renton000 さんの感想・評価
4.9
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
姉の心妹知らず?
テレビシリーズ全13話。
抜群に良かったです。春アニメで、というレベルではないですね。私が見てきたテレビシリーズの中でも上位に入ってくると思います。
ただ、レビューとしてはちょっと書きづらいですね。良い演出が多くてどこを描こうか迷ってしまうし、複合的に絡むものも多いので、文章にすると縦から切っても横から切っても収まりが悪そうだからです。
で、評価点のみで済まそうかと思い、いくつかレビューを読んでいたのですが、やや気になる指摘がありました。「人物の掘り下げが甘い」というものです。私はむしろすごく良いと思った方なので、そこを切り口にしてみたいと思います。
人物描写:{netabare}
人物描写にはいろいろな方法がありますが、ここではシンプルに絶対評価で描くか相対評価で描くか、という視点で考えてみたいと思います。例えば、「頭のいいAさん」というキャラクターを描くとします。
絶対評価で描くのなら、「Aさんが100点を取った」とすればいい。すると、Aさんは「頭のいいキャラ」を確立できます。
相対評価で描くのなら、「AさんはBさんよりもいい点を取った」とすればいい。すると、Aさんは「(Bさんよりは)相対的に頭のいいキャラ」を確立できます。
絶対評価は、分かりやすけど大雑把になり、相対評価は分かりにくいけど細かくなる、という特徴があります。
現実的な人物を描く作品で必要なのは、相対評価の方です。現実には「絶対的に頭が良い」や「絶対的にやさしい」と判断できる客観基準はありませんから、絶対評価は事実上不可能です。そのため、人物間の関係性からキャラクターを固定化していく必要があります。「○○さんよりは××だ」という表現を重ねていくということです。「青春もの」では、この固定化の中で成長などの変化を描いていきます。
絶対評価を中心に据えて許されるのは「キャラもの」ですね。「キャラもの」はキャラクターを使ってドタバタを描くのが中心ですから、早急にキャラクターを固定する必要があります。「ドジっ子」や「ツンデレ」などの記号を用いてキャラクターの説明を終え、その後のブレがないままにストーリーを終えます。
絶対評価か相対評価のどちらかしか採用できない、という話ではありません。バランスとしてどちらに偏るか、という話です。絶対評価をした後に、相対評価で変化を描く作品もありますからね。「学年1位だったけど、転校生が来たら2位になってしまって…」みたいな作品です。この手の作品は、絶対評価でキャラクターを固定したのちに、それを相対評価で崩して成長へのシフトを見せていく、と流れていきます。
最近のテレビアニメでは、相対評価に力を入れた作品はあまり多くはありません。そもそも人物間の小さな差を描くのが難しいというのもありますが、昨今は「キャラもの」隆盛期であることも関係していると思います。
で、『響け!』は相対評価の比重が極めて高いです。近い属性を持ったキャラクターグループを用意して、その中にある小さな差を積上げてキャラクターを定めています。演奏の実力を例にすれば、「○○さんが一番うまい」と言ってしまうのではなく、「○○さんの方が上手そうだ」というのを演出で見せる工夫をしています。
以下では、各グループとその描き方を見ていきます。
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孤高グループ:{netabare}
孤高グループとは、音楽で特別を目指している人のグループです。メンバーは、(レイナ、あすか先輩、滝先生、久美子)の4名が該当します。
レイナとあすか先輩がどれだけ孤高の存在かは見ていれば分かりますが、より極まっているのはあすか先輩です。
レイナは個人練の様子を見せてくれますが、あすか先輩はパート練で一人離れているのが確認できるくらいで、一度も個人練の様子を見せてはくれません。「見せない」くらいに周りから距離を取っているのです。また、他人への配慮にも違いがあります。レイナは香織先輩への配慮を見せようかと悩みますが、アスカ先輩は他人の私情(葉月ちゃんの失恋)を「どうでもいい」と言い切っています。つまり、アスカ先輩はレイナの上位互換に位置しているのです。演奏者としての実力もアスカ先輩の方が上だろうという予測が付きます。
