「響け! ユーフォニアム(TVアニメ動画)」

総合得点
91.1
感想・評価
3141
棚に入れた
13963
ランキング
42
★★★★★ 4.2 (3141)
物語
4.1
作画
4.4
声優
4.1
音楽
4.3
キャラ
4.1

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ネタバレ

ヤマザキ さんの感想・評価

★★★★★ 4.6
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 4.5 音楽 : 5.0 キャラ : 4.0 状態:観終わった

【超・長文の追記あり】元・ブラバン少年、としての評価(H29.01.25 「2」のレビューが書き切れなくて、こちらに追記しました)

【追記】H29.01.25 「2」のレビューが書き切れなくて、こちらに追記しました。一番下にありますので、読みたい方はスクロールしてください。

もうものすごく昔の話になってしまいますが、中学・高校と吹奏楽部に所属していました。その頃はまさか「吹奏楽部」がアニメ化されるなんて夢にも思いませんでしたが(というか、明らかに技術的に無理、とたかをくくっていましたが)、それを成し遂げたというところからまず賞賛したいです。

しかも、単なる「吹奏楽マンセー」にせず、そのいやらしいところ、歪んだところ、「受験」との兼ね合い、練習面等における高校生故の要領の悪さ(と、その背後にある純粋なまでの愚直さ)をきちんと描いたこと、これまた大絶賛です。おじさんは目頭が熱くなりました。作画も美しいし(陽光に照らされて光る水面の表現なんて、ホントビックリです)、声優もピッタリ、トランペットのソリストを巡っての対決は、マジで鳥肌が立ちました。いやはや、スゴイアニメです。

手放しで褒めてばかりでもつまらないので、「敢えての難点」を指摘しておきます。
・主人公(久美子)と麗奈の関係、主人公と葉月・緑輝の関係は理解できましたが、麗奈と葉月・緑輝の関係が薄かった、というか、全く描かれませんでいた。
・マニュアルアニメじゃないのだからそればかり描かれるのも困るのですが、たった半年に満たない期間で弱小校を関西大会出場まで持っていった滝先生の手腕をもっと描いて欲しかった。
このあたりは既に制作が決まっている第2期に期待しましょう。

---

以下、放映時に自分のFacebookに投稿した文章を、一部修正して掲載します。なんとも畏れ多いことに「超・長文」です。かなり骨が折れますので、興味のある方だけどうぞ。うっとうしいので畳んでおきますね。

【長文注意】「響け!ユーフォニアム」の感想(その1:「年功序列と下克上」)
{netabare} 傑作アニメ、「響け!ユーフォニアム」が終了して約1ヶ月。「これが第1期で絶対に第2期がある」と確信しているので、「ひびロス」感はあまりないものの、でも時間を見ては撮りだめしていた録画を見返しています。そろそろ第2周目が終わるというところまで来ました。
 いやはや、とにもかくにも感想の多いアニメです。ストーリー的にはもちろん、作画としても劇中音楽にしても、こんなに情報量の多いアニメは初めてかもしれません。語り出せばキリがないのですが、今日はそんな感想の中から一つだけご紹介します。
 高校1年生の主人公の所属する北宇治高校吹奏楽部。新任の滝先生の指導の下、(かなり誘導尋問に近かったですが)「今年は全国大会出場が目標」ということになり、例年は行っていない「オーディション」を部員に課すことになりました。つまり実力本位でコンクールメンバーを選び、たとえ上級生であっても実力がなければ、下級生がコンクールメンバーとして優先されるということです。それはソロパートも同じであり、トランペットでは、3年生の中世古先輩より、1年生の高坂麗奈の方が上手いということで、1年生がソロを吹くことになりました。
 日頃から中世古先輩を慕っている2年生の吉川優子はそれが気に入りません。吉川は、滝先生と麗奈がかねてより知り合いだったという噂を偶然聞き、滝先生にそのことを「ひいきだ」と指摘することで、再度のオーディションで中世古先輩と麗奈を部員全員の前で演奏させ、比べさせるところまでこぎ着けます。
 さらに吉川は、「先輩は最後の年なんだから、負けてやってくれ」と麗奈に頼みます。しかし、「私は特別でありたい」と言ってのける麗奈はこれを拒否。コンクール前の舞台練習の時に2人は正々堂々と勝負し、そして麗奈が勝ちます(この2人の勝負は圧巻!)。中世古先輩を応援していた吉川は、大粒の涙を流して泣き崩れます。
 ・・・なんとも残酷なシーンですが、よりよい演奏を目指そうとすればこれは必然であり、吹奏楽の強豪校では当然のことなのかもしれません。しっかりした音楽をお客さんに届けようとするのであればそれもまた当然なんでしょうけれど、でも、それでいいのかなぁ・・・、という気もします。
 実は私が中学2年生の時に、コンクールメンバーを実力本位で決めたことがありました。結果、3年生のうちの何人かが最後のコンクールに出られなくなり、そして実力のある2年生がコンクールに出場しました。3年生の数人と、私たちの同級生(2年生)の約半分がコンクールに出られませんでした。
 これはこれでかなり波紋を起こした出来事だったのですが(ちなみに私はこれに絡んで「暗殺」されそうになったのですが、この話は別の機会に)、このメンバーチョイスが本当に問題を起こしたのは、その3年生が引退して、私たちの代が部の最上級生になった時でした。約半分を占める「2年時にコンクールに出られなかった最上級生」が、「もし来年もコンクールに出られなくなったらどうしよう」と疑心暗鬼に駆られ、自分のパートの後輩の指導を拒否し、あげくには他のパートであっても、「できる後輩潰し」にかかったのです。結果、部内の人間関係はガタガタになり、私たちが3年生の時にはまったく冴えない演奏をし、当然のことながらコンクールは惨敗でした。
 アニメ的には吉川は悪役です。音楽より私情を優先し、そして裏から手を回して高坂麗奈を負けさせようとします。でも、そんな経験をした私にとって、彼女の気持ちはよくわかってしまいます。もし高校生の私が吉川の立ち位置にいたら、同じことをやったかもしれません。・・・いや、同じことをやったろうな、と思います。

