雀犬 さんの感想・評価
3.8
物語 : 3.5
作画 : 3.0
声優 : 5.0
音楽 : 4.0
キャラ : 3.5
状態:観終わった
花束を、君に
知人から「春アニメで一番面白いよ」と教えてもらい、
ちょっと遅れて見始めたのがアリスと蔵六。
このアニメは2部構成になっています。
第1部は謎の組織からの脱出に始まり、能力バトル、日常回を挟んで
第2部は再び能力バトルになるかと思いきやワンダーランドに閉じ込められる。
一見して脈絡がないように見える物語の展開の仕方に、
「予想していたのと大分違った」
という感想が多いアニメなのではないでしょうか。
僕が話の全体像をつかめたのは最終回の一歩手間の11話。(遅い・・・)
ここでようやく点と点が線でつながりました。
この物語のメインテーマは家族愛ではなかったのですね。
{netabare}
真のテーマはズバリ、自我の形成だと思います。
フロイトによると人の心にはエス(es)・自我・超自我という3つの機能があるそうです。
エスとは「~したい」という本能的な欲望で動物的な生きる力の源泉といえるもの。
アリスの夢の子供達はみな食欲旺盛ですが、この設定はエスを表現していると考えられます。
超自我とは良心や道徳心に相当します。主に親のしつけによって作られるものだそうです。
紗名は蔵六を通じて「して良いことと悪いこと」の区別を学びます。
何事にも確固たる信念を持って行動できる蔵六はいわば「人間の完成形」。
頑固おやじと魔法少女という奇妙な組み合わせは絵的な面白さを狙っただけではなく
テーマ上の必然性があったのです。
また第6話・第7話は日常回ですがシリアス回のつなぎではなく、
子供の心の成長を描く重要な回だということが分かります。
しかし人の社会は複雑で全てが善と悪の2つに割り切れるほど単純なものではありません。
夫ともう一度会うために非人道行為に手を染めたミリアム・C・タチバナしかり、
両親の仲を取り戻すためにアリスの夢の能力を使い続けた羽鳥しかり。
「モシャモシャする」という台詞がキーワードとして何度か出てきますが
この言葉は自我がうまく働かず心のバランスを崩してしまっている状態を表現しています。
11話で紗名は自分の年齢を8歳から10歳であると語ります。
一般的に自我の芽生えは3歳で、思春期には自我が確立されると言われていますから
心の成長が遅れていることが分かります。
紗名は人ならざる者であり、ワンダーランドのミュータントです。
ワンダーランドは算数や科学のように法則性のあるものには優れた理解を示しますが
曖昧で複雑な人の心を理解することに苦しんでいるのです。
主人公紗名の精神発達を本来の年齢より遅らせることで
自分の世界を少しずつ作り上げていく様子を豊かなイメージで表現し、
「人間とは何か」を見る者に問いかける。
それがアリスと蔵六という作品の本質だと思います。
なるほど、文化庁メディア芸術祭で受賞するわけです。
最後に大人になった紗名が登場し、花束を手に蔵六への感謝の言葉を贈ります。
おそらく蔵六はもうこの世にはいない。
死者への弔い。それは最も人間らしい行為のひとつ。
このシーンはワンダーランドが人の心を理解できた証と捉えています。
小説「アルジャーノンに花束を」のオマージュとも受け取れますね。
{/netabare}
不満点を挙げると、
未完の作品をアニメ化しているため少し物足りなさを感じることでしょうか。
残念ながら2期は期待薄なので続きは原作で、ということでしょう。
2017/10/9追記
原作8巻まで読みましたが、僕の解釈は概ね合っているのではないかと思います。
でも鏡の門から出したトランプがワンダーランドにコピーされる事の意味は分からなかったです。