滝先生もひどい合奏を聞いた後に「私の時間を無駄にしないでいただきたい」と言っていますから、レイナやあすか先輩と同じく孤高グループに入ります。
レイナとあすか先輩が孤高グループに入れようとしているのが久美子です。二人とも、久美子をちょっと気に掛けている程度から直接指導へと変化していきます。ここでは、レイナと久美子の関係性の進展を、演出面から見ていきます。
第3話、滝先生への信任について部内で揉め事が発生しますが、レイナはそれを脇において一人学校横の高台で練習をしています。揉め事のある学校を一段高いところから見下ろすように描かれ、その孤高っぷりが明らかにされます。このとき久美子はグラウンド脇にいましたが、このレイナの音に感化されることになります。レイナが吹いていたのはドヴォルザークの「新世界より」でした。久美子にとってのレイナは、新世界とも言うべき離れた場所にいるのです。
このエピソードを引き継ぐのが、第8話のお祭り回です。レイナは久美子を山の上へと誘います。祭りという群衆から離れて山の上という孤高のポジションへ連れて行く。第3話での聞く聞かせるという一方通行の関係が、第8話で一緒に登り演奏するという関係に変化するのです。直接指導をするようになるのはこのエピソードの後からです。
第3話と第8話は、「高台から山の上へ」という高所を用いた舞台演出になっています。高台がフラグであることを見抜けた人は、フラグ回収される第8話を気持ちよく見れたと思います。
音楽ではなく友人関係における関係性の進展は、電車を舞台として描かれていました。電車と自転車という別の経路を採っていた二人が、隣の車両、近くの席、隣の席へと変化していきました。
で、なぜレイナが久美子に興味を持っていたのかというと、久美子の属性が滝先生と一緒だからです。毒舌王と失言王。他人への配慮がないという点ではどちらも大して変わりません。久美子も孤高の素養あり、ですね。
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あこがれグループ:{netabare}
あこがれグループは、(リボンちゃん→香織先輩)と(レイナ→滝先生)ですね。リボンちゃんとレイナが同じポジションだと言うと少し違和感があるかもしれませんが、二人は同じ属性を持っています。あこがれ先に対する批判を許さずに、徹底的に擁護する。そして、これがソロオーディション開催の一因にもなりました。
で、オーディションの話。
第4話で、滝先生は「雲を動かすようなつもりで吹く」という指導を行っています。この直前にレイナの練習風景があるのですが、このときトランペットを下から煽るようにカメラで撮っています。トランペットの先に空が写っているという構図です。そして、雲が動いている。レイナの音が雲を動かしているという演出です。つまり、この時点でのレイナの音は、すでに滝先生の要求を満たしているのです。
第11話のソロオーディションでは、カメラが正面から奏者を捉え、奏者が吹くと同時にカメラが引くという演出を採用しています。奏者側から見ると、どれだけカメラを吹き飛ばせるか、ということですね。
香織先輩の音は、客席の前方を写す程度にしかカメラを引かせられませんでした。一方で、レイナの音は、ホール全体を写せるほどにカメラを引かせます。第4話の雲を吹き動かす演出から考えれば、当然の結末でした。
また、練習場所でも勝敗のフラグが立っていました。香織先輩もレイナも、渡り廊下で個人練をしています。雨から避難した香織先輩が廊下でレイナとすれ違うシーンがありますが、香織先輩はこれ以降の練習場所を変えてしまいます。校舎裏で練習を始めるようになる。自らレイナを見上げる場所に下りてしまったということです。高台と同じく、高低差を利用した舞台演出ですね。
オーディション前のレイナは、香織先輩への配慮で悩んでいますが、悩みの原因は香織先輩だけではないと思います。あこがれる側としてリボンちゃんの気持ちが分かってしまうからでもあるのでしょう。この悩みを払拭するのが久美子の「愛の告白」なわけですが、このときは光と影の演出を使っていました。レイナは顔が陰ったままで久美子と出会い、久美子と話し終えると顔に光が当たるようになります。