「なあ、高坂さぁ。お前、中世古先輩にソロを譲ってやれよ。いや、お前の方が上手いのはわかるけどさ、でも、中世古先輩、最後なんだぜ。最後くらい花を持たせてやれよ」
「来年のことを考えてくれよ。こんな下克上がまかり通る部になっちゃったら、来年以降大変だぞ。お前はいいかもしれないけど、他のパートでも後輩の指導をきちんとしない奴が出てこないか?今回お前がソロを吹くってことはさ、来年以降、そういうリスクも考えなくちゃいけないってことだぜ」

 ・・・ううう、したり顔でそんなふうに言ってる自分の姿が目に浮かぶわい。ぐわぁ~。
 あるプロのミュージシャンが、雑誌だったかネットだったかでこんな相談を受けていました。

「将来音楽大学に行ってプロプレイヤーになりたいと夢を持っている高校生です。吹奏楽部にも入っているのですが、ある人から『将来プロになりたいんだったら吹奏楽部をやめたほうがいいよ』って言われました。先生はどう思いますか?」

そのミュージシャンの回答はこうでした。

「高校時代に青春を味わいたいのでしたら吹奏楽部を続けなさい。でも、ずっと音楽で食べていきたいのであれば吹奏楽部をやめたほうがいいです」

ものすごく的を射た意見だと思います。言い方を変えれば、「音楽」と「青春」は両立しないのかもしれません。残酷だけど、これは真実なんでしょうね。

 そして、高校時代の自分は、「音楽をやっていなかった」とまでは言いませんが、少なくとも「青春>>>>>音楽」だったんだろうな、と、あれから30年以上経ってからしみじみ思います。
 ・・・夜中になんだか盛り上がって書いちゃったな。こんな長文、誰が読むかっての(^^;;。{/netabare}

【長文注意】「響け!ユーフォニアム」の感想(その2:「指導者の役割と高坂麗奈の矛盾」)
{netabare} こりもせず、そして間髪を置かずして、「響け!ユーフォニアム」の感想第2弾です。今回は「指導者の役割と高坂麗奈の矛盾」というテーマでお送りしましょう。
 まずは私の体験談から。私が中学時代に吹奏楽を始めた頃、私が住む県内ではO先生に率いられたM高校が無敵の強さを誇っていました。当時のM高は全国大会常連で、その当時3年連続全国大会金賞を受賞していました。
 そのO先生最後の年のM高の定期演奏会に行ったところ、そのパンフレットに「O先生名言集」というのがあって、その中にこんなセリフがありました。

「お前らは絵の具だ!濁りのない音を出せ!俺がそれで絵を描く!」

かなり直感的ですが、嫌悪感を覚えました。なんかいやだなぁと思いました。その時の嫌悪感を後年、高校生になってから分析すると、きっと、音を出している生徒達のことを、「絵の具」というちっぽけな、しかも代替可能なものに例え、まるで「何も考えるんじゃない」みたいなことを言っていたと解釈し、それで嫌悪感を覚えたのだろうと思いました。だから私は絶対に「絵の具」にはなりたくなかった。大きな絵のどんな小さな一部分でもいいから、「自分で描いた」と言えるようなそんなプレイヤーになりたいと思ったものです。
 ・・・でも、吹奏楽というジャンルの音楽を考えるとき、やはりこのO先生の言っている言葉は、間違いなかったと思うのです。ただ、そこにある嫌悪感はそのままにして・・・。
 その後、多分大学生になってからです。吹奏楽コンクールのパンフレットを見ていて、ある時、こんなことに気づきました。

「なんで、演奏者の名前が出ないんだろうか?」

学校の先生たる指揮者の名前は出ているのに、生徒の名前が掲載されてないなんて、おかしくないか?と思いました。思えば他の部活動であるスポーツなどでこんなことはあるでしょうか?フィールドで動いている生徒の名前は隠されているのに、監督である顧問の先生の名前だけが公表されるスポーツなんてあるのか?というと、そんなのほとんどないですよね。
 その時私は気づきました。O先生の言葉も合わせて考えると、つまりはこういうことなのです。

「ああ、吹奏楽コンクールって、突き詰めれば『指導者コンクール』なんだ」

 だから、演奏者の名前も出ないのです。なぜかというと、演奏者は「絵の具」だから。美術館の絵画の脇に、使用した絵の具のメーカーや色が掲載されないのと同じなのです。
 その頃からです、私が吹奏楽に興味を失ったのは。やはり私は「絵描き」になりたかったのです。
 さて、やっと「響け!ユーフォニアム」の話に入ります。この物語では、新任の滝昇先生が北宇治高校に赴任し、「絵描き」として吹奏楽の指導をするようになってから、北宇治高校はどんどん上手になります。そして、昨年は京都大会銅賞だったのが、金賞を受賞して関西大会に駒を進めることが決まったところで、この第1期が終了になります。
 なんでそんなに上手くなったか?どんな指導をしたのか?については、この話は「吹奏楽版ドラゴン桜」じゃないんだから、そんなに触れなくてもよいでしょう。でも、この滝先生の指導で紹介されていたうちのひとつが、「グラウンドを全力疾走した後、すぐ楽器を持ってロングトーンをする」というまったく意味不明な練習だったことは、ツッコミどころとして紹介しておきたいと思います。
 一方、その「絵の具」たる生徒達、主人公達の話ですが、・・・ああ、まだこのアニメの主人公の名前すら紹介していない(^^;;。でもここでは敢えてまた、副主人公たる存在の高坂麗奈(tp)のことを書きます。
 前にも書いたとおり、高坂麗奈は「特別になりたい」がためにトランペットを吹いています。その心情は、すごく共感できます。そして同時にそれは、「絵の具たることを良しとしない」という心意気のようにも聞こえて、すごく好ましいのです。吹奏楽をやっている頃でも「絶対に絵の具になりたくなかった」私としては、このアニメの中で出てくるキャラクターの中で、もっともシンパシーを感じます。人に流されてばかりの主人公なんかより、数十倍好ましい。
 ただ、その「特別になりたい」という言葉と、麗奈の言動がいまいち一致しないような気もしています。
 中学時代、麗奈と主人公の黄前久美子(eup)(←あ、やっと名前が出た)の所属する中学校の吹奏楽部が、京都府大会で金賞を受賞するものの、関西大会には進出できませんでした(いわゆる「ダメ金」というやつです)。麗奈はボロボロ涙を流して悔しがります。曰く「死ぬほど悔しい」・・・。
 その後麗奈は滝先生の指導を受けたいが為に、吹奏楽の強豪校の推薦を蹴って、北宇治高校に入学します。だから、滝先生の悪口にはすごく敏感です。

