Enchante さんの感想・評価
3.3
物語 : 2.5
作画 : 4.0
声優 : 3.0
音楽 : 4.0
キャラ : 3.0
状態:観終わった
堀辰雄の世界観と堀越二郎の世界観の融合に失敗している
堀辰雄の同名小説『風立ちぬ』は既読でしたが、宮崎駿監督は『未来少年コナン』のように原作を換骨奪胎してオリジナルの世界観を呈示するのが持ち味なので、なるべく先入観を持たないで鑑賞につとめました。
時代は関東大震災の時が始まりなので、大正12年から昭和初期頃という設定。主人公の寡黙な性格もあってか、あまり臨場感がなく、時代の空気が伝わりません。そんなものは伝わらなくても面白ければ問題ありませんが、最後まで世界観が茫洋然としたままで、モヤモヤ感が残ってしまいました。
ヒロインの里見菜穂子とは、震災の際に列車で合言葉のように二郎の”Le vent se lève”(風立ちぬ)に呼応して”il faut tenter de vivre.”(いざ生きねやも)と答える何とも上流階級よろしい出会いから始まります。
この演出に、私の周囲は不満を漏らしていたか、まるで意味不明と答えるか、で芳しくありませんでしたが、当時は洒落た挨拶だったとして受け止められる数少ない好きなシーンです(個人的にこの程度のフランス語なら分かるからかも知れないが)。ただ、子どもの視点からすればちんぷんかんぷんでしょう。
その後は淡々と二郎の物語が続きますが気になる点がありました。宮崎アニメの魅力の一つとして美味しそうな料理がありますが、サバの味噌煮がちっとも食欲をそそりません。サバの小骨を見せる演出は構いませんが、そもそも美味しくなさそうだから、かえって「何だかなあ?」と首を傾げてしまいました。。
(堀越二郎のように頭が良い人は、そういう不思議な振る舞いをすることが多いのかもしれませんけど。)
{netabare}その後、避暑地で菜穂子と再会を果たしますが、彼女は当時不治の病とされる結核に冒されていました。それでもなぜか緊迫感がありません。菜穂子が吐血してから切迫感が多少あるものの、結婚に至るまでの息づかいに焦りの色が感じられません。とにかく、二郎さん、落ち着きすぎなのです。
ここで堪らず堀辰雄の『風立ちぬ』と比較してしまいました。初めての二人だけの食事は、もっと侘しく病室だったのではなかったか? 本作はあまりに抑揚がなさすぎて「いざ生きねやも(さあ、生きていこう!)」が虚しく響きわたる様子もありません。
ある日、病状が悪化した菜穂子が出奔してしまいますが、もうこの頃はこちらのテンションが下がりすぎて、ポカンと観ているだけでした。
夢に出てくるカプローニ博士との会話は小気味良さが感じられましたが、二郎の作った飛行機=零戦の運命など、大人の自分ならどうなるか分かりきっていたため、何とも思いませんでした。こう感じるほど、もう、こちらの心が情けないほど、やさぐれていました。{/netabare}
物語とは別の意味で、最後は澄んだ青空が虚ろに感じて、荒井由実の名曲『ひこうき雲』が漂ってフィナーレでした。おそらく、こちらの心の体調が悪かったのかなあ?と思います。
結果的に今までにない宮崎駿ワールドでしたが、本来の良さがなくなっていました。一言で言えば、文学者・堀辰雄の世界観と零戦技師・堀越二郎の世界観の融合に見事なまでに失敗しています。
これが引退作品になるのを思うと残念ではあるけれど、とうに往年の力は失せていたし、仕方がないことかも知れません。