ブリキ男 さんの感想・評価
4.6
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.5
キャラ : 4.0
状態:観終わった
およそ遠しとされしもの
下等で奇怪、見慣れた動植物とはまるで違うと思しきもの達
それら異形の一群を、人は古くから畏れを含み
いつしか総じて「蟲」と呼んだ。
蟲と人との橋渡しを務めるのが蟲師と呼ばれる者たち。
飄々としていながら思いやり深く、蟲という存在に畏敬を抱きながらも油断せず、抜け目無く賢く振舞うやつ、それが本作の主人公ギンコという男。
ギンコを見ると医者っぽい事を生業にしている所や風貌から、私は手塚治虫先生の往年の名作漫画の主人公ブラックジャックを思い出します。ただギンコの場合、専門は人でなくて蟲、死生観についても生を全肯定するBJよりかはいくらか中立の立場。死を自然の営みの一部として受け入れている所がやや違います。死を退けるのが彼の務めではなく、自然の中に見られる生と死の均衡を観察し研究している様でもあり、※1箱を背負って山野を旅する姿はさながら修験者の様でもあります。
本作で描かれる"蟲"は妖怪や幽霊、はたまた※2細菌やウィルス、あるいは両者のイメージを掛け合わせたもの。そんな風に私の目には映りました。幻の様に姿を見え隠れさせたり、人の体に入り込み奇病を起こしたり、誰もがその存在を認めざるを得ず、それでいて誰にでも見えるわけではない曖昧模糊とした存在。そんな蟲達の起こす事件を解釈し解決するのが蟲師ギンコの仕事です。
作中世界観において、蟲の存在が専門家である蟲師以外の人々にも、蟲師の存在とともにいくらか認知されている所にこの作品の大きな特徴があります。これは蟲が光や空気、上述の目に見えないほど小さな生き物といった、我々の住む世界にも当たり前の様に存在するものと近しいもので、その延長上にあるものという印象を強めています。命の水、生命そのものとされる光酒(こうき)もちょっと酵母のイメージに近いですね。八百万の神とも例えられ、万物に宿るとされる神道におけるカミの概念とも遠からぬ因縁があるようです。
古来から人は、あやかしの類や神隠しなどの怪奇現象を、作り話や人為的なものとは認識しておらず、それそのものと捉えていた事は伝承の中でも語られており、想像の産物としてではなく"あるもの"として受け入れられていた事が知られています。
これは室町時代に起源を持つという百物語の様に、肝試しまたは余興として語られた御伽噺(おとぎばなし)の類とは袂を分かつもので、古事記や伝承文学の説話集として名高い(最近知って読んだんですけど)柳田國男先生の「遠野物語」などでも"事実"として語られている所からも分かります。
民間伝承に残る実際の怪異の真相については知るべくもありませんが、それはそれとして、本作「蟲師」で描かれる数々の蟲にまつわる出来事についても、淡々と語られ、静かな結びの下りとなるところなどがそれらの特色に近く、けれん味や肝試しの要素を盛り付ける怪談物語とは異なった趣があります。子供の頃に聞いた昔話に抱く親しみやすさや、それを懐かしむ気持ちを思い起させる所為か、不思議なリアリティがあり、観ている内に作り物としての印象が段々と薄らいでいき、そして終幕は、語り部が結びの文句を詠う様に、ゆっくりと夢が覚めてゆく様に、いくばくかの余韻を残しながら物語は閉じてゆくのです。やや恐ろしげながら心地良く韻を踏んだ、土井美加さんによる深みのある語りからも、視聴者を作品世界にいざなう魅力がしみじみと感じられるのではないでしょうか?
ただ人物の描写について、現代の私たちがすんなりと共感出来る程に洗練された倫理観、礼儀正しさを供えていて、人情豊かな性格が多く描かれている点が気になりました。安心感がある様でもあり、違和感がある様でもあり、どっち付かずの印象が残ります。書に記録されている江戸時代~明治時代にかけての東北地方の僻地に住む人々(マタギとか)の性格描写には※3極度に排他的だったり暴力的だったりするものも見受けられるので、それで若干の引っかかりを覚えてしまったのかも知れません。
「蟲師」では舞台背景が明確に提示されていないので、現実になぞらえる必要は無いのですが、文明のレベルや文化の種類によって人々の認識が作られるのなら、蟲のいる世界で狩猟や漁、農耕などを生活のつてにしている人々と、文明の利器に囲まれた都会に住む私たちとでは、価値観に少なからぬ隔たりがあるはず‥ごろつきや悪漢の類を登場させるのは論外ですが、ファンタジーの性質を欠けの無いものとする為には何らかの差別化が必要だったのではと思ってしまいました。
表層について、人々の服装が着物である事、金銭のやり取りの描写が殆ど無く、物々交換が頻繁に行なわれる事、子供でも酒を口にする描写がある事など、昔話の性質を十二分に引き立てており見事な演出でした。旅人が一夜の宿を求めて民家を訪れるという、昔話では御馴染みの語り始めがちらほら用いられているのも物語に入り込み易くていいですね。
不満がましい事もいくらか述べてしまいましたが、総じて素晴らしい作品でした。動植物に対する畏敬の念が感じられる世界観、雄大な自然の中で語られる珠玉の和製ファンタジー是非ともご堪能下さい。
※1:木箱に肩帯が取り付けられたもの。修験者の背負う笈(おい)よりも行商人の背負い箪笥に近いデザイン。蟲や液体の入った小瓶とか薬草とかが入っている。リュックよりも重そうだけれど、小さな引き出しがたくさん付いていて必要なものをさっと取り出せる。洋服を着たギンコのしょってる姿が面白い。
※2:細菌とウィルスはかなり異なり、細菌は単体でも生物としての機能を果たすため、無生物にも取り付いて増殖出来ますが、ウィルスは生体の助けを借りなければ増殖出来ません。本作に於ける蟲は"者"と"物"の間にいるものとされているので、どちらかと言うとウィルスに近い存在と言えるのかも知れません。‥蟲は蟲ですね(笑)
※3:怪しい身なり見慣れぬ風体の人物がいたら、人外のものと疑い、取り敢えず銃で撃ってみるとか、かなり酷い行動も見受けられる。
※レビュータイトルおよび冒頭は本編ナレーションより引用させて頂きました。