「もののけ姫(アニメ映画)」

総合得点
89.8
感想・評価
2052
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ランキング
73
★★★★★ 4.2 (2052)
物語
4.2
作画
4.3
声優
3.9
音楽
4.2
キャラ
4.1

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101匹足利尊氏 さんの感想・評価

★★★★★ 5.0
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

『もののけ姫』と網野史学

かつて、日本の歴史観において、
封建時代の民は土地に縛り付けられ動かない物
と根拠なく決めつけられていました。

古代律令体制においては定住し、耕作して、税を納める民は良民。
それ以外の戸籍で把握できない流民は賎民と蔑視もしくは無視。

明治政府も近代化以前の民が如何に遅れていたかを喧伝すべく、
民が土地に固縛された発展なき前近代を強調。

戦後もマルクス主義の唯物史観を信奉する知識人・文化人らによって、
前近代の移動の自由なき農奴、小作農という固定観念は、
打倒すべき封建領主、搾取層への攻撃材料に利用されました。

誰にとっても都合が良かった動かない民という前近代史像。
私が小学校時代も、唯物史観の影響を受けた教師から、
江戸時代の百姓は半径数キロ圏内から出ることなく一生を終えた
との理論先行の仮説を正史としてご高説されたものです。


そんな歴史観に一石を投じて来たのが、中世史家・網野善彦氏でした。
律令体制やその他の道徳的価値観が有名無実化した室町、戦国の乱世。

網野氏は民の固定を前提とした体制の綻びから見えた、
列島を自由に活動する中世民を活写。
人の移動から新たな歴史像を構築しました。

ですが、歴史の実像より、中世と近世の境目はどこか。
などという発展段階論にお熱だった戦後の学会において、
網野氏はやや異端の存在。

列島における移動民の活動も、一部の歴史学専攻者などのみが理解する、
マニアックな視点で終わるかに見えました。


流れが変化したのが、1997年。『もののけ姫』の公開でした。
当時スタジオジブリは世間の先入観による、自分たちのテーマ伝達の阻害を問題視していました。

映画版『風の谷のナウシカ』はWWF(世界野生生物保護基金)推薦の環境保護ビデオ。
『となりのトトロ』は日本の原風景を美しく再現したノスタルジーアニメ。

ジブリは一貫して清濁併せ呑んででも生き抜こうとする人間を伝えて来たはず……。
ですが上記のジブリ=浄化アニメのイメージが鑑賞者とのキャッチボールを邪魔して来たのです。

そんなジブリが環境保護絶対正義への反証材料として、たどり着いたのが、
製鉄のため山ごと森を削り取る西国のタタラ場。
そして日本の原風景たる農村という固定イメージへの反証材料のとして行き着いたのが、
縄文以来の森の神々たちであり、
農村以外の民の実像にも着目した網野氏の歴史観だったのです。


『もののけ姫』において主人公は東から西へダイナミックに移動し、
タタラ場では鉄を軸にした活発な商業活動がある。
そして何より律令体制以来の農村の家父長制とは異なる、
生き生きし過ぎた強い女性たちがそこにいる(笑)

さらについ最近、ハンセン病裁判決着まで日本人が直視できなかった
“業病”患者の生き様など、
従来の歴史観では拾われなかった暗部まで容赦なく描写。

生と死。浄き物と穢れた物。救いと呪い。
時に生首が飛ぶ、妥協なき作画も交え、
鑑賞者に薬と毒を一気飲みする未知の体験を強要したのです。


この一撃も効いたのでしょうか?
後に網野氏の歴史観は晩年、講談社の日本史概説シリーズの初巻に抜擢されるなど、
一般にも認知されることとなりました。

土地から解き放たれた中世民の活動を、
多くの日本人が共有した『もののけ姫』という体験は、
日本の歴史観の面でも革新的な出来事だったのです。


本作は映画版『風の谷のナウシカ』から続く宮崎駿監督の哲学。
その集大成でもあります。

思索の過程をスムーズに理解されたい方には、
映画版『ナウシカ』から漫画版『ナウシカ』、『もののけ姫』と、
練り歩くことを是非オススメします。

映画版『ナウシカ』にて、汚れた世界で人は如何に生きるのか?と問題提起し、
漫画版『ナウシカ』にて、汚れを忌避してばかりではいられないことを説き、
『もののけ姫』にて、清濁併せ呑んででも生きろ!と喝破する。

その後も何度か繰り返される(苦笑)宮崎監督の引退をかけた渾身の一撃。
巨大な思想の塊で頭を殴られる衝撃を存分に味わうことができると思います♪


個人的にはスタジオジブリのマイベスト作品。
イケメン戦国武将は出てきませんがw
マイベスト歴史アニメの筆頭としても挙げたい作品です♪

投稿 : 2016/05/19
閲覧 : 454
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