退会済のユーザー さんの感想・評価
4.0
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
過酷な若者たち
なんでこのテーマなのかというのが疑問に思っていた。少年や若者が劣悪な環境で戦う世界。
ヒューマンデブリというのが出てくる。使い捨ての鉄砲玉。心を殺して戦う。そういう奴だけが生き残る。現代の労働環境となんとなく似ているなと。
使い捨てるということを否定するのが鉄華団の役割。不利な状況を打破するためには、釣り合わないようなリスクを取らなければならない。
アラヤシキという戦闘能力を向上させる手術もそうだ。
現状を打破するためには、必要以上のリスクを取る必要がある。それをわかった上で覚悟を決めて立ち向かうところが良い。
三日月の容赦ないところが良い。それだけの覚悟とリスクを払っている。真摯に生きることに向き合っている。そして、飄々としている。
最終回を見終わって
任侠ものの特徴かもしれないが、国家のもつ大義とは別の動機で戦った少年、青年たち。
生きるため、仲間を守るため。リスクをかえりみずに命を懸けたものたち。
バカな少年たちだ、教育を受けていれば、不幸な境遇でなければと一笑にふすことはできるだろう。この物語では鉄華団は世間からは忘れ去られたとのみ語られる。
このアニメが不幸な展開を迎えながらも面白いと感じるのは 大義 ではない動機で抗い続けたからだと思う。
これが、マクギリスの言う世直しであったら面白くなかっただろう。そうではなく、血の繋がっていない家族を守る、居場所をつくる物語だから、共感を持てた。
大義 は正しいのである。しかし、生き物としての人間としては頭でっかっちでつまらないのだ。
今回ラスタルがその役目だった。確実な方法で若者たちをメタメタに潰した。それは現実的ではあるが、感情的になるならば卑怯でつまらない大人だった。
ジュリエッタはラスタルを心酔していたが、最後の言動を見るともはやそうではなくなったと見受けられる。ギャラルホルンは否定しないが、鉄華団の方が生き方としては正しかったのではないかと。
子ども向けの番組ながら、大人の汚さ狡猾さを隠さずに描いところは、ある意味教育的で、真摯に作ったなと感じる。
また、過酷な若者たちをいくらリスクをとったからといって単純には這い上がらせない、革命は簡単にはならないというところが嘘くさくなく良い作品だと感じる。
王の資質とは何かについて書いてみる。一番はラスタルだった。狐のような狡猾さと、獅子のような威圧力をもっていた。
マクギリスは個人単体の能力は十分であったが、それを過信していた。だからセブンスターズを仲間に引き入れることができず失敗した。力に対して潔癖すぎた。清濁併せ呑むことができなかった。
強くなることの究極はアインや、三日月のように戦闘においては人間性を殺すことだ。彼等は生き残るためにその道を選んだ。
ジュリエッタはその壁に直面し、踏み越えないことを決める。人間性を失って戦うことの恐怖を身をもって知っているからだ。
二周目を観て。
マクギリスがなぜ敗北したのかを考えてみる。
アグニカカリエルというギャラルホルンが作った神話を再現しようとしたことが敗因だ。
アグニカカリエルという神話は、ギャラルホルンの支配を正当化するための方便である。
ギャラルホルンという組織は、自身の方便には従わなかった。設立当初の理想は失われていたからだ。
ギャラルホルンは腐敗しているとわかっているのだから、次の一手があってしかるべきだがそれがなかった。
神話に自分をかけたマクギリスは、ラスタルから見れば子どもだっただろう。なぜ神話ではなく、人や組織の歴史を見ないのかと。
ギャラルホルンは、卓越した個人が始めたかもしれないが、その継続は名もない人々が行なってきた。
結果としては、マクギリス・ファリド事件でギャラルホルンは変わった。独裁ではなく、合議制に移行。支配は縮小した。