「滝先生はすごい先生なんだから!悪口なんて言ったら許さない!」

と言って、ものすごい剣幕で怒ります。でも、その「コンクールの結果依存」あるいは「指導者依存」ともいえる姿勢が、どうも「特別になりたいからトランペットを吹いている」と明言する麗奈の姿勢、あるいはソロを吹くためには上級生の圧力にも屈せず堂々としている麗奈の姿勢と、なんかいまいちマッチしないんですよね。っていうか、矛盾を感じるんですよね。
 やはり思うんですよ。麗奈がもし本当に「特別」になりたいのだったら、吹奏楽という枠を飛び出して、あるいは滝先生という呪縛から逃れて、クラシックでもジャズでもいいから「ソリスト」として生きていくべきじゃないのかなぁ・・・。ホント、彼女のプレイヤーとしての未来のことを考えると、心からそう思います。
 ちなみに、麗奈は主人公の久美子に対してこんな告白をします。

「私、滝先生のことが好きなんだよね。・・・likeじゃなくてloveの方」

・・・もし彼女の「特別になりたい」が「滝先生にとって特別な存在になりたい」であったとしたら、すごく興ざめです。彼女に対する尊敬の念はあっという間に霧散します。第2期からのストーリーがそうならないよう、心から祈っております。{/netabare}

【長文注意】「響け!ユーフォニアム」の感想(その3:「上手くなりたいっ。でも、どうしたら上手くなるの?そもそも上手いって、・・・何?」)
{netabare} 今日のテーマは「上手くなりたいっ。でも、どうしたら上手くなるの?そもそも上手いって、・・・何?」。
 また今日も、私の高校時代の思い出話から。当時17歳のヤマザキ少年はいくつもの悩みを抱えていました。とりわけ切実だったのは、当時の学業成績・・・。「ヤバいっ!」。そう、当時の私の成績では、正直言ってどこの大学にも入れなさそうでした。これはなんとしても勉強しなくちゃ、受験勉強を始めなくちゃ・・・。そうは思ってみたものの、さて、いったい、どこから、どんな感じで、勉強に手を付けていいかがわかりません。というより、そもそも「勉強の仕方がわからない」のです。仕方ないから英語の参考書とか読んではみるのですが、時間をかけても何しても眠くなるだけで、翌朝になればきれいさっぱり忘れている始末。自分にほとほと呆れたものですが、運良く当時教室の後ろの席に座っていた気のいい優等生に泣きついたところ、旺文社の「大学受験ラジオ講座」を教えてもらい、それによって私はなんとか息を吹き返したのです。
 それから8年後、塾講師として高校生に勉強を教えることになりました。「努力しても成績が伸びません」、そういう高校生達を見ていて思ったのは、「とにかく要領が悪い」。なんだか無駄な努力を必死になってしているのです。その姿は、8年前の自分の姿と重なるものでした。高校時代の努力なんて、「空回り」するのが当たり前なのかもしれません。そして、ほんの一握りの要領のいい、言い換えれば努力の全てを成果にできるような人たちが、いわゆる文武両道の優等生として周囲に認められるのかもしれません。
 さて、「響け!ユーフォニアム」の話。その3になってやっと主人公について語ります。ユーフォニアムの黄前久美子。第1期全13話のうち、なんと第12話だけが彼女が真の主役だったりします。それ以外はなんというか、単なる傍観者。主役をここまで傍観者に徹底させたのは、ある意味主人公が最終回にならないと魔法少女にならない「魔法少女まどか☆マギカ」以来ではないでしょうか?
 その第12話ですが、ユーフォニアムにアレンジ上の都合で新たに吹くことになったフレーズが加わります。これが結構細かくて難しい。3年生の田中あすか先輩はこれを難なくこなしますが、1年生の久美子はすんなりとは吹けません。ここで久美子に火が入ります。高校入学時にはクールで全てが人ごとみたいな久美子だったのですが、高坂麗奈(tp)に影響を受けたからか、この頃はすっかり熱血になっており、個人練習をずっと続けます。その結果、日陰で練習していたのにそこがいつの間にか日なたになって、炎天下灼かれているのにも気づかず、挙げ句の果てに鼻血を出すが、それでも練習をやめないというほとんど木口ラッパの状態。おお、やっと主役らしくなってきたな、と感じさせておいて突き落とすのがこのアニメの徹底したリアリティ。なんと、久美子は本番前までにこのフレーズを結局仕上げられず、指導者の滝先生に「そこは田中さん一人で(=黄前さんは吹かなくていい)」と言われてしまいます。
 久美子の落胆は、その日の練習後に友人達と別れた時になって悲しみと共に押し寄せてきました。全力で走った宇治川の橋の上から久美子は叫びます、大粒の涙をこぼしながら。