このオーディションの結果、あこがれグループの力関係は(リボンちゃん→香織先輩→レイナ→滝先生)で決着しました。
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二人グループ:{netabare}
ちょっと細かいかもしれませんが、二つ挙げておきます。
一つ目は、(あおいちゃん、お姉ちゃん)のグループです。二人とも受験を原因として部活をやめています。また、久美子を気にしてちょくちょく声掛けをしているのも一緒です。違うのは、久美子が見せる両者への態度です。
久美子はあおいちゃんには気を向けられるのに、お姉ちゃんが向ける久美子への配慮には全く気付きません。このギャップは最後まで埋まりませんでしたから、第二期があるとしたらこの姉妹関係が表出すると思われます。お姉ちゃんが久美子に感化されて自分のやりたいことを始め、久美子がお姉ちゃんへの理解を深めていく、といった感じですかね。
二つ目は、(葉月ちゃん、夏紀先輩)のグループです。高校から吹奏楽を始めた初心者の二人です。
あすか先輩は葉月ちゃんに「来年、サファイア川島みたいな新入生が入ってきたらレギュラーになれるとも限らない」と葉っぱをかけていますが、これは夏紀先輩を見ているから、ですね。久美子は夏紀先輩の音を聞いて「あすか先輩かな?」と言っていますから、夏紀先輩も練習したところはかなり上手く吹けるんだと思います。でも、オーディションでは指定箇所以外を指示されて崩れてしまった。1年間練習してきたというバックボーンが足りなかったのです。だから、あすか先輩は葉月ちゃんに継続的に努力する大切さを訴えたのです。夏紀先輩にならないように、ですね。
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ワンマンストーリーテラーみどりちゃん:{netabare}
みどりちゃんだけはやや特殊なポジションにいます。みどりちゃんは他キャラクターとの関連が薄い代わりに、ストーリーの屋台骨を支える役割を負っています。オケ内のコンバスと同じポジションですね。みどりちゃんが語るのは「月に手を伸ばす」と「音楽は愛と死である」です。
「月」はセリフとしてはかなりの登場回数を誇ります。一番多いのはみどりちゃんの「月に手を伸ばす」ですね。月に手を伸ばそうとする志しとそれに向ける努力が大切だ、という意味として複数回登場しています。初出は第3話です。
月が別のセリフとして登場しているのが、第8話での練習シーンです。滝先生があすか先輩に曲説明を求めたときに、「旅立ちを祝福するかのように月が舞っている場面」だと答えています。高台演出や「新世界より」に絡めて、「新世界に旅立つなら、志しと努力が大切だ」となって、孤高グループへの説明の根幹を形成します。
第9話、みどりちゃんが練習で痛めた指について「痛いのが好き」と言っていますが、これは努力が形となって表れたものだからですね。レイナも山登りの際に「痛いのが好き」と言っていました。久美子は「なんかやらしい」と返していましたが、レイナの真意はこの第9話まで待たなければ明かされませんでした。
セリフとしては幾度となく登場する月ですが、映像として登場するのは第12話だけです。久美子がパートを外されたときに、みどりちゃんが「月に手を伸ばしたんだから」とメロンパンを掲げて励まします。ここからマッチカットでおぼろ月の半月が映ります。このあと、携帯を取りに学校へ戻った久美子は「ユーフォが好き」だと気付き、その視界が開けます。そして、レイナと合流後におぼろ月の霞が取れ、クリアな月が映る。この流れが第13話の「三日月の舞」での成功へとつながっていました。
以上のように、月は、第3話→第8話→第12話→第13話と肉付けされていきました。全13話ということを考えるとかなり強調されていたと思います。
「音楽は愛と死である」についても、長い期間を通じて描かれていきます。第1話のレイナと第12話の久美子が「悔しい」で留まらずに「悔しくて死にそう」とまで言っているのは、「死」が音楽に通ずるものだからです。
パッと見では百合に見える「愛の告白」も同様です。久美子を山の上へ連れて行ったレイナの「愛の告白」も、流されそうになるレイナに告げる久美子の「愛の告白」も、どちらも相手を孤高の存在へと導くための励ましの「愛の告白」です。つまり、音楽愛の告白だってことですね。
