くまごろーさん さんの感想・評価
4.8
物語 : 5.0
作画 : 4.0
声優 : 5.0
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
圧倒的な完成度
攻殻機動隊が好きな人なら、たぶん攻殻シリーズでは『Innocence』を挙げるのではないだろうか。ただこの作品はInnocenceはInnocence、これはこれ、と両立させた攻殻好きを納得させる作品。わたしはハードルが高い理由も挙げつつ、レビューを書こうと思います。
この作品を語る上ではいくつか前提を整理しておく必要があり、単純にアニメという枠の中で評価すると作品としての正確に評価出来ないとわたしは思うのです。
【前提1】
書物、映画、音楽、美術など他の表現物と同じ天秤にかけることが出来るかどうか。
これはすごく難しいことで、そもそも違う表現手段のものを比較することに無理があるといわれそうであるけれども、優れたものほどテーマ、その方舟となるストーリー、つまるところの結果的にどう伝わったか。
【前提2】
前提1に通じるのだけれど、テーマが普遍性であるか。普遍性を持ち得るかによって様々な媒体の表現物を作品という括りで論じることがたぶん出来るはずです。
【前提3】
新たな要素、価値観の提示。もし、新しいものがなければ、普遍性を持つ、長い時間支持され続ける名作が存在するだけでよくなってしまう。流行と=になりがちだけれど、それが新たな価値観として一般性を得たりもする。
【前提4】
感性と完成度。感性で訴える作品は言葉で形容し難いけれど、インパクトがあり、感覚的な『わかる』を与える。その裏支えとして緻密な論理的なものも存在し、深く理解するには難解であったりする。
端的に例を挙げればジブリ作品なんかがそうだと思う。大人も子ども好きな人が多いのに、強く印象つける何かは上手くいえないというような。
ざっくりいってわたしの提示した前提条件が仮にあるとして、その時点でたぶん攻殻シリーズ全般的に敷居が高い。何故なら、政治的だし、哲学的なテーマを用いた純文学も出てくるし、機械もマニアックだし、主人公である少佐こと草薙素子は何故かレオタードだ。
ただ、この作品をわたしが高く評価するのは作品で提示されたり、語られるものは近未来(非現実という意味)ながらリアリズムがあるし、その完成度と感性が秀逸であるということです。
攻殻の秀逸さというのは文学でいうところの純文学に近くて、純文学というのは実際読んでみると多くの人は結構共感出来るだろうし、描かれているものは的を得ていたりするわけだけれど、エンターテイメント性に優れているかといえば違う。攻殻の本質も同じようなもので、しかしながら主張すべきこと、そこへの作り込みが半端ではない。試聴者が理解出来るかはわからないけれど、理解しようとしたときに妥協のない満足をくれる作品。
ですから、アニメ好きな人が好きかといえば違うだろうし、逆にアニメが好きじゃない人でも攻殻が好きな人は結構いるんじゃないかなと思います。接点がないだけで。
やたら長い前振りですが、そろそろ中身ついても述べてみます。
まず、オープニングのテーマ曲が圧巻でわたしはセンスを感じます。多くの人はアニメっぽくないと感じるでしょうし、ロシア語ですからよく意味もわかりませんし、密接にテーマと結びつきを感じることもないはずです。だけど背筋がゾクッとするほど格好いい。召される。
このオープニングテーマソングを始めとする音楽を作っているのが菅野よう子さんですが、とりわけオープニングはアニメと切り離しても、独立して単体の音楽として聴けるところが評価出来る。歌はOrigaという女性ボーカルで、高音域でも伸びる透き通った声が中性的且つ無機的であるのに、感覚的に強く訴えてくるものがあるのです。
攻殻の世界では『電脳』と呼ばれる、人の記憶や思考、目、耳、感触、味覚などの五感も含めてインターネットでリンクしているのが背景としてあり、個人差はあるものの、部分的、或いは全体を機械化している人々達が住む世界です。
他のレビューで書かれている信憑性のある未来というのは、思考や五感を電子処理して情報化され(簡単にいうとパソコンとかで操作できること)がより一般的に浸透している部分で、非現実的な脚色という意味では全身を機械化したサイボーグが超人的な動きを見せるところじゃないかと思います。たぶん強度とか、情報処理にかなり無理があって文系のわたしですが100年経っても無理だろうと思います。
この『standalone complex』では私達が生きているこの現実から電脳化が進む過程で生まれる歪み、利権を国や大企業と国民、端的にわければ加害者、被害者、そして主人公である草薙素子が属する公安9課が国に属する組織でありながら第三者的な立場で関わる話といえるのではないでしょうか。
明確にそれぞれの立ち位置が分かれていれば、話も理解しやすいのですが、組織の立場とそこに属する個人の感情が入り混じり、あちらを立てればこちらがたたずが交錯しまくるので難解。しかしながらそれがリアリズムを生む。
政治的テーマそのものはよくある話といえば、よくある話ですが、設定がかなり緻密です。
論理とか科学的なところは理数系向きといえばそうなんですが、シリーズで語られるメインテーマとは別に各話で語られる個人の描写が人間味溢れていて、最後までご覧になったのなら愛着が生まれるキャラクターが出来るのではないでしょうか。個人的にはバトー。声が渋い。
攻殻のテレビシリーズの前に公開されている映画版の『Ghost in the shell』、『Innocence』(押井守監督)と『stand alone complex』(神山健治監督)を比べると絵がかなり違ってビビります。がしかし、この作品のほうが前者2つよりは受け入れやすい絵じゃないかと思います。ストーリー展開自体、二時間に凝縮されてる分、会話内容等、哲学的且つ抽象的でさらにハードルが上がります。観る前提としてある程度の知識を要求するからです。
その点こちらでは、個々のキャラクターがあらすじを語ってくれるのでやはり分かりやすい。電脳化された人々も機械化(作中で擬体化といいます)の程度が様々で、それに対応して心情に違いがあり(意図されたものにわたしは感じます)、そこらへんも見所の1つ。
攻殻の電脳化することによって自らの記憶や思考が電子的なものになり、本当に自分が自分なのか境目が曖昧になり翻弄される人々、そして各シリーズのメインテーマの二重螺旋構造で作品は進みます。
皆さんが自分とは、人間とは一体なんだろう?疑問を抱いたことがあるなら、攻殻作品全体のテーマである電脳を通じて考えるきっかけになるのではないでしょうか。ここに普遍性が存在する。電脳そのものについて明確な答えをこの作品で提示されているわけではなく、シリーズを通して少しずつ輪郭が見えてくるものです。
理系文系の領域で語るのであればこれは文系の分野。抽象的な物事をいくつも重ねるとそこに具体性が生じる、という考え方。
『stand alone complex』では、政治、世界の縮図を垣間見るきっかけになるのではないでしょうか。国や大企業ってこんな風に動いている?それを情報操作されて動く国民?みたいな。これも又普遍性。自分は違うと思いつつ、自分もそんな国民の1人と位置付けるのも面白い。
入口のハードルとしては高いですが、観終わった後に充分の満足と、終わらない疑問が残っている作品だとわたしは思います。時間を置いて再度見直してみると、理解度が進むのもあると思いますが、最初に観たときとの印象の変化、つまり自分の変化を感じることが出来、それに応えてくれる圧倒的な完成度の作品としてわたしはオススメします。
絵、セリフ、それに対応した音楽が作品のスピード感に緩急をつける。圧巻です。
長文失礼しました。