「上手くなりたい-!」

・・・まあ鼻血は出すわ、涙は流すわ、汗は流すわ、と、この回は主人公の体液大サービスかよ!という変態チックなツッコミはとりあえず置いておくとして・・・(^^;;。
 この姿、先述のかつての教え子だった高校生の姿や、とりわけ、受験勉強を始めたいのに、始めなくちゃいけないのに、そのやり方すらわからないで空回りを続けてきた自分の姿に、これまた大きく重なって見えました。おそらく久美子は、「上手くなりたい-!」と叫んではみたものの、どうすれば上手くなれるか、いや、そもそも上手いというのは何なのかすらも、わかってないような気がするのです。
 久美子の練習の様子を見てみましょう。確かに目の前にあるのは難しいフレーズです。そりゃ、きちんと練習しないと吹けません。でも彼女はそれをメトロノームすら使わず、あるいはテンポも落とさず、規定のテンポでよれよれになりながらひたすら繰り返すだけです。ひたすら正面突破をしようとするだけで、そのフレーズが吹けるようになるための戦略も戦術もあったものではないのです。
 さらに彼女は、そのフレーズが吹けたら「上手くなった」と自覚するのでしょうか?おそらく答えはNo、でしょう。合奏でそれを吹いてよいと先生が認めてくれるのと、上手くなるというのは、きっと違うことでしょうから。前者は足を引っ張らないと最低限認められたというだけで、後者のことではないですから。
 じゃあ彼女は「上手い」ってなんだかわからないままなのか終わってしまうのか?というと、案外ヒントはそばにあるような気もするのです。そう、友人のスペシャルトランペッター、高坂麗奈の存在です。
 物語の最初期、滝先生が「このままろくに努力もせずに下手くそな演奏を繰り返すのだったら、サンライズフェスティバルには出ない」と言い出しました。サンライズフェスティバルに出るのを楽しみにしていたのに、それが叶わなくなると動揺する吹奏楽部員達。これもまた非常にリアルなのですが、吹奏楽部は「みんなで話し合い」が大好きなので、部員達は練習そっちのけで話し合いをしています。しかし麗奈は、そんな部の動揺もなんのその、おそらくは配られた楽譜ではない、ドボルザークの交響曲第9番の第2楽章、「家路」で知られるメロディを、屋外で高らかに、そして朗々と吹いているのです。
 ・・・上手いってのは、こういうことなんじゃないでしょうか?決められたフレーズが吹ける吹けないではなく、楽器のコントロールがきちんとできて、いい音を響かせることができて、さらにそこに、自分の感情を盛り込むことができる。これが上手いってことなんじゃないかと思うわけです。そしてそれができるようになるための練習方法だってあるはずです。でも、それがわからない限り、久美子は「空回り」を続けてしまうような気がするのです。まあ、「空回りこそが青春だ!」って言ってしまえばそれまでですが・・・。
 さて、この「響け!ユーフォニアム」、この後、話がどうなっていくのか、私はまったくわかりません(原作の小説はあるようですが、きっと先行して読むことはないと思います。なにせ、最後までアニメで味わいたいので)。仮に、北宇治高校が全国大会に行って金賞を取ったからといって、久美子の「上手くなりたい-!」とあの橋の上から叫んだ衝動は、満たされないような気がするのですが、どうでしょうか?それも青春ですかね?(^^;;。
 久美子ちゃん、上手くなりたかったら、とりあえず友人の麗奈ちゃんを見習いなさいね(^^)。{/netabare}

【長文注意】「響け!ユーフォニアム」の感想(その4:「去って行った者へ捧げるトゥッティ。でもアインザッツはばらばら(^^;;」)
{netabare} 先のことをほとんど考えないで始めたこのシリーズ、なんだかネタが尽きる気配も当分なさそうです。しかしながらこればかり書いていても疲れるだけなので、いちおう今回を含めてあと2回、(その5)まで、ということにしておきましょう。
 今日のテーマは「去って行った者へ捧げるトゥッティ。でもアインザッツはばらばら(^^;;」。
 高校生の部活となると、どうしても避けて通れないものがあります。そう、前回もちょっと触れましたが、「大学受験」であります。就職するにしても、部活をやっていた方が得だとか、そういう問題にも直面するでしょう。極端な例を言えば、野球部をやっていれば、ドラフトで指名されるには、とか、甲子園で肩を酷使すると・・・、とかね。いずれにしても、高校時代の部活を部活だけとして純粋に考えるのには少々無理があるかもしれません。
 「響け!ユーフォニアム」において、全国大会出場を目標に4月から活動してきた北宇治高校吹奏楽部ですが、決して一枚板というわけではありません。特に、主人公、黄前久美子の幼なじみである斎藤葵(ts)は、第一志望校に落ちて北宇治高校に来たという経緯もあり、あまり吹奏楽には熱心ではありません。彼女にとっては吹奏楽より大学受験の方が大事なのです。「みんなが全国大会に行くという目標を立てたから」ということから、言い換えれば、なんとなく流れに乗って吹奏楽部を続けてはみたものの、本来であれば受験の方が大事なこの葵ちゃん(先輩だけど、久美子は2人きりになるとこう呼んでいる)、どうしても全国大会に向けて活動する気にはなりません。あるときの合奏で「一人だけで吹いてみなさい」と滝先生に言われて、吹けなくて、滝先生に静かに、でも辛辣にdisられて、葵ちゃんは合奏のその場で退部を宣言、そのまま部を辞めてしまいます。
 その段階では「どうせ恋しくなって戻ってくるんだろうな」とたかをくくってみていたのですが、どうにも戻ってくる様子がない。「あれ?」って思っていたら、コンクールの県大会の前日、久美子は葵ちゃんにばったり出会います。「吹部やめて後悔してないの?」とおそるおそる聞く久美子に対して、葵ちゃんの答えはこうでした。

