリンクバーのコーヒー、ラインのおちゃらけたスタンプ、電灯のスイッチ紐を使ったシャドーボクシング、などなど出てくる出てくる。この時点で割と視聴者としては、自分の過去と結びつけて、登場人物に移入し始めているのではないだろうか。
 人物の声もそれにともなって、アニメ調ではなく、ジブリ作品に代表されるような、リアルな発声に少し寄っている。特に、よく表現できていると感じたのは、異性間の会話におけるどもりや沈黙だろうか。(言うまでもなく、これは重要なシーンにほど顕著に見られる。)この絶妙な会話の間こそが、次に発せられる台詞を視聴者に予想させ、あたかもその人物になったかのように錯覚させる。沈黙は「秒速5センチメートル」などの新海誠作品においても使われがちであるが、どもりを効果的に使用したアニメ作品は少ないのではないだろうか。少なくとも僕は知らない。

良点2:年齢相応な人格描写
 それから、こういった恋愛モノ、あるいは純文学にありがちな困難として、製作者が展開を自分の思い通りに設定するあまり、人物が年齢からずいぶんかけ離れたものになってしまうことがあるが、この作品にはそれが見られないように感じられる。中学生、それは過渡的で、子供と大人の両方の性質を重ね持つ時期である。本作品で実現した恋愛は、きっと中学生でしかありえないものなのだろう。
 主人公とヒロインは、互いに勇気を出し合いながら接近していく。例えば、ラインを聞き出すとき、個人メッセージを送るとき、告白するとき、デートに誘うとき、一緒の学校に行くことを決意するとき...それら全ては勇気を必要としている。自分で意思決定を行い、それを行動に移していく様は、とても格好良く、大人びて見える。二人にはそれぞれ恋のライバルがいたのだが、ライバルに勝つことができたのは、二人の勇気が上回っていたからに他ならない。ライバルらは、それぞれ勇気を振り絞って自分の思いを伝えるタイミングを逃しており、少しだけ大人になりきれなかったのではないか。主人公らの恋愛の成就には、彼らが少し大人であることが不可欠だったのだ。
 一方で、主人公とヒロインの勇気は無計画なものである。主人公が修学旅行でヒロインをデートに誘うときには先生に携帯を取り上げられているし、主人公がヒロインと同じ学校を志望するときに親にその正当な理由を説明することができない。もし彼らが完全な大人であったのならば、無計画な勇気はやはり実現されることがなく、破局を迎えていたのだろう。主人公らの恋愛の成就には、彼らが同時に少し子供である必要があったのだ。
 最初の時点では、あるいは主人公が告白した時点でさえも、互いが互いでなければいけないわけではなかったのだろう。ただ、お互いの無計画な勇気が、次第にそうさせていったのだ。この作品では、主人公とヒロインが互いに好意を抱く明確な理由は描かれていないのである。本作品の恋愛が「奇跡」であって、「運命」ではないというのはそういう意味だ。通常の恋愛モノでは、理由の存在する運命的な恋愛が多いが、現実の学生の恋愛は本作品のようなものなのではないか。互いが互いに抱く「ちょっといいな」がどんどん加速していき、止まらなくなってしまう感覚を味わった人は少なくないのではないだろうか。
 (しかし、視聴者が果たして、奇跡的な恋愛と運命的な恋愛のどちらを好むかによって、この作品の賛否が分かれるのではないだろうか。そして、「奇跡→努力、運命→才能」と読み替えることで、少年漫画の好みにシフトするのでは。)

