ムッツリーニ さんの感想・評価
3.7
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 3.5
音楽 : 3.5
キャラ : 3.5
状態:観終わった
主人公が軍オタだったことが存在Xの最大の誤算
小説投稿サイトArcadiaに投稿されていたweb小説が原作で、書籍化を経てのアニメ化。
当時は「倫理的にアニメ化不可能」とまで言われ危惧する声が高かったように思いましたが、書籍版を読んでみるとそこまででもないような…
この作品は根本的には同レーベル出版の「オーバーロード」と同じく組織運営の難しさを描いた作品で、オーバーロードが「尊敬される上司の振る舞いとその苦労」を描いているのに対し、幼女戦記は「中間管理職たる組織人としての在り方と人を育てる難しさ」を描いているように思います。
確かに両作品とも所謂「俺TUEEE!」系の作品であり、客観的にみると主人公が非道な行いをする場面は多々(大量殺戮や虐殺を行う場面など)ありますが、ホロコーストに代表される現実のほうがもっとヤバいことやってるぞっていうね……
それに、この作品がアウトならば、戦争という時代の中の日常を生きた人々の姿を描いた「この世界の片隅に」やドイツの時事問題や社会風刺を交えてかのアドルフ・ヒトラーの人物像に迫った「帰ってきたヒトラー」も同じように問題視されてしかるべきというか、まず昔から連綿と続く戦争映画というジャンル自体が否定されなければならないわけで。
そもそも両作品とも人種差別はしないし、神の名の元に異教徒を殺したりもしません。アーリア人でもないのに「アーリア人最高!」とか言ってユダヤ人を皆殺しにしたちょび髭のおっさんとは違うのだよ。
人種や宗教を介さない戦争の何と健全な事か。まず何をもって倫理にもとるのか明らかにしてほしいものですよまったく。
いずれにせよ、両作品ともしっかりとした知識を持った大人が書いた作品というのが十分に伝わる内容であり、似たような設定の作品は増えましたがこういう作品は最近少なくなってきたように感じて忸怩たる思いではあります。
(アニメの)話をしよう。
あれは10万…ではなく、2013年のある日の事。
主人公はとある会社の人事部に務めるエリートサラリーマン。
いつものように無能な社員をリストラして帰宅する途中、駅のホームから線路に突き飛ばされ、あわや死亡すると思った矢先、天から声が降りてきた。
それは所謂神の声と思われたが、しかし悲しい事に生粋のリアリストである主人公は神を否定し、かの声を「存在X」として定義するばかりか、信仰を説く存在Xを論破してしまう。
神を自称する存在Xの逆鱗に触れた主人公は信仰を取り戻すための試練と称した天罰(逆ギレとも言う)として、今現在とは真逆の信仰が生まれやすい環境、つまり「魔法の世界」で「戦争」があり「女」で「追い詰められる」環境に転生させられてしまう。
転生の先はかのドイツ第三帝国に酷似したライヒという帝国(地形まで酷似)。貧しい孤児院でターニャ・デグレチャフとして生まれ直した主人公は士官学校へ志願し、自分をこんな環境に放り込んだ存在Xへ復讐する機会を伺いつつ、エリートとして後方で順風満帆な人生を歩もうと画策するのだが――
というのがあらすじ。
前述の通り所謂「俺TUEEE!」系の作品なので、初戦闘でいきなり武功たてて評価されすぎてしまい、本人の意思に反して次々と過酷な最前線に送られます。そのうち一兵卒としてではなく大隊を率い、果ては戦闘団まで率いる事になりますがそれは後の話。
更に言えば原作では帝国の敗北が早々に知らされ、主人公の存在が機密扱いになっていることも明かされます。
一個の存在が戦局を左右するものではないとは「機動戦士ガンダム」でも言われたことですが、これは一つの時代を生きた一人の人間の話であり、勝敗を論じる物語ではないという作者からの宣告であり、本作品にとって重要ではないと言う宣言なのでしょう。
web版は既に完結しているので、書籍版もアニメも同じ結末になる、はずです。
ここからはweb版、書籍版、アニメ版での表現の違いについて。
まずweb版は非常に読みづらいです。
全体的に客観的な描写に終止していて、個人の名称が出てくることは殆ど無く状況が掴みづらい。小説というよりは記録もしくは報告書に近い物です。
これを元に主観的な描写を施したのが書籍版です。
しかしこれも場面の描写は乏しく(というか簡潔)、なぜそのキャラクターがその行動を取るのかという心理描写(あるいは論理と置き換えてもいいもの)が大半を占めていますが、論理の展開が(正しいかはともかく)丁寧で読みやすいです。(解りやすいとは言ってない)
アニメ版はそう言った地の文を全て排除し、情景描写に終止しています。さすがに「2001年宇宙の旅」ほどとまではいかないものの、キャラクターの行動と思考原理がいまいち解りづらく(特にゼートゥーア、ルーデルドルフ両閣下)、アニメが初見の方にこれで全て理解しろというのは厳しいかと……
……ん? 書籍版で情報を保管する作品という意味では、「2001年宇宙の旅」と似通っていると言えなくもない……つまり幼女戦記を見る上では「2001年宇宙の旅」の研究は欠かせないと言うことでは?
という戯れ言は置いといて、さすがに地の文を捨てていると言っても描写が劣っているというわけではなく、むしろ非常に優れていると言っていいでしょう。
特に1話と8話。
1話は後に優秀な秘書となるセレブリャコーフ少尉とレルゲン少佐という(比較的)常識的な立場から客観的にターニャ・デグレチャフという人物の異常性を描き、8話ではグランツ中尉という善良な人物から見た戦争そのものの異常性を描き出しています。
その演出方法自体は特に珍しいものではありませんが、他の話が基本的に主人公視点で進んでいくため、いつの間にか主人公に同調している自分に気付かされるというか。先に名前を出した「帰ってきたヒトラー」もそのような演出をしていて、初めはヒトラーの有能さをアピールしていって彼の考えに同調させるが、最後の最後に彼の根底にある選民思想と「自分が洗脳されていたという事実」に観客も気がつくという作品です。この幼女戦記も主人公は確かに異常ではあるのですが、基本的に主人公の視点で物語が進んでいくため、その考えや行動に慣れきった頃に挟まれる、別の視点から見る自分への衝撃という演出。そのタイミングが素晴らしく、良くも悪くも刺激的な驚きがある作品です。