「ううん、全然」

それは演技でも何でもなく、ごく自然な態度でした。
 これは(これも)観ていて「うわ~っ!」でしたね。そうなんですよ、みんながみんな、金賞や全国大会出場に価値を感じているわけじゃないし、吹奏楽や音楽が好きなわけじゃないんです。どうしてもこうやって、ドロップアウトしていく人も当然のようにいるのです。このアニメの徹底したリアリティに関しては何度も賞賛していますが、また賞賛します。このリアリティ、ホント、すげーわ。逆に、戻ってきちゃったり、辞めたことを後悔するような発言が出てきたら、それは単なるお話の上での「お約束」でしかありませんわな。
 そして話はまた自分の昔話へ転じます。高校生の時の私は、そうやって部活動をドロップアウトしていく人に対して、ほとんどまったくと言っていいくらい理解がありませんでした。そういうドロップアウトした人は「奴とは価値観が違うんだ」「奴は軟弱者なんだ」と思い、嫌っていました。そもそも部活動が前提で人間関係が出来上がっていたと解釈していた節すらもあり、まるで「部活の切れ目が縁の切れ目」のように感じていました。まあ、幼かったと言えばそれまでですが。
 そしたら、高校2年生の6月に母が入院しました。卵巣がんと子宮がんを同時に起こしていました。もともと私の両親は、私が部活に打ち込んで勉強そっちのけになることに警戒感をもっていまして、この母の重病は、私を吹奏楽部から切り離す絶好の言い訳になりました。父の「お母さんを安心させてやれ」という言葉に折れた私は、いったんは吹奏楽部を辞めることを承諾しましたが、この時は本当に苦渋の決断でした。なぜなら、部活動で繋がっているから人間関係が繋がっていると思っていた当時の私、部を辞めていった人たちにも「お前とはもう縁が切れたんだよ」みたいな態度で接していたのに、今度はその逆の立場になったわけです。いわば吹奏楽を通じて知り合った友人達全てに「お前とはもう縁が切れたんだよ」と言われてしまうような、そんな恐ろしいことを想像してしまったのです。でも実際には母も回復し、私もひそかに吹奏楽部退部を撤回し、高校3年生の8月に引退するまで部活を続けられたものですが。
 高校生当時、親からは「高校の吹奏楽じゃなくても大学に行ったら思いきりできるでしょ、だから今はガマンしなさいよ」などとよく言われました。しかしながら、期待して大学の吹奏楽部に入ると、これが本当にどうしようもない部でした。どんなふうにどうしようもない部だったかという具体的な話をすると横道に逸れてしまうのでここでは話しません。でも私は1年生の夏休みが終わる前にはもう「冬の定期演奏会が終わったらここをやめよう」と決心を固めていました。すぐやめなかったのには理由が2つありました。一つは自分が一人しかいないバスクラだったので(下手くそだったのでサックスからバスクラにコンバートされていました)ここでやめると多くの人に迷惑をかけると思ったこと、もう一つは、ここで人間関係が破綻すると、大学の試験の時などに情報が入ってこなくなり、つまらぬ苦戦をするだろうと、非常に打算的なことを思ったからでした。結果、12月の演奏会まで半ばノイローゼになりつつも吹奏楽部を継続、余計に、というか、すっかり吹奏楽部が嫌いになって、そして吹奏楽から足を洗ったのでした。
 そんな自分の経験を通じてもう一度「響け!ユーフォニアム」のことを考えると、あの状況で吹奏楽部を辞めた葵ちゃんは、人間関係の破綻も恐れず、強い決心を持ってそれを実行に移したわけであり、「軟弱者」どころか、「信念の塊」だったようにも思うのです。そう、辞めていくのは信念がないから去っていた軟弱者ばかりじゃないはずなのです。逆に「恋しくなって戻ってきちゃった」的な、ストーリー上ご都合主義的な展開は、信念に欠けているとも取られかねません。もっともそうなると、高校2年生の時に両親との約束を破って吹奏楽部を続けた私は、吹奏楽に関しては「きちんと最後までやりたい」という信念をもっていつつ、受験勉強に関しては見事なくらい信念も何もなかった、ということになりますな(^^;;。
 吹奏楽という、50名以上の「超・集団競技」だから特に感じるのですが、どんなに上手いところだって「完全に一枚板になっている」ということはありえないと思います。たとえ部活動を続けていても、主体的にやっている人もいれば、惰性で信念もなく続けている人もいるはずです。そもそも、トランペットのトップを吹いている3年生と、クラリネットの3番を3~4人で担当している1年生とが、同じテンションだなんてことはあり得ません。役割の重要性や背負ったものが違うんだから、異なって当然なんですよね。
 そして、部の雰囲気が合わなければ辞めていく人もいるわけで、それも当然なわけです。そんな当たり前のリアリティを敢えて描いた「響け!ユーフォニアム」は、やはり傑作だと、私は思うのです。

 ・・・え?お前が大学の吹奏楽部を辞めたあと、人間関係はどうなったかって?
 え~っとですね、辞めた私のアパートに、突然吹奏楽部のコワイ先輩がやって来て、何を言うのかと思ったら、「お願いだから、お前が授業でとったノートのコピーを取らせてくれ」と頭を下げられました。もう縁が切れたものだと思っていたので、余計にビックリしました。・・・ああ、キミには信念というものはないのか?ってね。この軟弱者めが!(^^;;。 {/netabare}

【長文注意】「響け!ユーフォニアム」の感想(その5:その他雑感)
{netabare} つらつらと書いてきたこの「響け!ユーフォニアム」の感想ですが、相変わらず頭の中ではキリもなくいろいろと浮かんできます。ただこのまま書いていっても本当にキリがなくなってしまうので、今回をとりあえずの最終回とし、しかも、とりとめのない雑感を順不同でだらだらと書いていくという、なんとも締まりのないやり方で一区切りつけたいとおもいます。ともあれ、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

●作画技術スゲー!
 この「響け!ユーフォニアム」で感心したことの一つに、作画の美しさがありました。特に「光るもの」についての作画技術は本当に驚かされてばかり。陽光に光る水面、日なたと日陰のコントラスト、とりわけ驚かされたのは、コンクールのステージの上に舞うホコリまで光に反射させて表現していたこと。このあたりの細やかさには本当に感動しました。
 思えば自分の高校生の頃ってあんな風に世の中がキラキラして見えていたのかもしれません。心象描写としてはあんな感じだったのかもしれませんね。