良点3:素材選びの上手さ
 本作品では、ラインや口調など現代的な日常が繰り広げられる一方で、ターゲット層が大人になっているという、ある種の矛盾を抱えている。しかし蓋を開けてみると、このアニメは昔ながらの(商店街のような)街並みから始まるし、神社や祭りや自然の描写にもあふれていて、大人でも違和感なく世界観に没入できてしまう。それを可能にしているのは、おそらく本作の舞台を埼玉県の川越市に選んだことにあるのだろう。
 この川越市、関東圏に位置し大量の住民で賑わっており、同時に小江戸と呼ばれる昔ながらの商店街を持っている。縁結びの神社があり、周辺は川や桜などの自然で囲まれている。しかも、大量の風鈴や絵馬が並ぶ景色は壮観である。アニメの作画は少々過剰演出であることは否めないが、同じように華美な表現を持つ新海誠作品に比べてばずっと現実感があるのでは。
 それと、個人的には現地の名産の「いも恋」も本作の世界観を表現するにふさわしいように感じた。皮はモチっとしており塩辛くてあんこの甘さをしつこくさせず、いも部分の風味もマッチしている。食べてみると、作中での主人公の「昔は古臭くて嫌いだったけど、今は結構好き」という台詞がストンと飲み込める。長い間ずっと変わってないような素朴な味にうんざりするかもしれないが、それは一つの完成した味だからなのだ。古き味が現在でも栄える感じ、子供から大人になりいも恋の完成度に気づく感じが、アニメをよく象徴している。

難点1:文学作品の引用・昔のJPOPの引用
 主人公が文学少年であることと繋がっているのだが、このアニメにおいては割と文学作品の引用がしばしば行われる。特に、太宰治の作品が多めだろうか。しかし、それがどれくらい効果的なのかということについては、少なくとも僕は首を傾げざるを得なかった。
例えば、最終話の「人間失格」の引用について。「恥の多い生涯を送ってきました」って、余生での幸福の追求を諦めた者の台詞だろう...。状況がなんとなく一致しているだけで、心情があまりにも乖離している稚拙な引用には否を唱えたい。だいたいそれに、「月がきれいと訳したのは、太宰だったか、漱石だったか」って、それくらい覚えておくべきでは。あるいは、これも主人公の過渡的時期を考慮した、わざとなものなのだろうか...。うーんわからん。
 昔のJPOPの引用であるが、これに関しては僕が少しだけ年代を外しているせいか、あまり伝わらなかった。これも、過去の視聴者の経験を引き出し、より作品の世界観に没入させるためなのだろうか。しかし、だとしても曲はオリジナルで勝負して欲しかったと個人的には思う。

「true tears」との比較:
 中学生の恋愛を描いているということ。主人公が少し(ざっくばらんに言って)隠キャであり、作家を目指し、祭りを踊るということ。対してヒロインは陽キャであり、スポーツのできる人気者であるということ。主人公が子供と大人の境界にいることが、作中で重要な意味を果たすということ。などなど、互いに設定上の共通点は多く、true tearsとの比較は避けられないのではないだろうか。もちろん、現実性を描く意味では、月がきれいの圧勝であろう。しかし、個人的には、どうしても演出面や全体としてのまとまりでtrue tearsに多少軍配が上がってしまう。例えば、true tearsでは絵本の内容がよく主人公の成長に根ざしたものだし、月がきれいでは主人公が祭りをやることがあまり本筋と関係ないので。(true tearsのレビューはまあそのうち...。)


総評:
 物語は、現代の中学生の恋愛を現代の大人向けに巧みに書いた良さと、文学作品やJPOPの引用が稚拙だったことの悪さの差し引きで☆3.5である。
 声優は、異性間の会話のぎこちなさなど、現実を上手に表現していたので☆4.0である。
 キャラは、子供と大人の重ね合わせとしての少年少女期を、現実に極めて近く描き、そこから奇跡的な恋愛の進行というテーマを浮き彫りにすることに成功したため☆4.5である。
 作画は、幻想的な絵を現実の範疇で描くことに成功したので☆4.0である。
 音楽は、JPOPの引用ではなく、オリジナルで勝負してほしいと感じたため☆3.0である。

投稿 : 2017/08/23
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サンキュー:

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