101匹足利尊氏 さんの感想・評価
3.4
物語 : 3.5
作画 : 3.0
声優 : 3.5
音楽 : 4.0
キャラ : 3.0
状態:観終わった
新海誠監督による壮大なジブリ感想文
こんなレビュータイトル掲げて、微妙な点数付けると、
本作はジブリのパクリ作品との批判に便乗していると思われそうですが(苦笑)
実際、初見時は私もあまりにもジブリを思わせるカットが多過ぎて、
集中して観ることができなかった作品。
で、後になって、もうパクリだの、二番煎じだの、言っても仕方がないから、
ジブリ好きとして宮崎駿監督作品の感想を、新海監督と共有する気持ちで再見しよう。
そう開き直って再挑戦したら、ようやく折り合いが付いた次第。
死は生の一部分。穢れもまた世界の一要素。
こうした駿監督のメッセージは新海監督にも届いてはいるようです。
ジブリらしき多数のシーンは受信サインとも解釈できそうです。
ただ新海監督が駿監督と違うのは、
死や喪失を消化するには、もっと多くの時間や心情を注がねばならないのではないか?
という問題提起にあると思われます。
作中で印象的だったのは、
{netabare}喪失を受け止めきれずに亡妻の蘇生に執着する男と、
異世界にて、滅びの運命も、
大きな世界の一部と諦観する村の老人との対話。
運命に抗うなと諭す老人に対して、
そうやって喪失を嘆いたりする人間の感情を無視するから、
この村は滅びに向かっているのではないか?と反発する男。
それはまるで、巨大な思想で生死一体、清濁一体の世界観を構築した駿監督に対する、
新海監督の心情吐露にも思えました。{/netabare}
確かに駿監督のおっしゃることは思想的に極めて正しい。
死も巨大な営みの一部。もっともだ。正し過ぎる。
私もこうしてジブリをオマージュして敬意を表したい。
……でも駿監督、人は簡単に失われた物に踏ん切りが付けられるほど強くはない。
別れを受け入れるには、もっと数多くの心理描写が必要なのではないですか?
以上は私の幻聴かもしれませんが(汗)
本作には失恋の痛み一つで作品一つ構築してしまうような新海監督の、
死や喪失に関するジブリ考察が散りばめられていると私は思います。
さらに私が新海監督のこだわりを感じるのは、
別れの悲しみは、子供にとっては認識すら困難であるとの主張。
主人公少女に到っては、
{netabare} 孤独故の寂しさから逃避する自らの心情に気が付いてすらいない。
で、{netabare} 異世界の果てまで歩き続けてようやく自分の悲しみに気が付く。 {/netabare}
こうした表現は、{netabare}死別の衝撃で言葉すらなくした異世界の少女{/netabare}にも見られます。{/netabare}
喪失を思想で割り切って許容するには、
少年少女は、いや一部の大人にとっても、
あまりにも経験不足で幼すぎる。
この主題は繊細過ぎて、さらにジブリらしきカットのノイズもあって、
受信仕切れていない方も多いようですが、
私はジブリの巨匠とはまた違う、新海監督の意地を感じる重要な要素だと思います。
テーマがテーマだけに本作はジブリっぽいばかりでなく、
主人公の動機その他について酷くグズグズしているようにも感じます。
でもだって仕方がない。人間はグズグズしているもの。
亡くしちゃったけど、はい、また明日。
……何て、都合良く切り替わるものではない。
傷を舐め合いながらジブリについて語り合う。
喪失による傷の手当に多くの言葉を欲する現代人に向けた、
新海監督によるジブリ鑑賞記です。