なる@c さんの感想・評価
4.5
物語 : 4.5
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 5.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
21世紀を手に入れろ
言わずと知れたクレしん映画の名作であり、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』と並び最高傑作とされている。筆者の好きな作品はこの二作に加えて『ヘンダーランドの大冒険』、『暗黒タマタマ大追跡』などがある。
未視聴の方が今作の感想を読まれると、緊迫した後半部分についてのものをよく見かけるらしく、かなりハードな映画だと思われるらしい。
じゃあハードではないのか?と聞かれれば、しょっぱなからかなりハードだと返す。
20世紀博に通い詰める大人たち。笑顔ではあるが、自分の子をあまりに放置しすぎている。まるで、子などいなかった頃に戻りたいようだ。あの笑顔は『ヘンダーランドの大冒険』で何もしらずにス・ノーマン・パーと接するしんのすけの周りの人々の顔を想起させる。まだ事は起こっていないのに、開始10分の時点で嫌な予感しかしないのだ。
果たして、事は起こる。ケン&チャコが率いる組織 イエスタディ・ワンスモアが宣言した翌日、オトナたちは迎えの車に乗り、20世紀博へ向かう。古き良き時代を完全に再現したあの土地で永久に暮らそうというのだ。自分の子を置いて。もう、ハードでしかない。
しかし、不安でしょうがないであろうかすかべ防衛隊+シロは気丈だ。悪ガキが占領するコンビニに潜入したり、無人のバーで即興のスナックママコントをしたり。内心穏やかではないだろうが、行動をやめはしない。彼らの幼稚園バス運転シーンは敵の隊員や野原夫妻らとのカーチェイスというアクション要素たっぷりの展開ながら、彼ららしい機転の効かせ方によってコミカルなシーンに仕上がっている。コミカルの上でシリアスが成り立っていることを忘れてはならない。
物語後半はあまりに有名だ。
施設内のオトナは懐かしいにおいによって洗脳されている。しんのすけはその内の一人であるひろし(幼少期)を突き飛ばし、靴を脱がし、そのにおいを嗅がせる。強烈なにおいによってひろしは正気を取り戻すとともに、ここに至るまでの人生を思い返す。自分は子供なんかじゃなく、苦難の、そして素晴らしい人生を歩んできた大人であることに気づくのだ。
ここを詳細に説明することほどの野暮はないと思うので、是非観てほしい。そして、10年後、20年後に再び観てほしい。
同様のやり方でみさえも救出する。
そして、いま自分たちがするべきことを明確にする。
ラストシーンが有名ではあるが、野原一家はその少し前にケン&チャコの自宅にお邪魔している。そこでケンは自分の野望を洗いざらい話すのだ。
「俺たちはこれからスイッチを押しにいく。お前らはそれを防げばいい。未来を変えるには、動くか動かないかだ。どうする?」
太陽の塔とともに20世紀博を象徴するタワー。その頂上にあるスイッチで懐かしいにおいが全国にばら撒かれる。それは、21世紀の終焉、そして永遠の20世紀の幕開けを意味する。
秘密裏ににおいをばら撒くことができたにもかかわらず、ケンは計画を話す。自信があったのか、それとも21世紀というものにまだ少し希望を抱いていたのか。。
走る、という行動は人にポジティブな印象を与える。
『明日のナージャ』のOP冒頭
『NARUTO』のED10サビ
『時をかける少女』例のシーン
『千年女優』例のシーンなど。パッと思いついた数作品だが。
『化物語』OP5サビ前という例外もある。
今作のキモであるしんのすけの階段駆け上がりシーンには、ポジティブなイメージとともにBGMのタイトルでもある「21世紀を手に入れろ」というメッセージをひしひしと感じる。
個人的に「21世紀を手に入れろ」は後世語り継がれるべき劇伴曲と思っている。前述のひろしが正気を取り戻すシーンで流れる「ひろしの回想」のアレンジが前半部分で流れ、バイオリンでタメてから一転してストリングスとティンパニを効かせた重厚な音楽になる。しかしながらバックでは電子的な音がなっていて、21世紀を思わせる曲調だ(電子音楽が7、80年代からあるという当たり前の指摘はご遠慮願う)。転調に次ぐ転調を繰り返し、テンポが早まり、ラストスパートへ。ここまで物語を追えば、視聴者の意識はしんのすけと完全に同化し、あたかも一緒に(もしくはしんのすけとなって)走っているような感覚に陥るのではないか。
作画について。
原恵一監督作品ということもあり、タワーの背景が非常に現実的に描かれている。金属的な質感が丁寧な塗りで表現されていて、重さがある。
また、タイミングも素晴らしく、BGMのメインフレーズが一旦終わり、次のメインフレーズに移行する際の忙しないストリングス音のパートでケン&チャコがエレベーターで昇るシーンが挟まれる。テンポが上がった一番の盛り上がりでしんのすけが階段を昇るシーンに移る。代表的な背景動画シーンであり、徐々に粗くなっていく線が疾走感を引き出す。
あらすじと並走する解説はここまで。
万博世代の方のレビューで「この作品を私達世代以外の日本人が見て面白いのだろうか」という疑問があるが、とても興味深い。むしろ、小学生低学年の頃に映画館で「悪いオトナをぶっつぶせー!」という心持ちで観ていた筆者のようなガキの方が、10年後見返した時にこれ以上なく大人側に感情移入できるのだ。
ひろしの靴のにおいはしばしばギャグに使われるが、回想シーンで先が長いローン返済のため、なにより妻子供を養うために汗を流して働くひろしの姿を見ると印象が変わる。あれは積み重ねた人生の中での努力の結果のものなのだ。
親世代の方は自分に重ねて感情移入できる。子どもは自分の親が少しかっこよく見える。子どもに見せたくないアニメとはなんだったのだろうか。