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久美子のアナザーストーリー:{netabare}
第13話でキラッと光る人物がいます。久美子の中学時代の仲間である梓ちゃんです。彼女は、中学時代にダメ金で大喜びをし、高校に入ってすぐにレギュラーを獲得した、もう一人の久美子とでも言うべき存在です。
でも、梓ちゃんには声を掛ける人も声を掛けてくれる人も、拳を突き合わせる人もいません。一人で緊張の中に震えているだけです。だから、過去を振り返り、旧友探しをしてしまう。
サンフェスのときの久美子は梓ちゃんを見つけると駆け寄ってしまいましたが、彼女との会話の中で自分が新たにスタートを切れたことを知ります。だから第13話ではもう駆け寄っていかない。
梓ちゃんが登場した後に描かれるのは、新たな仲間たちが一つにまとまっていることを示すチューニングのシーンです。第4話では低音パートだけでパソコンに波形を作っていましたが、最終話では全員で波形を作ることが出来ました。これはペットボトルが波を作るシーンから分かります。
第13話は第1話と同じ構成で始まります。第1話との違いを見せることで久美子の成長を描いていたわけですが、もう一人の久美子である梓ちゃんとの違いによっても、それが分かるようになっていました。隙を生じぬ二段構えです。
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おわりにかえて:{netabare}
なんだか要点の掴めないレビューになっていたかもしれませんが、人物描写を見る際には相対評価を忘れずに、ということと、この作品ではそれが良くできていました、という話です。
書ききれませんでしたが、上記以外にも良い演出はたくさんありました。私はメモを取りながら視聴するのですが、この作品はメモを取る個所が非常に多かったです。別の回へのつながりを示す矢印も非常に多い。今となってはぐちゃぐちゃしすぎて解読できないくらいです。
ここから先はカメラ演出の話と、第二期へのフラグについてです。{netabare}
気付いた方も多いかもしれませんが、この作品はピント調整を入れる箇所が結構多いです。EDテーマの17秒くらいからをご覧いただければ分かります。久美子と葉月ちゃん登場で複数回のピント調整を入れています。
参考動画→<https://www.youtube.com/watch?v=sq_TjXCKvz8>
イメージとしては、ピント調整に時間が掛かってしまう性能の悪いカメラです。これがかなり効いていました。劇中の効果としては、登場人物たちがどこに焦点を当てているのかを見せるものと、ここに注目しなさいという製作者から視聴者へのメッセージになっているものがありました。
第13話に第二期へのフラグっぽいものがあります。本番直前のあすか先輩と久美子の会話のシーンです。
①あすか「ずっとこのまま夏が続けばいいのに」 <ここでピント調整>
②久美子「今日が最後じゃないですよ、全国に行くんですから」
③あすか「そういえばそれが目標だった」
このシーンの①にピント調整は要りませんよね。ずっとあすか先輩の顔のアップが写っていますから。ここにピント調整をわざわざ入れたってことは、ここを見ろって製作者からのメッセージなんだと思います。
②③の会話から、あすか先輩はそもそも全国を目標にしていなかったことが分かります。彼女の願いは「夏が終わらないこと」です。では、なぜ夏が終わってほしくなかったのか。
あすか先輩は、部長などから「頭が良い人」だと言われています。受験生なのに5分で面談が終わってしまうのですから、成績も相当いいのでしょう。でもそれがあだになってしまった。おそらく、両親からは受験に専念しろと言われているのだと思います。でも音楽を続けたいあすか先輩は、夏までを条件に吹奏楽部の継続を許されたのでしょう。
ピント調整がなければ、単なる定番会話として流していたと思います。でも、よくよく考えると変ですよね。あすか先輩は演奏できれば満足できちゃう孤高の存在なわけですから、そもそも①のセリフを言うはずがありません。あすか先輩が悩む時というのは、「自分が音楽を出来なくなること」だけなんです。
第二期は、あすか先輩の引退騒動、これですね。第二期はきっとありますよ!{/netabare}{/netabare}