●描き切れてない人間関係に不満
 ちょっと不満な点。主人公の黄前久美子(eup)、その友人の高坂麗奈(tp)、加藤葉月(tuba)、川島緑輝〔サファイア、と読みます〕(s-bass)の4人が、tuttiカルテットということで、物語の主軸となります。久美子と麗奈は当初その関係がギクシャクしていますが、後半に向けてどんどん親密になっていくし、また、久美子と葉月、緑輝は同じクラスで物語第1回目から仲がよいのですが、吹奏楽部の同期生であるはずの麗奈と葉月・緑輝の絡みがほとんどない。まあ主人公を軸としていると言えばそれでよいのかもしれませんが、来たるべき第2期ではもう少しそのあたりをしっかり描きこんで欲しいなあと思います。
 ちなみに久美子と麗奈は同じ中学校出身で同じ吹奏楽部に所属していたはずなのですが、久美子は入学してみて初めて麗奈が同じ高校に来ていたことを知ります。う~ん、同じ学校に合格した同級生、しかも部活の同期生なのに知らないなんて、ちょっと不自然すぎないかなぁ。最近は個人情報保護とやらで高校の合格者も新聞等に掲載されなくなりましたが、ここまで他人のことに疎くなってしまうものなのかなぁ。それとも、久美子がそのあたりドンカンに過ぎるのか?

●副部長の言葉に共感
 最終回、コンクールのステージ上がった久美子たち北宇治高校のメンバー。本番直前、まだ暗転している状態で、久美子は隣に座っている副部長で3年生の田中あすか(eup)に話しかけられます。あすかは言います。
「なんかちょっと寂しくない?あんなに楽しかった時間が終わっちゃうんだよ。ずっとこのまま夏が続けばいいのに」
この気持ち、すごいわかります。実は私も高校3年生の夏に同じことを思いました。私の場合それがステージ上じゃなくて、最後のステージとなる定期演奏会の2~3日前に、夏の日に輝く校庭に向かって個人練習をしながら、「ああ、この毎日がずっと続けばいいのに」と、思ったのです。このシーンを観て、その時のことが思い出されました。
 あすかの言葉は久美子によって「これが最後じゃないですよ、私たちは全国に行くんじゃないんですか」と否定されてしまいますが、でも、気持ちは痛いほどわかります、うんうん。

●自由曲の「三日月の舞」について
 う~ん、正直あまり好きな曲じゃないんですよね。なんていうんだろう、なんか上っ面というか、深みがない、というか・・・。
 ちなみに私は持病の閃輝暗点の発作が起きると、本人が望まないにもかかわらず、視界の中で三日月が舞います。ええ、これってハッキリ言ってすげー迷惑です(T T)。

●ユーフォニウムの可能性
 吹奏楽の現場を離れて早30年近くが経とうとしているこの私、久しぶりにユーフォニアムという楽器のことを、このアニメを通じて思い出させて頂きました。ユーフォニアム奏者の方には気に障る発言かもしれませんが、ユーフォニアムという楽器、吹奏楽以外にほとんど使い道がなくて、ちょっとかわいそうな存在だなと改めて思いました。クラシックでもオーケストラにはユーフォニアムには席がなく、そしてジャズの世界ではビッグバンドには席がなく、そしてコンボには先駆者たるプレイヤーがいない。結局吹奏楽か、金管バンドか、そのくらいしかアフター学生生活の道がないんですよね。アニメの中で「この時しかない青春」を描くにはうってつけの楽器なのかもしれませんが、現実のことを考えるとちょっとかわいそうすぎるような気もしています。
 でも、それで終わらせておくにはもったいない楽器であるのもまた事実ではないでしょうか。音域はほぼトロンボーンやテナーサックスと同じですし、トロンボーンよりももっと太くて甘い音が出る。速い動きだって決して不可能ではない楽器ですから、使い方によっては面白い存在になると思うんですよね。
 そこでいかがでしょう、トロンボーン奏者が持ち替えでユーフォニアムを吹いてみるのは。感覚的にはトランペット奏者がフリューゲルホルンを吹くような感覚です。もちろんスライドワークとピストンワークの違いがあるから、ペットとフリューゲルの持ち替えより大変だと思いますが、でも最初に使ってみた人はその道の「パイオニア的存在」になれると思うんですよね。

●回収されていない伏線-第2期以降に期待
 第1期を見直すといろいろと回収されてない伏線がまだ放置されていることに気づきます。思いつく限りいくつか挙げてみましょう。
・久美子と幼なじみの塚本秀一(tb)との恋の行方(まだ秀一の片思い状態の様子)。
・立華高校に進学した久美子の中学時代の同級生、佐々木梓(tb)の存在。今後ストーリーにどう絡んでくるか?
・滝先生のコンクール用のスコアに挟んであった人物の写真。
・なんで麗奈は久美子に執着するのか?百合か?百合なのか?
・田中あすか先輩の謎の言動。・・・などなど
こうした伏線の見事な回収も含め、第2期を期待して待ちましょう!
ここまでお付き合い頂いた皆様、どうもありがとうございました!m(_ _)m。{/netabare}

以下「2」の追記ですが、「2」の方に字数制限で書き切れなくなってしまったので、こちらに書きます。

---

H29.01.25、追記しました。

【長文注意】「響け!ユーフォニアム2」の感想-その7:謎の美少女、高坂麗奈を(勝手に)プロファイリングする-

※えたんだーるさんから有意義な情報を頂き、加筆しました。えたんだーるさんありがとうございます。

{netabare} この「響け!ユーフォニアム」という作品は、もちろん主人公は黄前久美子(eup/1年生)である。久美子はいい意味でも悪い意味でも平凡な娘で、かつ、主人公と言うことから家庭内での様子も多く描かれているので、(その全てが明かされているわけではないが)この娘のことをもっとよく知りたい!という気持ちがあまり湧いてこないキャラクターである。
 その一方、主人公の親友として重要な位置づけである高坂麗奈(tp/1年生)は、かなりミステリアスな存在。本人が多少コミュ障であることや、本来であれば中学生の時から知っているはずの久美子が、これがまたある種コミュ障的な、不思議なくらい他人に興味を持たない性質であるので(普通自分の吹奏楽部の同級生がどの学校に行くかくらい知っていると思うのですが、それすらも知らない)、久美子の口を介しても麗奈のことは語られていない。
 そんなわけで今回は、この麗奈のことを、またもや妄想をフル暴走させてプロファイリングしてみたいと思う。

