ブリキ男 さんの感想・評価
4.5
物語 : 4.0
作画 : 4.5
声優 : 5.0
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
悲喜劇と呼ぶに相応しい、言葉と魔法に満ちた古典演劇
物語は一人の少女の死から始まります。
空っぽになった心を代わりの何かで満たす様に、二人の少年、その一人、不破真広は復讐の徒と成り果て、いま一人、滝川吉野は諦めと義務の中で葛藤します。運命のいたずらか必然か、魔力を手にした真広と吉野は歪んだ世界を維持する力、それを修正せんとする意思が絡み合う中、混沌のるつぼへと落ちていきます。
言葉の掛け合いから生まれた魔法と表現せずにはいられない、前半のハイライトである真広、※1左門、吉野の問答を筆頭に、作品全体を通して、シェークスピアからの引用も交えた数々の皮肉と機知を交えた会話が、演劇調でもあり、劇画調でもあり、時に心地良く時に痛快です。
一方で、※2魔具を始めとした供物を"はじまりの樹"に捧げる事によって生み出される魔法表現や活劇描写にも大きな見所のある作品です。魔法は高速移動や防御フィールドなど単純なものが殆どですが、それ故に体術や武具による格闘との相性が良く、軽薄さが無くしっくりと馴染みます。作画の丁寧さも手伝って非常に美しい映像に仕上がっていると思いました。
レビュータイトルに"悲喜劇"という言葉を入れている通り、笑える場面も多々あります。特に先に挙げた真広、左門、吉野の問答における、真広の理詰めで身勝手な発言、他方、左門の策を弄する大人振り、加え生真面目さ、そして吉野の抜け目の無さ、もとい口から出任せ嘘八百の発言は絶妙なコントラストを生み出し、※3背景グルグルも相まって大いに笑かされました。(なのにBGMは荘厳なクラシック。奇抜なセンスです。)
後半にはさらにラブコメ要素が多分に加わり、乙女な葉風さんやへたれヒーローの登場で、まるで振り子の様に行ったり来たり、喜劇と悲劇を互い違いに行き交いながら物語は進行します。
{netabare}
また本作はループものではないのですが、時間跳躍の表現が有り、現在(いま)と過去が干渉し合い、世界のあり様は柔軟に姿を変えていく様です。
作中で描かれる樽のエピソードにて、過去の樽に文字を刻むと現在の樽にも同じ文字が刻まれるという表現が有りますが、※4こういった現象は現代の科学では確認されておらず、説明も出来ていません。因果関係が逆転しており、物理法則にも反するというのがその主な理由です。しかし本作ではそれが可能になっています。つまり現在を変える事で過去起きた事実を変え、またその逆も可能であるという世界観です。それゆえ辻褄あわせが成功すればそれが正しい時間の流れとして認識される事すらあります。ここまで綴ってみて、それってコンピュータプログラムのバグ修正と似ているなぁと思ったり思わなかったり‥。
{/netabare}
ファンタジーの定義とは、※5ルールは自由に作っても良いが、作ったルールは守らねばならないというものらしいので、絶園のテンペストは上記を厳守した正統なファンタジーと言う事が出来るのではないでしょうか?
量子論から予言された※6多世界解釈を信じるなら、過去を改変する事で未来を変える事は出来ないともされていますが、絶園のテンペストはSFならぬファンタジー、この点は完全に無視しても良いかと思われます。なので、本作では唯一の時間軸のみが存在し、過去が現在に、現在が過去に相互に影響を及ぼす、架空の世界観に基づいた物語とみなすのが順当かと思われます。
最後にキャラについて。色々な意味で最強の、生粋のお嬢様ヒロイン不破愛花(様?)をはじめとし、超高スペックなのに初回から散々な目に遭い、受難続きの28歳、自称無職のエヴァンジェリン(フロイライン)山本さん。トレンチコートとソフト帽がトレードマーク、一騎当千の魔法使い、質実剛健にして勇猛果敢な"槍男"さんこと、鎖部夏村さんなど強烈な個性を持ったキャラにも大きな魅力のある作品です。
前期OP「Spirit Inspiration」もたまらなくカッコイイ!
雛形に従った作品に辟易したら、言の葉と魔法に満ちた牢獄の中でテンパってみるのも一興かと‥。見つかるものが必ずあるはず。
果てに見えるのは喜劇、あるいは悲劇‥?
※1:魔法使いの一族、鎖部(くさりべ)の長。容姿端麗、荒事も割とこなす、超堅実派で冷徹な面もあるが根は‥。"堅実"と書いて"テンパる"と読むのが彼のスタンダードらしい‥。
※2:魔力を封じた品々。指輪、ナイフ様々なものがある。これらを用いると魔法使いとしての素養の無い一般人でも魔法を行使出来る。
※3:困惑を表すインクを水に流した様な背景描写と不安をあおる効果音。左門は紫とか、葉風さんはピンク。葉風さんは鎖部一族のお姫様でかなり乙女な人。彼女の場合、恋愛感情が高まり過ぎるとグルグル状態になる。一般的には"ぐにゃあ"と言うらしい。
※4:洋画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でも似た様な現象が描かれています。過去を改変した所為で未来の写真の像が変化したり、未来から来た自分自身の存在も脅かされたりするというもの。
※5:正確な引用ではありませんが、ニュアンスは間違っていないはず。ゲド戦記の作者であるル・グウィン女史が昔のエッセイ集「夜の言葉」でそんな事を言ってました。さらに続くSFの定義とは、既に実証された科学法則に抵触しないファンタジーであるというもの‥。私も概ね同意。
※6:タイムパラドックスを解決するそれなりに有力な一説とされますが、この説を容認するなら、多くのループものの主人公は、ループの度に自分にとって満足のいく世界を見出しつつ、それを選び取っただけという事になります。かなりきつい言い方ですが、例えばある人物がある世界を容認出来ずに、タイムトラベルを行って過去に戻った場合、後にした世界を見捨てるのと同義であると解釈出来てしまいます。
本作を通じてタイムトラベルに興味を持たれた方にはクリフォード・A・ピックオーバー著「2063年、時空の旅」という本がお勧めです。物語形式で様々な種類のタイムトラベルの可能性について論じられています。数式などかなり少なめで非常に読みやすい本だと思います。