「この世界の片隅に(アニメ映画)」

総合得点
82.8
感想・評価
700
棚に入れた
3106
ランキング
350
★★★★★ 4.2 (700)
物語
4.3
作画
4.2
声優
4.2
音楽
4.0
キャラ
4.2

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ネタバレ

因果 さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 5.0 作画 : 4.5 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 5.0 状態:観終わった

悲しくて悲しくて、とてもやりきれない

面白いタイトルを捻り出せなかったのは、私自身の語彙不足というのもあるが、それほどまでにこの作品があらゆる一般的な、凡俗的な形容を拒むほどに素晴らしい作品だったからだ。

舞台は太平洋戦争真っ最中の広島県呉市。主人公のすずが、激化する戦争に日常を少しずつ奪われながらも、夫である周作の家で精一杯生きる様子が描かれる。

ほとんどの戦争映画というのは、基本的に二種類に分けられる。一つは「戦争賛美」で、もう一つは「反戦」である。

前者としてよく挙げられるのが『永遠のゼロ』。どのレビューサイトを覗いても「特攻を美化している」とか「平和ボケした戦争賛美映画」といった感想で埋め尽くされている。私は政治的にはニュートラルな立場でいようと努めているが、そんな私からしても実際そういう感じはした。

後者としてよく挙げられるのは『ジョニーは戦場へ行った』や『ランボー』だ。どちらの映画もアプローチは違えど、明確に戦争反対を謳っている。

両者は政治思想的には全く相対するものだが、ある部分において共通している。それは、単なるプロパガンダ映画と化す場合が多いということである。

私が戦争映画というジャンルにあまり手を付けていないのもこれによる部分が大きい。賛美でも反対でも、どっちにせよ、どうしても制作側の「こうなればよかった」「こうなるべきだ」といった強い思想が見え透けてしまい、登場人物たちのセリフが単なる製作者側の意図の代弁にしか聞こえなくなってしまうことが多い。こうなってしまうと途端に萎えてしまう。受け手に直接「どう?これ面白いでしょ?」なんてわざとらしく語りかけてしまう作品は見ていてキツイものがある。

その点において『片隅』は本当にスゴイ作品であった。

この映画の登場人物は、誰一人として代弁を行わない。一人ひとりがみなそれぞれの自我を持っているのだ。事実、この映画には本当にありとあらゆる考えを持った人間が登場する。戦火の高まりに翻弄されながらも自分のペースでゆったり生きる主人公すずをはじめ、普段は寡黙な軍人だが妻であるすずを誰よりも愛している周作、サバサバした性格で、すずのマイペースすぎる正確に手を焼く周作の姉の径子、闇市での買い物中に家路を見失ったすずとひょんなことから仲良くなった遊郭の遊女リンや、すずが船舶をスケッチしていたのを「間諜行為」としてわざわざ家まで咎めに来る憲兵など・・・それぞれがそれぞれの哲学に従って生きているのが窺える。これは、なるべく思想を同ベクトル統一したがるプロパガンダ的戦争映画には決してみられないものである。

とはいえこの映画にも、反戦映画のように「戦争は嫌だねぇ」といったセリフが登場する。しかし、そのセリフの根底にあるのは、紛れもなくその本人自身の気持ちであり、決して製作者の恣意などではない。だから、多少政治的とも取れる発言が登場しても、上記のプロパガンダ的映画を見ている時のような気持ちの悪さは微塵も感じない。

このように、『片隅』の真価は、ざっくり言ってしまえば、登場人物に「言わされてる感」が全くないことにあるのだ。こんな純潔な作品は他に見たことがない。

そして、完璧なまでに純潔だからこそ―「思想」というフィルターを介さないからこそ―本来的な、ありのままの意味での「戦争」の悲惨さがひしひしと伝わってくるのである。

戦争の激化に伴い徐々に奪われていく日常、それに抗い健気に生き続ける人々、それでも終わりの見えない死と隣り合わせの毎日、少しずつ失われていく、大切なもの、ひと。

終盤、私はこみ上げてくる涙を抑えるので精一杯であった。誰かの思惑の上に成り立つ偽りの悲劇などではない、正真正銘に本物の戦争の悲しみがそこにはあった。「悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない」と嘆くコトリンゴの挿入歌は私の胸を強く締め付けた。

戦争映画のある意味宿命として存在していたプロパガンダ性を乗り越え、「戦争」の悲惨さを真正面から描き切った『片隅』は、これから先も、老若男女問わず見ることができる戦争映画としてアニメ映画界、いや、映画界に燦然と輝き続けるだろう。

まだ見ていない方、殊に戦争系はちょっと・・・と思っている方にこそ見て欲しい。世紀の大傑作である。

投稿 : 2021/02/07
閲覧 : 280
サンキュー:

17

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