 公式サイトでの麗奈の紹介は以下のとおり。

身長:158cm/誕生日:5月15日/星座:牡牛座/血液型:O型
担当楽器:トランペット

●久美子と同じ中学の出身。プロである父親の影響で、幼い頃からトランペットを吹いている。高校でも吹奏楽部でトランペットを続ける。クールでストイック。(「1」のサイトより)

●久美子の親友。顧問の滝を目当てに、北宇治高校に入学してきた。「特別になりたい」と思い、トランペットを吹いている。クールに見えるが、実は女子高校生らしい恋する乙女な一面も持っている。少しずつ周りの人間との距離を縮めようとしている。(「2」のサイトより)

●周囲と同じであることを嫌い、特別な存在になりたいと願うストイックな黒髪の少女。久美子とは同じ大吉山北中学校の吹奏楽部だったが、当時はそれほど親密な関係ではなかった様子。ふたりが急接近したのは、北宇治高校の吹奏楽部で再会してから。久美子は最後の大会での出来事を気にしていたが、麗奈は逆に偽りのない久美子のその率直さに興味を抱いていたらしい。吹奏楽部での練習の他に校外でもレッスンを受けており、一般的な高校生のレベルをはるかに超える演奏スキルを備えている。父親がプロのトランペット奏者だった関係で、以前から顧問の滝先生と面識をもっていた。現在、その滝先生に絶賛片思い中。(「オフィシャルファンブック」より)

・・・うむ、わかったようでよくわからん。

「クールでストイック」でも「熱い」のは、ストーリーを観ていればわかる。父親がプロのトランペット奏者だった影響から、幼い頃からトランペットを吹いており、校外でもレッスンを受けており、そんなことから、一般的な高校生のレベルをはるかに超える演奏スキルを備えている、のもわかる。

 じゃあ、麗奈を麗奈たらしめている家庭環境はどんなだろうか?

 まず麗奈の父親から考えてみよう。ストーリー中、麗奈の父親は一切姿を現さない。麗奈はそんなことは語っていないが、幼い頃から父と同じ楽器を演奏していることから、父親の影響はおそらく甚大であろうし、また、トランペットの最初の師匠も父であったことだろう。姉の影響で管楽器を始め、音出しの初歩を姉から教わった久美子とも共通するものであるが、その背景には「父に対する尊敬」というものがあろうかと思う。もっともきっかけがそんなだっただけで、現在は思春期まっただ中の麗奈であろうから、父に対する「尊敬の念」はもしかすると(一時的に)消えているかもしれないし、持っていようともなかなか外部に出ては行かないだろうが。
 そんな父の元を訪ねていたのが、当時まだ学生だった滝昇先生である。滝先生が当時吹いていた楽器はトロンボーンであり、トランペットの麗奈の父のところを訪ねていくのは、たとえ父親同士が友人であるからと言って少々おかしいと感じる人もいるかと思うが、でもさほどない話ではなく、むしろ自分と違う楽器を専門としているから気づく点も多いのである。だから滝先生が麗奈の父を訪ねてレッスンを受けているという姿に、滝先生の当時の向上心が見て取れるし、また、麗奈の父が他楽器の人からも頼られる存在になっていることが想像できる。
 母親に関してはちょっとだけ語っている。「1」で「ママさんバレーを始めた」ので麗奈の自転車を取り上げてしまい、その結果麗奈は自転車通学から電車通学に変更を余儀なくされた、というものである。ストイックな麗奈はもしかすると自転車通学をすることでトランペットを吹く体力増強の一助にしたかったのかもしれない。そう、トランペットに限らず、管楽器を吹くのは相当の体力勝負なのである。そんな麗奈の思惑を、ママさんバレーを理由として奪ってしまうあたり、麗奈の母親の底抜けに明るい性格、そしてともすると「天然っぷり」が見て取れる。また、これも想像であるが、麗奈の母親は音楽と関係のないところで生きている人なのかもしれない。
 さらにはかなり「派手」なのではないか?中学・高校生くらいだとまだ私服を選ぶ際に、母親の影響をかなり受けると思われる。麗奈は自分で考え行動できるので、私服はそろそろ自分で選んでいるのだろうと思うが、彼女の私服、「1」第8話の白ワンピース、「2」第1話の浴衣、同第2話の水着、いずれも派手なものであった。特に水着に関しては、あまりにオーソドックスだった久美子や緑輝と比べて思わず恥ずかしくなってしまったが、どうしても派手な母親の影響から、華美な私服を選びがちである。またプロ奏者の父親の影響から、どうしても人前に出ることを考えてしまい、そして金額に糸目もつけない。知らず知らずのうちに派手な服装になり、しかも母親も「かわいいからいいんじゃない?」などと言いながら、財布のヒモを緩めてくれるのである。そしてその結果があのワンピースであり、浴衣であり、水着である。
 もっともプロ奏者の配偶者なんて、収入だなんだと心配事はかなり多いし、時間に不規則な相手を支えないといけないし、さらにはレッスン等で来客も多いし、社交的かつ天真爛漫な性格でないとやっていけないようにも思う。すなわち、麗奈の母親は麗奈とは真逆の性格であり、麗奈の性格そのものは父親から引き継がれたものなのではないかと推測する。

 さて、先ほども書いたが、プロの音楽家は収入が不安定である。サラリーマンのように安定はしていないし、給与だって確実に毎年伸びていくという性質のものではない。そこでプロ奏者が行うのは、アマチュアや学生相手のレッスン、あるいは、エキストラ等によるイレギュラーな演奏である。前者がかなり定期的なものであるのに対し、後者は非定期的で、長距離・長期の出張となることも多い。麗奈の父親についてはプロ奏者というだけで、それがクラシック系なのかジャズ系なのかポップス系なのか全く語られていないが、麗奈が素直に吹奏楽をやっていること、滝先生がレッスンにやって来たことから、おそらくクラシック系なのだろうと思う。麗奈の父親は、どこかの交響楽団(または吹奏楽団)のプロのレギュラー奏者であり、それだけでは不安定であるので、レッスンをやって収入の補助にしているというところであろう。
 そんなことをしても大金持ちにはなれないのがプロの世界の厳しさである。しかしながら「2」の第11話で出て来たように、麗奈の家はかなり広く、そして豪華である。さらには自分のピアノを持っているという(父親との共用、あるいはお下がりかもしれないが)非常に音楽的に恵まれた環境。私はここに「お金持ちの祖父」の姿を見る。きっと自分で会社などを興した地元の実業家かなにかなのだろう。
 その祖父の元、道楽息子などとののしられながら麗奈の父は音楽の道へと進み、そしてそれなりの地位と実績を固めた。レッスンプロとしても評判はよく、他楽器をやっている学生までが訪ねてくれるので、収入は多いわけではないが困るほどではない。父も自分のことを理解してくれ、屋敷の一角を防音のレッスン室にしてくれた。妻は音楽をやっていないが、それでもそんな自分のことをしっかり理解していてくれる。生まれた娘(あのコミュ障っぷりは一人っ娘だろうと推測)は美しく成長し、さらには自分を慕ってトランペットを吹き始め、しかも1年生ながら全国大会出場バンドでソロを吹くという、かなりの腕前になった。もっとも最近は思春期であまり自分と話をしてくれないが、それでも自分のことを慕ってくれていることはよくわかる。ああ、なんて幸せなんだ、麗奈の父親!

 さて、「大人っぽい」麗奈の性格についても、この家庭環境にあるように思う。麗奈の父親のところには多くの学生やアマチュアがレッスンに訪れる。幼少期の麗奈は、厳しくも内心では溺愛している父親から、レッスン中のレッスン室への出入りを認められていたのではないだろうか。麗奈自身も幼少期より自律心が育まれた聞き分けのよい子で、他人のレッスンを観ながら自分の糧としていった。当然、そこに父のレッスン生とのコミュニケーションが生まれる。彼ら彼女らはいずれも麗奈よりは上の世代だ。同級生より考え方も大人だし、頼りになるし、面白い。だから麗奈は小中学校の同級生より、父の教え子たちの方が好きだったのだろう。そんな中で育ったから、考え方も大人びており、相対的に幼く感じる同級生たちとの間に溝を作ってしまったのだろう。彼女が「コミュ障気味」であることの原因である。

 じゃあなんでそんな麗奈が久美子に親近感を持ったか。あの中学3年の夏のコンクールの時、実は麗奈自身も「大吉山北中学校は全国大会に行く実力を備えていない」ということはわかっていた。でも、周囲にいるのは大人である。コンクールに挑む中3の麗奈、しかも師匠の御令嬢に、遠慮もあって「アレじゃダメだよ」「全国なんて届かないよ」と言う人はいなかったのではないだろうか。だから、当時の麗奈の取り巻きは「きっといけるよ」「頑張れば報われるよ」と言ったのだろう。麗奈は薄々「ダメだろう」と思いつつ、「周りの大人がそういうのだから」というその点を支えにコンクールに挑んだ。しかし結果はダメ金という敗北。そこに久美子が「本気で全国に行けると思っていたの」と、確信をズバリ突く発言をした。ハッとする麗奈。そうだ、そうだったんだ。自分はわかっていたはずなのに、周りの大人たちのお愛想でごまかしていた。でも、久美子はわかっていたんだ。冷静に事態を捉えていたんだ。この久美子って娘、今まで特に関心がなかったけれど、1年生ながらコンクールメンバーに選ばれたりして、ユーフォニアムも案外うまいじゃん(でも、私のトランペットの方が3ランクは上だわね)。ちょっと面白い娘ね。えっ、北高に入ってみたら彼女も吹奏楽に入るらしいじゃん。じゃあ仲良くなってみようっと、・・・ってなったのではないだろうか。
 客観的に観ていれば、久美子が麗奈に影響を受けた部分ばかりがクローズアップされがちであるが、麗奈も久美子の客観的な視点には一目置いており、その点で尊敬しているんじゃないかと思うのである。

 さて、麗奈は普段どんな音楽を聴いているか。もちろん吹奏楽をやっているのだから、吹奏楽やクラシックがメインであろう。ただ、特別になりたい麗奈は、そればかり聞いていたんじゃダメなことはわかっている。だから、ソロのトランペットも聴くし、そのジャンルはクラシックにとどまらない。ジャズも聴く。
 おそらくセルゲイ・ナカリャコフは大好き。ジャズだと、クリフォード・ブラウンやフレディ・ハバートあたりが好きなのではないだろうか。メイナード・ファーガソンはすごいと思うが、でもハイトーン馬鹿みたいにも見えるので、最近あまり聴かない。全国大会の晴れ舞台でソロを失敗して落ち込んで帰ってきたら(12話Bパートの呆然とした様子や、滝先生に謝っている様子から「ソロでこけた」と推測)、今まで「下手くそ」と思って敬遠してきたマイルス・デイヴィスのソロが妙に心に沁みる。ああ、少女はまた一つ大人になったんだな・・・。
(すいません、妄想暴走バカにジャズバカが加わって、かなり偏った方向に話が行きました。)

 とまあ、麗奈についていろいろと勝手に想像を巡らせてきたが、これはあくまで私の妄想が暴走しているだけなので、異論反論オブジェクションは認めません。このアニメの「3」以降が公開される際に、いい意味で覆されることを祈っております。

 ・・・最後に一つだけ。これはちょっとだけイヤな話。
 「2」第1話、花火大会のシーン。「一緒に来ようね、来年も」という麗奈のセリフ、そしてその後の久美子のセリフ、「フラグ」じゃないよね。麗奈が妙に儚げなこともあって、ついつい嫌な展開に考えがちなのですが・・・。
 麗奈になにかあったら、私もうこのアニメ観ません!(キッパリ){/netabare}

投稿 : 2017/01/25
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サンキュー:

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